ミリのメリットの所在
ミリとレントが交際練習を行う事に付いて、ミリにもメリットがあるとレントに言われ、バルは心の中で身構えた。
ここまでレントには好い様に話を進められている。唯一レントが黙らせられたとバルに思えたのは、ミリが留学すると断言した時だけだった。
「その、ミリのメリットとはなんなのだ?」
バルはレントを子供と思う事は止めた。バルに取ってはもしかしたら、ミリより手強い相手かも知れない。
「いくつかございますが、予め申し上げさせて頂きますが、わたくしと交際練習する以外でも、同様のメリットをミリ・コードナ様が得られる手段が他にも存在するだろうとは思っております」
こう言う回りくどい話し方でこちらの感情を波立たせようとするところが危険なのだ、とバルは思う。思うし分かってもいるけれど、イラッとはしていた。
「だから、そのメリットとはなんなのだ?」
語調を強めたバルに、レントは真剣な顔で「はい」と小さく肯く。
「大きく言いますと、経験を積む事が出来ることです」
「それなら交際練習など不要だ」
「すべて他の事で補えると仰るのですね?」
「もっと効率良く経験を積む手段はあるだろう」
「留学の様にですか?」
「まあ、そうだ」
バルの語調が弱まる。それは留学がどれ程のものか、詳しい知識がバルにはないからだ。
「確かに高度な教育を受けていらっしゃるミリ・コードナ様には、この国でなければ学べない事柄は、既にないのかも知れません」
レントの言葉をバルは否定できなかった。
バルもバルの祖母デドラ・コードナに教育を受けたけれど、ミリほど身に付いている訳ではない。その上ミリは、パノの祖母ピナ・コーハナルに礼儀作法を教わり、ラーラの祖母フェリ・ソウサに商売に関する事も教わっている。特にデドラは亡くなる前に、ミリには教える事がもうないとバルにも伝えていた。
自分の基準からみたら、ミリがまだ学ぶものがあるのか、バルには分からなかった。
「バル・コードナ様とラーラ・コードナ様の交際練習は有名であったそうですので、お二人に育てられたミリ・コードナ様に取っては、交際練習を通してこれから学ぶべき内容なども既にないのかも知れません」
これにはバルもラーラも反論したい。しかし何と言ったら良いのか、直ぐには思い付かなかった。
バルもラーラも自分達の交際練習が素晴らしかったと思っている。しかしその素晴らしさを言語化出来ていない。
そしてそれは、ミリに充分伝えられているのかと問われれば、答えるのは難しかった。思い出話や普段お互いを大切にしている事を通して、交際練習が自分達には良いものだったと、ミリには伝わっているかも知れない。しかし明示的には伝えていないし、ミリが交際練習をどの様に評価しているのか、バルにもラーラにも分からなかった。
「有名だからと言って、それがミリに伝えられているとは限らないわ」
その言葉にバルは反射的に手を挙げて、ラーラを止めようとした。それではミリが交際練習から学ぶ余地があると答えた事になるからだ。
確かに自分達の様な素晴らしい思いをミリにも経験させたい。けれど今はレントからの交際練習の申し込みを断る必要がある。
それはラーラも分かっている筈なのに何故その様な事を言ってしまうのか、バルには分からなかった。
しかし分かっている筈だからこそ、ラーラが何かの策を持っているのだろうと思い至って、バルはラーラを止めるのを止めた。
だが、バルが待ったラーラの次の言葉は続かない。
ラーラが何か続けるだろうと思ってやはり待っていたレントが、一拍置いてから言葉を返す。
「後学の為にお教え願いたいのですが、交際練習はお二人に取って、やって良かったのですよね?」
「もちろんよ」
「当然だ」
レントは二人の言葉にそれぞれ小さく肯いて返した。
「それでしたらお二人は、ミリ・コードナ様にも交際練習をさせようとお考えなのですね?」
その言葉には二人が口を開かなかった。
「もちろんわたくしとではなくても構いません。お二人の経験がミリ・コードナ様に上手く伝わっていないのであれば、ミリ・コードナ様自身に交際練習を経験させようとお考えなのではありませんか?」
これにも二人は返せない。
ラーラは気持ちが大分傾いていた。ミリに交際練習をさせるのは良いアイデアに思える。
しかしミリには結婚をさせない。その為に男性と付き合わせる必要もない。交際しないのなら交際練習はもちろん必要がない。けれど交際練習で得られる経験は、ミリには良い影響を与える気がしている。
バルは自分達が得た経験をミリに伝えるのに、交際練習を持ち出したくはなかった。
交際練習を始めなければラーラとの結婚もなかったし、ミリの父親になる事もなかった。それは分かっている。
しかしやはりバルに取っては、交際練習と現在の間には、ラーラの誘拐が存在していた。ミリを誰かと交際練習させて、万が一同じ様な事が起こったら・・・
「交際練習は交際の為の練習だ」
バルは自分の口から出た言葉に、何を当たり前な事を言っているのだろう、と思った。でも、間違ってはいない。その通りだ。




