51 どっち?
「それはダメよ!産むなんてダメ!」
今度はラーラの母ユーレが叫ぶ。
「でも母さん。キロの子かも知れないのよ?」
「犯人の子かも知れないのよ?!」
「分かってる」
「分かってないわ!愛する人の子供でも産むのも育てるのも大変なのよ?!そんな子を産んだら絶対後悔する!」
「でもね、産まなくても後悔するの」
「その子にも恨まれるわ!」
「そうかもね。でもその子には何の罪もない」
「そんな綺麗事で済まないのよ!」
「まあ、ちょっと待て」
ラーラとユーレの遣り取りにラーラの父ダンが口を挟む。
「妊娠してるかどうか分からないんだから、今その事を議論しても意味がない」
「何言ってるのダン!妊娠してるのが分かってからじゃ遅いでしょう!」
「それは後で身内だけで話せば良い。コードナ侯爵家の皆さんには関係ないだろう?」
「それは私とラーラさんの結婚を認めないと言う意味ですか?」
ダンの言葉にバルが尋ねる。
「認めるも何も、ラーラはキズモノなんですよ?貴族様の妻になんてなれる筈がないじゃないですか」
「何故ですか?純潔でなければ結婚できないなんて法律はありませんし、二人が成人すれば両家の許可も必要ない」
「そう言う事ではありませんよ。バル様の下に嫁いだら、ラーラがどれだけ苦労するか、想像が出来ません。それに両家の許可なしでの結婚なんて、両家からの援助も受けられない。収入とかはどうなさるんですか?」
「ではどうするのです?ラーラさんはこのまま結婚せずに一人で生きて行くのですか?」
「一人じゃありません。俺が面倒を見ます」
バルに反論したのはラーラの三兄ヤールだった。
「何を言っているんですか。ヤールさんが結婚したら、ラーラさんは邪魔者扱いされますよ」
「俺は結婚しません。ラーラが妊娠していたら、その子は俺がラーラと二人で育てます」
「何言ってるの!ダメに決まってるでしょ!」
ヤールに向かってユーレが叫んだ。
ラーラの祖父ドランが割って入る。
「バル様。ラーラが苦労するのを分かっていて、結婚するって仰るのですね?」
「はい」
「ラーラの事をどう思っていらっしゃるのですか?」
「愛しています。私はラーラさんがいなければ生きて行けません」
「愛している女が自分の所為で辛い思いをするのを傍で見続ける事になります。いつかきっと手を放したくなる。そうなったらバル様は大きな傷を負いますよ?」
「分かっています。それがどれ程の傷かは想像出来ませんが、手放したりしません」
「二人で死にたくなるかも知れない」
「それはありません。ラーラさんは死を選ばないでしょうし、私はラーラさんに心中を強いたりはしません」
「バル様」
ラーラの祖母フェリが声を上げる。
「ラーラがキズモノだから、好き勝手にしても良いとか考えてるんじゃないですね?」
「もちろんです。そう見えますか?」
「私に見える見えないではなくて、その事をバル様の口から聞きたかっただけです」
「ラーラさんの事は大切にします」
「バル様と結婚する事で苦労するのにですか?」
「はい」
「ソウサ家が反対すれば、諦めるんですね?」
「いいえ。許して頂けるまで諦めません」
「コードナ侯爵家が反対しても?」
「はい。諦めません」
「何故ですか?」
「何故?だって私にはラーラさんが必要なのです」
「身近な人がラーラと同じ様に攫われたらどうします?その人とラーラ、どちらを選びますか?」
「ラーラさんです」
「家族よりも?」
「はい。ただしラーラさんを選んだ上で、家族を見捨てない様にするでしょうけれど」
「そうですか」
今度はラーラの次兄ワールがラーラに話し掛ける。
「ラーラはどうしたい?」
「どうって?どうもこうもないでしょう?」
「ラーラがバル様と一緒になりたいなら、俺は協力するぞ?」
「え?ワール兄さん、正気か?!」
ヤールが割り込む。
「それでラーラが幸せになるならな」
「貴族の嫁になって、幸せになれる訳ないだろう?」
「バル様が平民になっても良けりゃ、俺が仕事を回す。なんでラーラはバル様が平民じゃダメなんだ?」
「だって、バル様は騎士になりたいのよ?」
「バル様の夢を奪う事になるからか?」
「うん」
「バル様はどうなんですか?騎士になるのとラーラと一緒になるのと、どちらを選びます」
「騎士よ」
「バル様に訊いてんだよ。ラーラはちょっと黙ってろ」
「黙ってられる訳ないでしょう?バル様は騎士になるの」
「バル様?」
「私はもちろん」
「騎士ですよね?」
「ラーラです」
「平民になっても良いんですね?」
「ダメよ!」
「構いません」
「ダメ!」
「子供が出来たら?」
「ラーラと一緒に育てます」
「バルの子は産めないんだってば!」
「まあ、コードナ侯爵家が結婚や離籍を許すかどうかはあるでしょうけど、バル様のお気持ちは分かりました。それでラーラはどうしたいんだ?」
「だから!どうもこうもないでしょう?!」
「ラーラ。俺と一緒に暮らそう。子供が生まれても生まれなくても、俺が一生面倒をみるから」
「ヤール。仕事はどうする気だ?行商に出ている間はラーラ一人で子育てさせるのか?」
「ワール兄さんと替わって俺が王都勤務する」
「それなら俺がラーラと暮らせば良いじゃないか」
「恋人はどうすんだよ?それにワール兄さんは船暮らしを始めるんだろう?どっちにしろ王都にいなくなるじゃないか。それなら俺の替わりに行商してくれれば良い」
「なんだよそれは?それに俺は船じゃない新規事業をする事にした。バル様が平民になるならそれを手伝って貰う」
「だからバル様は平民にしないって言ってるでしょう?!」
「でもバル様本人はそれでも良いって言ってるじゃないか」
「ダメったらダメなの!」
「なんでダメなんだ?ラーラ。お前はバル様と一緒になりたいのか?なりたくないのか?どっちなんだ?」
「なれないって言ってるでしょう?!」
「それはつまり、なりたいって事だよな?」
「そうなのかラーラ?」
ワールとヤールに言われてラーラは言葉に詰まった。




