ミリの交際練習相手の想定
「ラーラ様」
ラーラとバルの遣り取りにレントが口を挟むけれど、それはバルを助ける為ではなく、自分が想定する話の流れを作る為だった。
「何かしら?コーカデス卿?」
レントにもっと情報を出させたいラーラは、レントに微笑みを作って向ける。
「バル・コードナ様がミリ様のダンスレッスンに付き合う事は、あるのではありませんか?」
レントがそこを広げてどこに向かおうとしているのか分からなかったけれど、ラーラは取り敢えずレントに進み先を委ねる事にした。
「ええ、たまにはミリと踊っています。ねえ?バル?」
レッスンと言うより、ミリを無用にリフトアップしたりして遊んでいたりするけれど、そんな説明をレントにする気はバルにはない。それなので、少し不機嫌そうにバルが肯く。
「ああ。それが何か?」
バルはレントが今度は何を言い出すのかと、警戒を強めていた。
「ダンスレッスンと交際練習が同じなのでしたら、バル・コードナ様とミリ様が交際練習をしても良い、との結論になります」
レントが言いたいのは、だからダンスレッスンと交際練習は違うのだと言う事だったのだけれど、バルとラーラはおぞましい噂の事まで頭に浮かべてしまっていた。
それなのでラーラの反論は、その噂の方向に引きずられて少し逸れる。
「ダンスレッスンはバルとだけではなくて、ミリはコードナ侯爵やスディオにも相手をして貰う事もあるわ」
「確かにコードナ侯爵閣下もスディオ・コーハナル様も、既婚者ではいらっしゃいます」
「まあ、身内ではあるけれど」
レントが話の流れを戻そうとするけれど、ラーラがまた少し逸らした。
レントは話をそちらに流さない様に、自分の言葉を続ける。
「ですが本当に、コードナ侯爵閣下やバル・コードナ様やスディオ・コーハナル様と、ミリ様とで交際練習をさせるのでしょうか?」
「いえ、まあ、ミリが交際練習をしたいと言い出したのならね?」
話を逸らせていたラーラは気持ちもそちらに逸れていたので、レントの話の流れについもたついた。
ミリが同席していた先程までの状況では、ミリが交際練習を望む事などなさそうだとレントは思う。けれどそうなった時の為に、レントは念を押した。
「ミリ様が望めば親族の方達と交際練習をさせると?」
「いえ、まあ、他にお相手が、我が家から出す条件を受け入れてくれないのならね?」
「ミリ様が交際練習を望んで、他家から申し込みがなければ、コードナ侯爵閣下かスディオ・コーハナル様か、あるいはバル・コードナ様がミリ様と交際練習をなさると?」
「万が一、そうなったらね?」
ラーラの逸れた反論が原因で、ラーラは変な所に追い込まれてしまう。
「それならばわたくしと交際練習をさせて頂いても、よろしいのではありませんか?」
そう言われるよな、とバルは思った。
ラーラは、レントからまだ大した情報を聞き出せていないから、まだ諦めない。
「バルは爵位を嗣がないし」
ラーラの苦し紛れの言葉でしかないのだけれど、ラーラに名前を出されたバルは、なんとなく苦い物を感じる。
一方でレントには、ラーラの意図が読めていなかった。
「・・・ラーラ様?」
「・・・何かしら?」
「わたくしは自分のアピールポイントとして、領主である事を挙げましたけれど、バル・コードナ様が爵位を嗣がない事が何故、わたくしが交際練習を断られる理由として挙げられるのですか?」
「断っている積もりはないわよ?」
ラーラはミリに交際練習をさせる事に前向きになっていたので、断っているとレントに思われるのはよろしくない。
「断っている積もりはないけれど、それは、つまり、爵位よりミリとの関係性が大切だと、言いたかったのです」
レントは今ひとつ納得はしていなかったけれど、そこは攻める材料にはならなそうだと判断して、話を戻す為に「なるほど」と肯いた。
「それも分かりますけれど、家族や親族が相手ですと、改めてお互いを理解しなくとも良い事になりますから、ミリ様の経験にはならないのではありませんか?」
そう言われると、交際練習を認めない様な結論をバルがする事に繋がりそうで、ラーラは開いていそうな穴を埋める発言を口にする。
「でも、コーカデス卿が言っていた失敗は経験出来るわよ?」
このラーラの言葉でレントは、ラーラが交際練習には賛成なのだろうと感じた。それなのでレントは、そもそもの交際練習のメリットを持ち出してみる。
「失敗の経験もありますけれど、交際練習で大切な、相手を理解しようとして試行錯誤する部分が経験出来ないのではありませんか?」
「例え一緒に暮らしていても、相手の事をすべて理解している訳ではないでしょう?だから、それも経験は出来るのではない?」
「それでも掛けた時間に対して、得られる経験が少なくなるのではありませんか?」
「それはそうだけれど」
「それに、お相手が既婚者では、やはりミリ様の経験が薄れると思います」
「薄れる?」
ラーラの眉根が寄った。その隣でバルも、同じ表情をする。
「はい。既婚者がお相手では、ミリ様は理解され易いのではありませんか?」
ラーラは無意識に拳を顎に当てた。
「理解される事の、何が問題なの?」
「ミリ様が理解される努力をせずとも、理解されてしまいます。誤解を晴らす為に努力をする経験と、努力して理解して貰えた経験を積む事は出来ません」
うっかり肯きそうになって誤魔化す為にラーラは、顎に拳を当てたままで首を傾げる。
「それはそうかも知れないけれど」
「更にお相手に拠ってはミリ様を誤解して、その誤解したままミリ様を理解しようとはしないかも知れません」
ラーラもバルもレントの言葉で、ミリの出自が相手への先入観となるだろう事を想像した。
「そうした場合、ミリ様は相手に御自分を理解させる事を諦めるかも知れません」
バルはレントの言葉の「諦める」に引っ掛かる。もしかしたら自分の影響で、人に理解される事をミリが諦める事があるのかも知れない、とバルは考えてしまった。
ラーラはミリが何事にも割り切りが良過ぎて、感情的なこだわりが少ないと感じている。それなので、相手に理解される事もミリは簡単に諦めそうね、とラーラは思った。




