腹が立つ
「コーカデス卿は、失敗の後に自分でどうするのか決められる事が、失敗には大切だと言うのね?」
ラーラの言葉もレントの言いたい事と少し違ってはいたけれど、レントは「はい」と肯く。
「失敗しても何も思わなかったり、次に同じ失敗を繰り返すのであれば、経験を積んでいるとは言えません」
レントにバルが「いいや」と返した。
「これをすれば失敗すると言うのが分かれば、それは経験になっている筈だ」
「確かにバル・コードナ様の仰る通りですが、その同じ失敗を繰り返しているだけでは、折角の経験を生かした事にはなりません」
「同じ失敗を繰り返したりはしないだろう?何度やっても同じなら、止める筈だ」
「そうです。その止めると言う判断を自分でする事が、経験となると思うのです」
「そう言う事なのね」
ラーラが軽く肯く。
「教師に言われた事をただ繰り返して、失敗しても言われた事だけをただただ繰り返していたら、確かにあまり経験を積む事にはならないわね」
「はい、そうなのです」
「それをそのまま繰り返し続けるより、止めると言う判断をする方が、経験になると言うのね」
「はい、ラーラ様の仰る通りです」
「いや、待て。止めるとは言っても、教師は続ける様に言っているのだろう?それに逆らうのか?」
「逆らうと言いますか、そこで止める為の言い訳を考えたりする事でも、経験になるとわたくしは思っています」
「そんな、サボる為の言い訳を考える経験など、許す訳はないではないか!」
バルの語調にレントはイラッとした。
「ミリ様はそうでしょう。命じられれば言い訳もせず、いつまでも失敗を繰り返すのだと思います」
「なんだと?!」
レントは、こんな事に腹を立ててしまった自分にも腹が立った。
ミリに領地開発を手伝って貰う事は、コーカデス領の為になる。是非手伝って欲しい。
その為にはバルとラーラに賛成して貰わなければならない。二人に命令されれば、ミリが手伝う事は分かっている。
二人に賛成して貰う為に、ここまで色々と説明をして来た。自分でやって来たのだからそれは分かっている。
なのにバルの前で、ミリを馬鹿にする様な事を言ってしまった。
レントはチラリとラーラを見る。ラーラはレントを助けてくれる気はなさそうだ。あの表情はバルを説得する事で、レントの実力を見せてみろとの事なのだろう。
レントはバルの顔に視線を戻す。そして自分が別に、バルに対して怒りを感じていたりする訳ではない事を確認した。
わたくしは、ミリ様に怒っていたのですね・・・
そう気付くとレントは、ここまでのバルやラーラに対して感じていた憤りが、単なる八つ当たりの様な気になって来た。
都合が悪くなると直ぐに、結婚しないからとか平民になるからとか言ってミリ様は逃げる。わたくしは跡取りとして結婚しない訳にはいかないし、平民になる事など出来ないのに。
高度な教育を受けていて頭も良いのに、将来は何もしない様な事を平気で言う。わたくしは足りないことばかりなのに領政を取り仕切って、領地と領民の将来を支えていかなければならないのに。
ああ、腹が立つ。
自分のミリに対する感情が怒りなのだと気付いたレントは、ミリも自分と同じ世界に引きずり込もうと決意した。
幸いソロン王太子を始め、ミリの才覚を高く評価している人は多い。そして将来はともかく、今のミリの立場は貴族だ。バルとラーラがミリに貴族との結婚を命じれば、ミリは逃げられない。留学だって海外移住だって、目の前のバルとラーラに禁止させれば、ミリには出来ない。
それならば、目の前のバルとラーラを説得するだけだ。つまりは結局、元に戻ってしまうのだけれど。
ただし、ミリにバルとラーラを言い訳に使わせない様にしなければならない。言い訳をさせては、同じ世界に立たせた事にはならない。
貴族でいる事をミリ様自身に選ばせましょう。
「バル・コードナ様」
雰囲気の変わったレントに、バルは少し気圧された。
「・・・何だ?」
「バル・コードナ様がミリ様にコーカデス領への投資を禁じましたので、ミリ様はその命令を守ってコーカデス領への投資は行わないでしょう」
「・・・それが何だ?」
「そしてもし、バル・コードナ様かラーラ様が今後、コーカデス領への投資をミリ様に命じたら」
「その様な事はない」
「ミリ様はコーカデス領へ投資をなさるでしょう」
「その様な事はないと言っているのだろう!」
「そしてお二人がいなくなられた後」
「おい!」
「コーカデス領が大赤字を出して他の投資家はみな資金を引き上げ、国からも見放されても、ミリ様は投資を続けるでしょう」
レントはこの様に仮定する事で、レントへの反発をミリのコーカデス領への投資に集約させようと考える。そうする事で、まだバルとラーラがミリに命令していない事柄に関しては、二人の反発や反対が向く事を避ける積もりだった。
「いや、何を言っている?」
「そう言う事ですよね?バル・コードナ様?ラーラ様?」
「さすがにそうなったらミリだって」
「ですがバル・コードナ様とラーラ様からは、コーカデス領への投資を止める様に命令されていないのですよ?」
「そうだとしても、ミリに誰も助言をしない訳がないだろう?」
「それはつまり、誰それの助言を聞く事、と遺言に遺しておくと言う事ですよね?」
「いや、そんな訳がないだろう?!」
「遺言や生前の命令がなければ、ミリ様はお二人の命令を守り続けますよ?」
「そんな訳はない。ミリだって自分の考えで判断する」
「どうやってですか?」
「どうやってって」
「例えば今のまま、コーカデス領への投資が禁じられたままなら、お二人が亡くなった後に国王陛下から投資を命じられても、ミリ様なら王命を回避するとわたくしは思いますよ?」
「いや、それは極端だろう?」
「あるいはもっと身近な問題で、結婚もです。国王陛下から結婚を命じられても、ミリ様は逆らうと思います」
「何を言っているのだ。その様な事で王命が下る筈はないだろう?」
「ええ。その様な事を命じれば、ミリ様を罰せざるを得なくなりますから、国王陛下も慎重にはなるでしょう」
「違う!その様な命令を国王が下す状況があり得ないと言っているのだ!」
「他国からミリ様が望まれれば、充分にあり得ます」
「え?他国から?」
「留学先で、その国の王族に気に入られる事はあるでしょう。ミリ様を嫁がせなければ、特産品の輸出を止めると言われたら、国王陛下だって考えると思います。その特産品がないと困る人達も騒ぐでしょうし」
「だからと言って、ミリを嫁がせるなど」
「その時にミリ様が平民なら、国としてはなんの問題もなく、ミリ様に命令を強制できる事でしょう」
「はあ?平民を王族に嫁がせる国などない!」
「その国の貴族の養女にしてからなら、なんの問題もありません。留学中にミリ様の優秀さを知った貴族なら、喜んでミリ様を養女に迎えます」
「いや、しかし」
「神殿の信仰がない国でしたなら、ミリ様も悪意なく迎えられると思いますし、ミリ様にとっても暮らし易いとは思います」
「いや、だが」
「バル・コードナ様とラーラ様がそれを望まないのであれば、ミリ様の留学を禁止すれば良いのですし、どなたかの助言をきく様に遺す時も結婚だけは絶対にしてはいけないと、遺言に記されれば良いのです」
レントは言いながら、どうしてもバルへの八つ当たりになってしまっている事を自覚はしていた。
けれどもミリの将来をレントの世界に繋ぎ止めるには、バルとラーラには無闇に命令をして貰っては困るとレントは感じている。それを牽制するには、どうしてもこの様な話をする必要があるのだと、レントは自分に言い訳をした。
「ミリ様は既に結婚を禁じられているので、御自分からはバル・コードナ様とラーラ様に、結婚をしたいなどとは言いませんよね?」
「それは・・・」
「そしてお二人が結婚を命じたのなら、ミリ様は不平も不満も漏らさず、命じられた相手と結婚をしますよね?」
「それは、だが・・・」
「誰でも良いから結婚する様に命じれば、誰と結婚するか分からないですから、そうは出来ないのではありませんか?」
「さすがに誰でも良いとは」
「ですが結婚してもしなくても良い、ミリ様の好きにして良いとしたなら、ミリ様はバル・コードナ様とラーラ様の意図を汲み取って、結婚しない事を選びますよね?」
「私の意図は違うわよ?」
ラーラの言葉にバルは振り返り、「ラーラ」と呟いた。まさかここで、ラーラからの突き放しが来た事に、バルは言葉を続けられなかった。
「もちろん、バルの意志を尊重するわ。貴族子女の結婚は、当主や家長に裁量権があるし、そもそもバルがいてくれなければ、私もミリも生きてはいなかったかも知れないしね」
「そんな、怖い事を言わないでくれ」
「なんで?ミリを身籠もって家を追い出されて、身を持ち崩していたかも知れないじゃない?」
「だから、そんな恐ろしい事を言わないでくれ」
「だから良いのよ?私の人生はバルのものだし、ミリもバルがいなければ育てられなかったし、そもそも産めなかったかも知れないのだから」
「いや、違うんだ。俺はラーラとミリの幸せを願っているだけなんだ」
「うん。分かってる。ミリの結婚には幸せがないだけだものね」
「いや、そうじゃない」
「ううん。多分この国では、結婚してもミリは幸せにはなれない。それは貴族家に嫁ぐ場合だけではなく、平民としてお嫁さんになっても」
「ラーラは、ミリが移住した方が良いと思うのか?」
「ミリはね、多分、バルみたいな人じゃないと、幸せには出来ないのよ」
「俺みたい?」
「そう。私を救ってくれたバルみたいな人が、ミリを救ってくれないと」
「ラーラ」
二人の遣り取りに、レントはまた腹を立てる。
そしてレントはヤケになった。
「ミリ様は自分で自分を幸せに出来る方です」
ヤケクソで口にしてしまった自分の言葉に、レントは更にヤケクソになる。




