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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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赦せないけれど

 ラーラはミリの呑気な表情に、少しイラッとした。

 視界にはレントが微笑みを浮かべながらも、視線を落ち着かなく動かしている様子が目に入る。

 そして目の前ではレントの叔母リリが、顔を伏せたままなので表情は分からないけれど、頭を上げるタイミングが来る事をただ待っていた。


 ラーラの隣に立つバルは、ムスッとしている。

 ラーラはミリに感情を波立たせてしまった所為か、バルが感情を表している様に見える事にもムッとした。バルが子供みたいに拗ねている様に、ラーラには思えてしまったからだ。

 普段はそんな姿を見せないのに、初恋の人の前ではそうなの?

 そんな事を心に浮かべてしまう自分も腹立たしいけれど、この場を何とか出来る筈のバルが、この場を放置して何のアクションもしないまま、自分をこんな気持ちにさせておく事にもラーラは腹が立って来た。

 そしてそんな気持ちはリリにも、もちろんレントにも()つけてはいけない事が、また腹立たしかった。



 ラーラはもう一度微笑みを作り直す。


「お顔を上げて下さい、リリ・コーカデス殿」


 視界の端に映るバルの表情に、微笑みが崩れそうになるのをラーラは(こら)えた。

 リリが頭を上げてラーラを見る。


「リリ・コーカデス殿の姿を目にするのは、どれくらい振りでしょう?」


 リリに久し振りと言わないのは八つ当たりではない、とラーラは自分に言い訳をした。

 ラーラとリリは顔見知りではあるけれど、知り合いだとは言えない。これまで挨拶を交わした事がない。

 お互いがお互いの事を認識しているのはお互いに分かっているけれど、ラーラからしてもリリからしても、相手がどれだけ自分の事を知っているのかさえ知らない間柄ではあった。


 リリは上げた頭をもう一度下げる。ここで頭を下げる為に、リリは今日この場に立ったのだ。


「御挨拶が遅くなりまして、誠に申し訳ございません」


 挨拶と言われてラーラは意味が分からなかった。バルも首を捻る。

 授爵の挨拶ならレントから受ける筈だし、後見人を務める事の挨拶ならバルとラーラに対しては別に必要ない。そもそもタイミング的には遅くなどない。

 頭を下げたリリを見ながら、バルとラーラの眉根が寄った。


 リリは再び顔を上げて、ラーラを見詰める。


「コーカデス子爵レントの祖父リートの次女リリでございます。ラーラ・コードナ様には御挨拶の機会を頂きながら、名乗りを返す事もせずに今日まで来てしまいました。御無礼致しました事、平に御容赦下さい」


 そう言ってリリは再度、深く頭を下げた。


 王宮でリリの祖父ガットが当時の宰相に怪我をさせて王冠を傷付ける前に、ラーラは自分を上位者として、リリを下位者としての挨拶の言葉をリリに向けて口にしていた。それをガットが怒り、宰相と王冠が傷付く件に繋がっていた。

 その為、ラーラの挨拶にリリは名乗りを返せていなかった。

 その後も学院でラーラとリリは顔を合わせた事はあるが、その時も対峙する立場だったので、言葉を交わせてはいない。


 ラーラもバルも、名乗りを返す事もせず、と言われたので、それらの事を思い出した。

 思い出したのは良いけれど、リリに何と返せば良いのか直ぐには思い付かず、ラーラは言葉に詰まってしまったし、バルもラーラを助ける事が出来なかった。


 その状況をミリが救う。


「リリ・コーカデス殿とお母様は、お知り合いではなかったのですか?」


 四人の困惑が醸し出していた空気を読まずに、一人でのんびりとした雰囲気を醸していたミリが発した問いは、これもまた空気を読まないものではあったけれど、再び膠着しそうな状況を動かした。


「ええ。トラブルがあって、御挨拶が中途半端で途切れていたのです」


 ラーラは少しホッとしながら、ミリにそう答える。

 ただしミリの発言が、空気を読まない内容だった事自体は褒められたものではない事に、ラーラはまた少しイラッとはした。

 そしてミリの発言にホッとしてしまった自分にも、少し腹を立てる。

 バルのミリへの表情も、空気を読まない事への非難が含まれている様に思えて苛立たしい。

 だがしかし、リリにもレントにも当たらずに、状況が進んだのは良かった。


 ラーラは小さく息を吐いて、気持ちを整えてからリリに声を掛ける。 


「リリ・コーカデス殿?お顔を上げて下さい」

「はい、ラーラ・コードナ様」


 リリが顔を上げると、微笑むラーラと目が合った。


「わたくしも今日までリリ・コーカデス殿との御挨拶をそのままにしていました。この件に付いてはお互い様ですので、これで良しとしませんか?」


 リリは頭を下げたけれど、ラーラは謝ってはいない。その為、これで良しとするラーラの言葉にリリは思うところはあったけれど、相手は侯爵家の嫁で自分は子爵家の人間だ。


「ありがとうございます。ラーラ・コードナ様。そうさせて頂きます」


 リリはもう一度、頭を下げた。



 リリとしてはこれでもう、王都での用事は全て済んだ事になる。

 リリは今後もコーカデス領で暮らす。もう王都に来る事はないだろう。そうしたら、ラーラにもバルにも、もう二度と会わないで済む筈だ。

 自分がレントの為に王都で出来る事はこれで全てだと思って、伏せたままのリリの表情は晴れ晴れとしていた。


 バルは、ラーラがリリに赦す様な言葉を掛けた事に、驚きを感じたし信じられなかった。

 王宮でもその後の学院でも、ラーラに対するリリの態度は、バルに取っては赦せるものではなかった。

 その上バルから見たら、リリはバルとラーラの幸せを壊した犯人の一人だ。ラーラの誘拐を手助けしている。

 有罪の証拠はないけれど、無罪も証明されていない。当時のラーラが平民だったからと、リリは捜査への協力さえしていない。

 そして、ラーラには未だに伝えられていないのだけれど、バルがリリをラーラ誘拐犯の一人と確信している理由があった。それはあの日、最初はバルとラーラは港に船のマスト登りをしに行く約束だった。その予定が変更になったのは、バルがリリと出掛ける事になったからだ。そしてラーラもその日に、パノからリリに送った手紙の封筒を流用した喚び出しを受けた事で、ラーラが誘拐される事になったのだ。

 バルはラーラを辱めた人間はもちろん、誘拐した人間も、誘拐させた人間も、加担した人間も、未だに赦してはいない。そしてその中には容疑の晴れていないリリも、ラーラを助けられなかった自分自身も含んでいた。

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