リリの問い
レントはミリの留学に、どう反対するべきなのかを考えた。
しかし直ぐに、反対したところで自分にはどうしようもない事に気付く。
バルとラーラは、留学する事が決定事項の様にミリが口にする事に戸惑った。
けれど、コーカデス領への投資や開発支援を断る為の方便かと考えて、黙って成り行きを見守る事にする。
レントの叔母リリは、ミリが負けず嫌いなのかと思った。
留学の話も、レントの言葉の誘導に乗るのが嫌で、ミリが口にした様に思える。口にした後のミリの表情を見ても、その事が窺える。実際に留学の話がバルとの間で出ているのかも知れないけれど、それをバルが許すとはリリには思えなかった。今のバルの反応からも、リリにはその事が感じられる。
リリは、負けず嫌いなところとか、ミリの性格が自分に似ている様な気がして来ていた。
そうするとどうしても気になる事が出て来て、リリはレントに加勢する為にも、ミリと話をしてみたくなった。
「あの、バル・コードナ様、ラーラ・コードナ様。わたくしもミリ・コードナ様とお話ししてもよろしいでしょうか?」
「あ・・・ああ、構わない」
様子見をする事を考えていたバルとラーラは、リリの問い掛けに戸惑う。
そして戸惑いながらも、バルが応諾してしまったので、ラーラも応じるしかなくなった。
ラーラは断りたい気持ちの方が強かったけれど、バルがリリに許したので、更に断りたくなっていた。でも断れはしない。
「はい」
「ありがとうございます」
短いラーラの答えに、リリは頭を下げて返した。
頭を上げたリリはミリを見る。
「ミリ・コードナ様もよろしいでしょうか?」
バルとラーラが認めたら、ミリも断れない。ミリも短く「はい」とだけ答える。
そして、話したことがないリリに何を言われるのか見当が付かなかったので、ミリは色々な問いを想定して心の中で身構えた。
そのミリの様子がリリには、自分も子供の頃に覚えのあった感覚に思え、自然な微笑みをミリに向ける。
そのリリの微笑みに、ミリは警戒を強めた。
「ミリ・コードナ様は、どちらへ留学なさる御予定なのですか?」
「留学先はまだ、決まってはおりません」
最初に訊かれるだろうとミリが予想した事が、リリに尋ねられた。予想通りだった事で、ミリは少し気楽になる。
「そうしますと、いつ留学なさるのかも、まだ決まってはいないのですね?」
「はい。決定はしておりません」
「そうですか。しかし留学する事は決まっていらっしゃるのですね?」
「はい。わたくしの希望としては、決まっております」
「そうしますと留学も、これから父君が中止を命じたなら、ミリ・コードナ様はそれに従うのでしょうか?」
「はい」
ミリは、これも言われると思っていた。
バルは、リリの問いを不愉快に思っていた。バルはこの場では、ミリに留学を止める様に言う積もりはない。しかしこの様な事を言われたらリリの前では、他の事も止めにくくなってしまう。
ラーラも、リリの言葉を不愉快に思っていた。それはリリの言葉で、バルの言動がコントロールされる様に感じたからだ。
レントは、干物生産者ニダの香辛料とミリの留学を何とか結び付けられないかと考えていて、ミリとリリの会話には集中していなかった。
リリは、ミリが言われると思っているだろう事を予測していた。今もミリが言われると思ったと思っているとリリは思っている。
「先程ミリ・コードナ様は、平民になるので領政には関われないとレントに仰っていらっしゃいましたね?」
「はい」
話が飛んだので、ミリはまた警戒した。それもリリは予想していた。
「もしミリ・コードナ様が留学なさったとして、しかし平民になったからと言ってそれを領地の為に生かさないとしたら、それは許されないのではありせんか?」
リリはミリが言葉に詰まる事を想定していた。それなのでミリが小首を傾げたのは、リリには意味が分からなかった。
ミリは首を戻し、正面からリリに尋ねる。
「許されないと言うのは、どなたにでしょうか?」
「もちろん、税を納めている領民達からです」
こんな基本的な事がミリに分からないとはリリには思えなかった。しかし、それしか答えられない。
「リリ・コーカデス殿の仰る領民と言うのは、コードナ侯爵領の領民の事ですか?」
「・・・もちろん、そうですけれど」
「わたくしが留学するとしても、その費用は自分で出しますけれど」
「いや、ミリ。その場合は我が家で出す」
留学費用をミリ本人が出すとリリに思われては、バルには親としての立場がなくなってしまう。
「そうなのですか。ありがとうございます、お父様」
「その、ミリ・コードナ様が出すと言うのは良く分かりませんけれど、バル・コードナ様が出す費用と言うのは、詰まりは領民からの税を元にしていますよね?」
「え?そうなのですか?お父様?」
「いやいや、違う。コードナ侯爵領とは関係のない、私とお母様の収入から出すから」
バルの言葉にミリがラーラを向くと、ラーラはミリに肯いて見せた。
「そうですよね。コードナ侯爵領に納められた税は、我が家の収入とは無関係ですよね」
ミリがホッとした顔をしたのに対して、リリは眉根を寄せる。
「え?そうなのですか?それでもミリ・コードナ様が育てられるに当たっては、コードナ侯爵領の税が遣われていますよね?」
「それも違いますよね?お父様?」
「ああ。結婚して直ぐから、私とお母様の収入だけでやって来た。この邸も二人で稼いだ金で手に入れている」
「え?この高そうな調度品も、バルが買ったの?」
リリは応接室の内部を見渡しながら、思わずそう呟く様に漏らした。その声を拾ってバルが肯く。
「ああ。選んだのはラーラだけれどな」
アンティークの様な歴史的な価値を持つ家具はないけれど、調度品はどれもラーラの目利きで、良い物をお値打ち価格で手に入れていた。
リリは視線をラーラに向けて、息を吐く様な僅かな囁きで「そう」と口にした。
そして「けれど」とバルに視線を向ける。
「ミリ・コードナ様を育てるのに、パノ・コーハナル様の力も借りていらっしゃいますよね?」
「コーハナル侯爵家の金の事を言っているのなら、それも遣ってはいる事にはならない。パノには俺から報酬を支払っている」
「え?そうなの?」
「当然だろう?」
「だけどミリ・コードナ様は、デドラ・コードナ様とピナ・コーハナル様にも師事していたわよね?」
「そちらは確かに無償だったが」
「そうしたらやはり」
「いや。当時は無償だったが二人が亡くなってからは、ミリがコーハナル侯爵領とコードナ侯爵領の帳簿チェックをする様になって、それと相殺と言う事になっている」
「そんな、でも、ミリ・コードナ様がいくら優秀でも、デドラ様とピナ様の授業の対価にはならないでしょう?」
「いいや。チェックする様になってからミリは、領地運営の提案もしていて、ラーダさんも父上もコンサルタント料を払うと言っているけれど、それもミリが相殺扱いにしているから」
「そうなの?」
「ああ」
バルはミリの有能さを口に出来る事が嬉しくて、笑顔をリリに向けた。
リリはレントからミリの優秀さを聞いてはいたけれど、それ程とは思っていなかった。そしてリリはレントから聞いた話から、優秀な人間好きなソロン王太子がミリをかなり気に入っていそうだと、感じていた事を思い出す。
「それならミリ・コードナ様が、どの様な人生を選んでも部外者は誰も文句を付けられないし、平民になるのも止められなければ、他国に移住する事も止められないのね」
リリが使った移住と言う言葉に、バルとラーラは驚いたし、レントも驚いて意識を向けた。
ミリは、移住も良いかも知れない、と思ったけれど、そうするとディリオに会う機会が作れるのか、それが心配になった。




