ミリの優先順位とレントの探り
レントはバルとラーラを肯きさえさせれば、ミリにはコーカデス領の領政を手伝って貰えると思っていた。たとえミリが留学したとしても、帰って来てから手伝って貰えるのでも良い、くらいに考えていた。
しかし移住となったらそうはいかない。
考えてみたら、ミリは多くの国の事情に詳しいし、言葉も堪能だ。どこの国に行っても、暮らしには困らないかも知れない。お金も持っているし。そうするとミリには具体的に、行きたい国があるのだろうか?
「あの、ミリ・コードナ様?」
「何でしょうか?コーカデス卿?」
ミリが留学の話題を出した事で口を開かなくなっていたレントが、また声を掛けて来た事に、ミリの返しはまた冷たくなる。
しかしレントは構わずにミリに尋ねた。
「留学先は未定との事ですけれど、留学してみたい国はございますか?」
ミリはレントからフッと視線を外す。
「それはコーカデス卿には関係ありません」
ミリの仕草と答えに、レントもバルもラーラも驚いた。
確かにレントには何の関係もないけれど。
ミリには旅行で行ってみたい国はある。知識として知っている各国を実際に尋ねてみたいとミリは思っている。
ただ、留学する程の興味を引かれる対象は、まだ見付けられていなかった。
そしてその事をレントの前でわざわざ言う積もりはミリにはない。
レントの叔母リリはミリのその様子に、やはり留学はこの場の思い付きに近いのだろうと感じていた。
そしてリリは、レントに反論の手掛かりを見付けさせない為に、ミリは情報を与えない事にしているのだと考える。
「それでは、父君が留学先をお決めになれば、ミリ・コードナ様はそちらに留学なさいますか?」
「もちろんです」
ミリは視線をレントに戻してそう答えた。
ミリの声は冷たいままではあるけれど、取り敢えず、YES/NOならミリが答えてくれそうだと、レントは気を取り直した。
「もし留学を中断する様に父君に命じられたら、ミリ・コードナ様は帰国なさるのですね?」
「ええ。その通りです」
眉根を僅かに寄せながらも小さく肯いたミリに、レントも肯き返す。
「それは母君に言われてもでしょうか?」
「もちろんです」
今度は先程よりははっきりと、ミリは肯いた。
「コードナ侯爵閣下ならいかがですか?」
「それは、もちろん、帰国します」
ミリの返しが少し遅れたので、レントはそちらに進むのは止める。
「それではもし、父君と母君の言う事が違ったら、どうなさいますか?」
「その様な事は起こりません」
その様な答え難い質問をバルとラーラの前で、答えるのはもちろん、答えを考えてしまって表情を読まれるのもミリは嫌だった。
「ですが例えば父君と母君で、勧めるドレスの色が違ったりする事もあると思います」
ミリの眉根が明らかに寄る。
「その時は三人で相談しますから、問題はありません」
「その場合は、ミリ・コードナ様の好みも反映して頂けるのですね?」
「当たり前ではありませんか」
今度はミリの口角が下がった。
「それなら前後はどうですか?父君がお菓子を勧めた後に、父君がいないところで母君が別のお菓子を勧めるとか?」
「お菓子なら母に話せば父の方を選びます」
「コーカデス卿」
ミリと同じ様な表情を見せていたバルが、遣り取りが終わらない事に焦れて口を挟む。
「その質問に何の意味があるのだ?」
バルの語調も冷たかった。
「わたくしと我が領に取っては、ミリ・コードナ様に領政の助言を頂けるかどうかは、大きな問題です」
「それは分かるが、質問の意図が分からない」
バルが介入してからはミリは無表情となっていたけれど、ミリが消した分を上乗せする様にバルの眉尻が上がる。
「それは、ミリ・コードナ様がバル・コードナ様の御命令だけをきくのか、ラーラ・コードナ様の御命令も直接きくのか」
「直接?」
「はい。ラーラ・コードナ様が仰った事はバル・コードナ様を通して命じなければミリ・コードナ様が従わないのか、それともラーラ・コードナ様が仰ればそれだけでミリ・コードナ様は従うのか、そしてお二人の御命令が相反する時はどうなさるのか、その御命令が同時ではなく時間差があったならどうなるのか、それらが知りたいのです」
「それならその様にミリに尋ねれば良いだろう」
バルの口調に呆れが混ざった。
レントも自分で迂遠な訊き方をしているとは思っているけれど、しかしミリの反応を探り探りなので仕方がない。
「仰る通りです。ミリ・コードナ様?父君の御命令のしばらく後に母君から、父君とは相反する御命令があったのなら、父君の御命令を守るのでしょうか?それとも母君の御命令に従うのでしょうか?」
「それは母の命令に従いますが、なぜ父とは異なる命令を母が下すのかに付いては確認します。逆も同じです。母の後に父から命令されれば、父の命令に従います」
「それではもし御両親から、ミリ・コードナ様の好きにする様に命じられたら、どうなさいますか?」
レントはミリではなく、バルとラーラの様子に注意を向けていた。
そして二人の反応から、この様な命令が既に二人からラーラに出されていたであろう事をレントは感じる。
「もしかしたらその場合、ミリ・コードナ様は御自分の好きにする結果として、御両親の御命令をきく事を選ぶのでしょうか?」
ミリはレントから視線を外して、「ええ」と答えた。




