言い過ぎでは?
レントが断言した想定にバルもラーラも言葉を返せず、応接室内の音が止む。
レントは言い過ぎかとも思い初めていたけれど、ここまで言ったならもう思う存分言ってしまおうとも開き直っていた。まだヤケクソのままだ。
バルはミリに一人で生きていかせたい訳ではない。しかし結婚はさせないし、働かせもしない。それは別問題だ。
だがそうすると、ミリにはどの様な人生を歩んで貰えば良いのか?もちろんミリの好きに生きてもらえば良いし、その為にミリが働かなくても生きていける様に財産も確保しているのだし、その財産は今も積み増している。
レントが言っていた、ミリは自分自身を不幸だと思っているとの言葉には、バルは納得出来ない。バルもラーラも他の皆も、ミリを愛している。出自の問題さえ、ミリは乗り越えている。その上でバルが父親である事を認めているし、感謝も示している。納得出来ない。納得は出来ないのだけれど、もしそれが事実なのだとしたら、それは自分の所為なのではないだろうか、とバルは考えてしまった。
ラーラには、確かにミリのディリオに対する態度は、常軌を逸している様に思えていた。しかしコーハナル侯爵家の人々が、苦笑混じりとは言えそれを許しているので、もしかしたら貴族の家ではこれくらいはありなのかな?と考えていた。
ミリが生まれた時も、皆から可愛がられてはいたのだ。ディリオへのミリの態度は、ミリに対するバルの可愛がりようを思い出させる。しかしバルもミリほどではなかったとラーラは思う。
ミリが自分自身を不幸だと思っているとの見方も、誘拐の時にキロとミリの犠牲の事があったので自分は幸せになってはいけないと思っていたラーラには、ミリの気持ちが分かる気がする。幸せになってしまったら、自分が生まれる理由となった誘拐の事を赦してしまう事になりそうで、ミリは怖いのかも知れない、とラーラは感じた。
バルやラーラや周囲の皆が、ミリを愛している気持ちは伝わっているとラーラは信じている。しかしそれは、ミリを幸せにするのには充分ではなかったのかも知れない、とラーラは考えた。
やはりミリが幸せになる為には、自分に取ってのバルの様な存在が必要なのかも知れない。その様に思うとレントの言っていた、神殿の信徒がいない他国で暮らす事がミリの幸せへの道の一つの様に、ラーラには思え始めて来ていた。
「それでコーカデス卿?結局、ミリのメリットとは何なの?」
ミリの幸せに繋がるかも知れない様な話が、更にレントから聞き出せるかも知れないとラーラは考えた。
「交際練習でのミリ様のメリットとは、失敗を経験出来る事です」
「それは交際練習以外でも良い訳でしょう?」
「そして詰まりは、失敗しなければ意味がないと言う事だな?」
バルはミリに交際練習で失敗などさせたくない。バルはミリの心が傷付く事を心配していた。
レントに母親がいない事もバルの無意識下での理由になって、傷付くのが分かっていながらわざわざ失敗させる親などいないのに、その様な事も分からないのか?とバルの心に疑問が生まれていた。
「いいえ。その課程にも意味があります。手探りで進む事が多いと思いますので、他の状況よりも試行する機会が多く、結果として失敗も多くなる筈です」
「そう。試行錯誤をする機会が多いのも、経験に繋がるのね。たとえ上手くいっても」
「はい。そう考えます」
ラーラがレントの肩を持つ様な纏めをするので、バルは気に入らなかった。
ただし今日の話の中でバルは、自分のミリへの対応に誤りがある様な気がしている。そしてレントに何かを言う時に、それの八つ当たりの様になってしまいそうな感じもしていた。
その為バルは、レントには文句を言い難くなっているし、もちろんラーラにも八つ当たりなどしない様に気持ちを抑える事を心掛けていた。
その結果、バルの心にはモヤモヤが溜まってしまうのだけれど。
一方でラーラはかなり、ミリに交際練習をさせる事に、乗り気になって来ていた。
「交際練習の相手をコーカデス卿にする事は、ミリには他にメリットはないのね?他の方でも同じでしょうし」
「ですが、ミリ様には同世代の子息が余りいないと思います」
「サニン殿下はミリと同学年よ?」
「ラーラ」
バルが口を挟もうとするけれど、ラーラはそれを手で制した。
レントは一瞬バルを見るが、直ぐにラーラに視線を戻す。
「それは、そうですが」
「婚約まで進まないと言うのも、コーカデス卿相手と一緒よね?」
「そうですね」
ラーラが言うのには良いけれど、レントに肯かれるのは、ミリがサニン王子に相手にされないと言われている様で、バルはカチンと来る。
「ですが、バル・コードナ様とラーラ様の御命令の影響がない限り、サニン殿下とわたくしでしたら、ミリ様はわたくしとの交際練習を選ぶと思います」
「その様な事を」
「なぜそう思うの?」
ラーラはまたバルを手で制していた。
「コーカデス卿には根拠があるの?」
「はい」
肯くレントに、ラーラは少し笑みを零してしまう。サニン王子より自分が選ばれるなどと言う意見は、王族に対する不敬と受け取られるのに、それが分からない筈がないのに、レントが肯定したからだ。
「サニン殿下とミリ様では、話が合わないと思います」
「それはどうして?」
「受けている教育が異なるからだと考えます」
「どちらかの教育が劣っていると?」
ラーラに発言を二度止められていたバルの言葉は、大分尖った。
「いいえ、違います」
ここまで不敬と取られる様な事を言っていたレントは、これははっきりと否定した。
「サニン殿下は周囲から上げられる意見を聞き、対応は配下に任せる教育を受けていらっしゃるのだと思います。それに対してミリ様は、自分で情報を集め、自分で決断を行い、自分で行動する様にと、教育をされているのではありませんか?」
「それは、そうだが、だがそうだからと言って、話が合わないなどとは限らないだろう?」
「いいえ、合わない筈です」
「なぜそう、コーカデス卿には言い切れるの?」
「わたくしもサニン殿下とは、話が合わないからです」
バルもラーラも、そんなにはっきりと断言しても大丈夫なのかと、レントの事が心配になる。何事もなければ、サニン王子は将来の国王だし、レントはその時にはサニン王子の臣下になる。それなのにレントは、話が合わないと言い切ってしまっている。
バルもラーラもレントが言い切ってしまった事も、サニン殿下に合わせる気がないのではないだろうな?と心配になるし、まさか何事かを起こす積もりもないわよね?とも心配になった。
「サニン殿下には、自分の考えで対応してしまう人間ではなく、サニン殿下に進言する人間と、サニン殿下に命じられた通りに行動する人間が必要なのです。わたくしは領主となるべく教育を受けましたので、サニン殿下の傍に仕えるのには向きません」
向きませんなんて、とバルもラーラも思う。
「それはミリ様もではありませんか?情報を集めてサニン殿下に進言するまでは良いとは思いますけれど、自分で対応したくなるタイプなのではないでしょうか?」
そう分類するのならミリはそのタイプだと、バルもラーラも思っていた。
「そして命令された通りの事だけをするのでは、ミリ様の才能は活かせないのではありせんか?」
そう来たか、とバルもラーラも思った。レントがサニン王子に対して不敬な事を言わないかと二人が心配をしていたら、レントはミリがバルとラーラの命令をきく事を突いて来た。
ただしレントの意識としては、バルとラーラを責めている積もりなどない。ミリの才能を殺すのはミリだと、レントは思っている。
「サニン殿下とミリ様との話が合わない様に、サニン殿下の傍に仕える子供達とも、ミリ様は話が合わないでしょう。サニン殿下の懇親会に出席していた子供に限れば、ミリ様よりも年下なのはありますけれど、そもそも教育のレベルがミリ様とは違います。交際練習でミリ様が導く事はあっても、ミリ様が何かを得る事などあり得ません」
あり得ないはさすがに言い過ぎなのではないかと、バルとラーラは思う。
「何故なら、わたくしはミリ様との交流を通して学ぶ事がたくさんありましたけれど、そのわたくしでさえ、他の子供達から学べそうなところが皆無だったのですから」
皆無も言い過ぎだ、とバルもラーラも思った。




