交際練習の申し込みを許可
ラーラはもう、ミリに交際練習をさせる気になっていた。
それなのでバルの説得を試みる。
「ねえ?バル?ミリに交際練習を許可してみない?」
ラーラのストレートな言葉にバルは驚いた。レントも驚いて、巻き込まれない様にと、心の中では二人からの距離を少し取る。
「いや、ラーラ。それは後で話そう」
バルはラーラを手で制し、レントに顔を向けた。
「コーカデス卿。この場では結論を出せない」
バルが拒否せずに回答を持ち帰る事にしてくれただけでも、今日のところは充分だとレントは考えた。
しかしレントが「はい」と返すのに被せて、ラーラはバルが出していた手を取って、押さえて下ろさせながら「でも」とバルに迫る。
「私は交際練習自体がミリにメリットがあると思うの」
「だから、それは後で話そう」
「いいえ、今よ。コーカデス卿と交際練習をするのかしないのか、ミリの反応がみたいわ」
レントを利用すると言っている様なラーラの言葉に、バルは驚いた。
「いや、だから、コーカデス卿の前でする話ではないだろう?」
「え?なぜ?」
「いや、何故って」
ラーラの言葉と表情に、ラーラにはレントの存在を利用する積もりはなかったのだとバルは思った。レントもそう受け取る。
「コーカデス卿も早く、ミリの反応を知りたいわよね?」
「え?」
レントは自分に話が振られるとは思っていなかった。この場ではラーラとバルとの相談が始まったので、自分は邪魔しない方が良いとレントは考えていた。先程、押さずに引いた意見を出した事でレントの思う様に話が進んでいたので、今も引いていた方が良いと感じていたのだ。
「はい。もちろんです」
バルの表情が硬くなるのを見て、レントは急いで言葉を続ける。
「ですがわたくしとしましては、バル・コードナ様とラーラ様、あるいはコードナ侯爵家もしくはコーハナル侯爵家の方々にも、納得して頂く事の方が重要ですので」
ラーラは、レントの要望を受け入れるのだから、レントはラーラを援護すると考えていた。それなのにレントが、まるで第三者の様な意見を口にするので、ラーラの眉根が寄る。
それに気付いたレントは更に急いで言葉を繋ぐ。
「もちろん少しでも早くミリ様に交際練習を申し込みたい気持ちはございます」
バルの眉根も寄るけれど、ラーラの眉間はそのままだ。
「しかし、皆様に判断して頂く事を急かす積もりはございません」
二人の表情が更に少し険しくなる。
レントは思った様に二人に受け取って貰えていない事に対して、また開き直ろうとした。しかしそこで、ここまでの遣り取りで、流れが良くなった場面を思い出す。
引くだけでは不充分だ。
「わたくしとしましては、ミリ様との交際練習を一度許可して頂きましたら、許可の取り消しをされる事は避けたく思っております。その為には皆様の不満は、たとえ小さなものでも予め、解消しておきたいと考えております」
「なるほど」
「それはそうよね」
二人が肯いたので、レントは今の判断は正しかったと感じる。
バルもラーラも、レントのメリットを今日は何度も尋ねていた。それなのでレントは、自分に取っての利点を口にする事で、他には変な企みを持っていない事を伝える事にしてみたのだった。
「それにミリ様も、周囲から心配されている状況でしたら、わたくしからの申し出に、なかなか肯いて頂けないかと思います」
「そうだな」
「そうでしょうね」
バルとラーラがまた肯いたので、レントは自分の選択が正しかった事を喜ぶ。
「少しでも早くミリ様に肯いて頂きたいとわたくしは思いますので、他の皆様もそうですけれど、まずはバル・コードナ様とラーラ様に納得して頂けたらと思います。その為には待たせて頂く事も必要だと、わたくしは考えております」
「コーカデス卿、分かりました」
ラーラがレントに肯く。そしてバルが何か言う前に、ラーラはバルを向いて自分の要望を口にした。
「でもバル?私はやはりミリに交際練習をさせるのなら、コーカデス卿がいるうちに、ミリへの交際練習を申し込む許可を出したいと思うの」
バルの口角が下がる。
「コーカデス卿がいるうちなんて、今日中と言う事じゃないか」
「今日中と言うか、今すぐね?」
バルは眉根も寄せた。
「ミリの人生に影響があるかも知れないのに」
「影響があるのならなおさら早く、許可をするべきでしょう?」
「いや、だが、良く検討してからではないと」
「検討に時間を掛けるのは賛成よ?でもそれは交際練習の申し込みを許可してからも続けられるでしょう?」
ラーラの意見はレントの望みとは異なる。レントからすると、許可の取り消しが頭にチラついていては、色々とやりにくい。だから急かさないとレントは言ったのだ。
ラーラもそれは認識しているけれど、とにかく今はバルを説得する事が優先だった。
「いつでも許可を取り消しても良いのよね?コーカデス卿?」
ラーラにそう言われては、レントは「はい」と答えるしかない。
ラーラからするとそこを強調する事で、バルをが肯き易くする事を狙っている。そしてそれを口にしてレントに肯かせる事は、レントに下手な事をさせない為の牽制にもラーラはしていた。
バルにもラーラがレントを牽制している事は分かる。
「それともバルは、やはり反対?」
バルの顔を小首を傾げながら見上げる事で、自然に上目遣いになるラーラの言葉は、バルにはなかなか抗い難いものがあった。
「いや、そうでもないのだけれど、でも」
「バルが賛成するのは難しいか」
「いや、まあ」
「そうよね。バルと私も、交際練習をしていなければ、違った人生になっていたのに違いないものね」
「え?」
確かにその通りなのではあろうけれど、そのラーラの言葉にバルは肯く事は出来ない。ミリの交際練習に難色を示している今、バルが肯いてしまったら、ラーラと交際練習をしなければ良かったと思っていると受け取られかねない。いや、そんな風に受け取られる事はないかも知れない。それだけの歴史をラーラとの間に積み重ねて来た筈だ。ラーラに信じられていると信じている。でも、それでもやはり、バルは肯けなかった。
「ラーラ。俺にはラーラと生きて来たこれ以外の人生なんてない」
取り敢えずバルは、言っておかなければならない事だけは言葉にした。
「私もよ?でも、交際練習をしなければ、違った人生なのは確かでしょう?」
確かにそうではあるのだろうけれど、バルはそうだとは言えない。言いたくない。
「ラーラ」
「なに?」
「ラーラはミリに交際練習をさせた方が良いと思っているのだな?」
「ええ。そう思っている。理由は後で説明するけれど」
「いや、そうか」
レントの前では口にしない理由もあるかと考えて、バルは肯いた。
ラーラとしては、レントの前でも理由を説明しても良かった。しかしラーラはこの流れなら、バルは拒否はしないのではないかと読んでいる。それなので理由説明よりも、早くバルに肯かせる事をラーラは優先した。
取り敢えず、バルとラーラの交際練習から話を逸らせたので、バルは無意識に小さく安堵の息を吐く。
それをラーラは溜め息だと受け取った。
「バルは交際練習をさせない方が良いのね?」
ラーラはバルが、ミリの交際練習を否定しなくなって来ている事を感じている。それなのでバルが溜め息を吐いたのは、バルが自分の主張を曲げて、ラーラの意見を受け入れたのかと思っていた。そしてここで畳み掛けると、バルが反発するかも知れないと考えて、最初の頃のバルの意見を敢えてラーラは口にしてみる。
「いや、だが、ラーラは交際練習をミリにさせたいのだろう?」
「ええ、バル。その方がミリの為になるかと、私は思っているから」
「・・・そうか」
「ええ」
「・・・そうだな」
「ええ」
ラーラの意見を尊重したからバルが、レントがミリに交際練習を申し込む事に許可を出す、と言う流れをラーラが作り、バルがそれに乗って来る。
バルもミリに交際練習をさせても良いかと言う気になって来ていたのだけれど、初めは反対していたバルが意見を翻して賛成するのには、このフォローが必要だとラーラは思っていた。
「分かった。コーカデス卿」
「はい、バル・コードナ様」
「ミリに交際練習を申し込む事を許可しよう」
「ありがとうございます」
レントは席から立ち上がり、頭を深く下げる。
「良いよな?ラーラ」
バルはレントには言葉を返さずに、ラーラを振り向いた。
ラーラに良いかと訊く事で、許可したのは飽くまでもバルだとの体裁を取る事になる。
バルは余程の事がない限り、ラーラの望みはすべて叶えたい。その為にはバルが折れる必要がある事もある。
今回の件はミリの将来が掛かっているので、余程の事ではあるのだけれど、バルはラーラの望みを優先した。と言う体裁だ。
「ええ、バル。ありがとう」
ラーラはバルに微笑みを向ける。
それに返すバルの微笑みには僅かに、ある種の諦念が滲んでいた。




