表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
519/653

コードナ邸の庭

 バルとラーラの邸は、規模がそれ程大きくはない。その敷地の広さに比例して、庭もこじんまりとしている。ただし貴族の邸基準ではだ。

 その比較的こじんまりな庭は、しかししっかりと手が掛けられていた。

 一年草も植え替えはせずに、花を咲かせているその場で種から育てられていた。それなので葉の向きや茎の伸びなどもその場の状況に即していて、草花が環境に馴染む様子は、見る者に緊張感や違和感を与えない。それは観賞用の草花だけではなく、一般には雑草とされる野草も取り切らない様に残している事でも、自然な印象を補完していた。

 置物も自己主張の少ないものを選んでいて、林に潜む小動物の様な印象を見る者に与える。岩なども木の陰に隠す様に置く事で、その先への広がりを想像させた。


「良いお庭ですね」


 レントの叔母リリ・コーカデスが口にしたのは、コードナ邸の庭を見てのお世辞の言葉だった。

 貴族として育てられたリリの目には、コードナ邸の庭は荒れている様に見える。

 そこここに雑草が残っていて、咲いている花も豪華ではない。置物も見栄えが悪く、草木に隠れてしまってもいる。

 領地のコーカデス邸の庭の方が酷い荒れ方をしているけれど、このコードナ邸の庭ももう少し、いいえもっと手入れをしなくてはならないのでは?とリリは感じた。


「そうですか?この庭は親族にはとても不評なのです」


 そう言うミリをリリは思わず振り向く。言葉の内容とは違って、ミリの声が楽しそうにリリには聞こえていた。そして振り向いて見たミリの表情も、楽し気にリリには見える。


「この庭は母の為に造られていて、貴族の方達の評価は良くはありません」


 その様な事を言われても、リリは返す言葉がなくて困る。ラーラの為にバルが造った事を褒めるにも、褒めて良いのかリリは迷った。


「一時期母はわたくしを外に出すのを怖がって、この邸に閉じ籠もっていたのです」

「え?ミリ・コードナ様をですか?」


 それはミリが誘拐をされた後の事だった。しかしミリ誘拐の件をリリは知らない。

 リリはラーラが人を怖がる話は知っていた。しかしそれでもラーラは学院に通学をしていた筈だ。

 その恐怖症が進んでラーラが邸を出られなくなるのなら分かるけれど、ミリを外に出す事を怖がる事は、リリには不思議だった。


「ええ。わたくしの事はミリと呼んで下さい」

「え?あ、はい。ありがとうございます」


 話の続きを想定していたリリは、ミリからの想定外の申し出を受け、慌てて頭を下げる。


「母は人を怖がっていたそうですけれど、それも酷くはなっていた様です」


 ミリが話を続けたので、リリはまた慌てた。しかしミリはリリの様子に構わず続ける。


「ですけれども何よりも、わたくしから一時(いっとき)でも目を離す事を恐れたそうです」


 やはりリリには、ラーラがミリを気にする理由が分からない。


「それでこの邸から出ない母の為に、父と庭師とで、邸の外の様な雰囲気にこの庭をしたそうです」

「それは、ラーラ・コードナ様を外に慣れさせる為なのでしょうか?」


 今日のラーラは、リリの事もレントの事も、それ程恐れている様には見えなかった。それにミリはラーラと離れてコーカデス領を訪れていたし、それもラーラが慣れたお陰なのかも知れないとリリは考える。


「そうですね。その狙いもあったのかも知れません。しかし主なる目的は、安らげる事です」

「安らげるですか?」

「はい。母は平民の出なので、貴族としての生活はやはりストレスが溜まったのでしょう。邸の中では貴族夫人としての振る舞いをしなければなりませんが、自分の家の庭を見るのには、どの様な気持ちを抱くのも自由ではありませんか?」

「そうですね」


 肯定は口にしてみるけれど、リリにはミリの意見はしっくりとは来てはいなかった。


「母は幼い頃から行商で、国内を旅して回っていました。それなので父は各地から野草を集めて、この庭を整えたのです」

「野草をですか?」

「ええ。まあ、貴族からすると雑草ですね」


 リリは庭に目をやった。

 確かにどう見ても雑草にしか見えない植物もあるけれど、それらもわざわざ集めたのだろうか?


「例えばこの花」


 ミリが一輪の野草の花を指差す。


「これは王都にも咲きますけれど、王都のは色が違います。そちらのそれ。混ざらない様に離して咲かせていますけれど、それが王都のですね」


 言われてみれば色は違うし、微妙に花弁の形も違う。


「王都でも地方でも同じ呼び名ですが、種の形も見分けられますし、もしかしたら別種なのかも知れません」

「名前があるのですか?」

「ええ。これにはありますね」


 雑草に名前が付いているなどとは、リリは考えた事もなかった。名があると言う事は、人に区別されていると言う事だ。


「これなどは、地方に拠って呼び名が変わります」


 ミリが別の野草を指す。これもリリにはただの雑草にしか見えない。


「これは食べる事が出来て」

「え?食べる?雑草をですか?」


 ミリが野草と紹介したのに、リリは雑草と言ってしまった。ミリは少し笑みを浮かべたけれど、その事を流す。


「ええ、食べますよ。貴族の食卓には上がりませんけれど、地方地方で食べ方に違いがあって、呼び名の分布と食べ方の分布はほとんど同じだそうです」

「その様な事を誰かが調べたのでしょうか?」

「行商していると、そう言う事は自然と覚えるそうです」

「え?そうすると今のお話は?」

「ええ。母から教わりました」


 リリはレントからミリが優秀だと聞いていたし、会って話して確かにミリに対してリリもそう感じた。そしてそれはミリがバルの祖母デドラ・コードナと、パノの祖母ピナ・コーハナルに教育をされたからだと考えていた。

 しかしこうしてリリが知り得ない知識も、ミリはラーラから教わっていると言う。


「ミリ様?」

「ええ」

「わたくしの事もリリとお呼び下さい」

「そうですか。分かりました、リリ殿」

「はい。それでミリ様?」

「何でしょうか?リリ殿?」

「ミリ様はこれを食べた事はありますか?」

「ええ。一部の食べ方ですけれど」

「その様な食事は、結構なさるのですか?」

「あ、いえ。ウチでは食べませんよ?ここは貴族家ですので、邸の中では貴族としての暮らしをしています。食事もそうです。それなので食べたのは、母の実家のソウサ家でですね」

「そうなのですね」

「はい。食べてみたくて、ソウサ家で作って貰いました」

「もしかしたらソウサ家でも、普段は食べないのですか?」

「はい。祖母や曾祖母は地方の出なので、それぞれの調理法を教えて貰いましたし、懐かしそうに食べていましたけれど、普段のソウサ家の食卓には載りません」

「ミリ様は貴重な経験をなさっているのですね」

「平民としては普通ですけれどね」


 そう言って笑うミリの顔は少し、空き地のミリになっていた。


 リリはミリが自分に似ているのかと思っていた。

 だが自分は貴族の令嬢としてだけ育てられ、貴族として生きていく事だけを考えていた。それなので、今の自分の事も認めている。

 もちろん状況に不満はあるけれど、それは降爵した事や他家との関係に関してだ。しかしそれらもどれも、貴族としての不満だ。それ以外にはレントの父スルトに対しての不満くらいしかないが、それもスルトが貴族にもとる行いをしていた事が多くを占める。

 それなので、今の自分の置かれている立場も納得しているし、これからの将来に付いても貴族の一人として生きていく限りは受け入れていく。

 そしてミリも自分と同じ様な、貴族の令嬢としては外れているけれど、結局は貴族令嬢の一人として生きていくのだと思って、リリは自分に似ていると思ったし、ミリに同情に近い共感も感じていた。

 しかしミリはそれだけではない事に、ミリの貴族としてではない部分も無視は出来ないのかも知れない事に、リリは気が付いた。


 自分では納得しているけれど、苦しくなかった訳ではない。そんな経験をする事になる。それはただ貴族としてだけ育てられた自分より、厳しい重しとなるのかも知れない。分からないけれど。

 そう思うとリリは、ミリの結婚も交際練習も就職も反対しているバルの事が、認められなく思えた。ただしそれは感情が優先されたもので、その理由がリリの心に浮かんでいる訳ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ