レントの思惑
レントの叔母リリは、レントの口からバルの祖母デドラ・コードナの名が出ると、心が少し騒めいた。
リリはそれをレントの企みに拠るものかも知れないとして警戒する。
「ええ、存じております」
「デドラ・コードナ様が同世代の方達に一目置かれていた事は、わたくしより叔母上の方が良くご存知かと思います」
幼い頃、デドラが怖かった記憶がリリに蘇る。
そしてこれもレントの策かも知れないと、リリは自分の感情をコントロールしようとした。
「ええ、優秀である事が有名な方でした」
「ミリ・コードナ様はそのデドラ・コードナ様に、領地経営に付いても教育されています」
「ええ、その様な話ですね。それが何か?」
リリの口調に少し機嫌の悪さが滲む。
レントの話の結論が想像出来ず、今の話とは繋がらない嫌な方への想像が、リリの頭の中には広がっていた。
「わたくしは、習った事は身に着いたかどうか、試したいと思うのですが、叔母上はいかがですか?」
再度の話題転換に、リリは警戒を強める。
「それはそう、思う事もあるかと思いますけれど、それが何か?」
「領地経営に対して高度な教育を受けたミリ・コードナ様は、このままではそれを試す機会がありません」
話が嫌な想像に繋がりそうになって来て、リリの眉間は僅かだが狭まった。だがまだ決まった訳ではない。
「そうとは限らないではないですか」
「そうでしょうか?」
レントがわざと穴を開けているかの様にリリには思える。そちらには罠があるに違いない。しかしこのままではきっと、いつまで経っても話が終わらない。
「ミリ・コードナ様が領主夫人になれば、夫を助ける為に知識を活かす事もあるのではありませんか?」
もしレントがミリを妻に迎えたい等と、まだ子供なのに考えていたとしても、その様な事はコーカデス家が許さないのは分かっている筈だ、とリリは思う。それだけではなく、侯爵家の令嬢として育てられているのだから、ミリが嫁ぐとしたら伯爵家の跡継ぎまでだろう、とリリは考えた。常識的に考えても、子爵家になったコーカデス家に嫁いで来るとは思えない。
「いいえ。それはあり得ません」
そのレントの答えにリリはとても驚いた。
あり得ないとはリリも思っている。それはミリの出自があるからだ。しかしリリもそれを明示的に口に出すのは躊躇っている。
それなのに、ミリに好意を寄せているのではないかとの報告が上がっていたレントが、その事に言及してくる事があるとは、リリは考えていなかった。
それは、貴族としては正しい心のあり方なので、レントに教育を施した者としては嬉しい事なのだけれど、叔母としては一抹の不安を抱いた。
しかしリリは、レントの答えに肩透かしを食らう。
「何故ならミリ・コードナ様は、結婚しない筈ですので」
「え?・・・ほんとうなのですか?」
「はい。父君のバル・コードナ様が、ミリ様を結婚させないそうです」
レントはリリの前でバルの名を口にする事を僅かに躊躇った。だがレントが知っている情報では、リリに取ってバルの名は禁句と言う程ではない。それなので、この程度であればバルの名を出しても問題はないと、レントは考えている。
しかしバルの名にリリは、自分でも驚くほどショックを受けた。そして気分の悪くなる、ミリがラーラの代わりを務めていると言う、バルとミリの噂を思い出す。
バルの名を耳にしたタイミングで、自分の気持ちが揺さ振られる事自体が、リリにはショックでもある。
そのリリの様子にレントは、バルの名を出したのは失敗だったと判断して、リリの様子には気付いていない素振りで触れない様にして、話を先に進める事にした。
「それなのでミリ・コードナ様に、その知識を試す場を提供する事で、コーカデス領の開発を手伝って頂こうと考えているのです」
レントは態度に自信を見せる事で、リリの意識をバルの名から自分に向けさせようとする。
「え?・・・何ですって?」
いきなりの結論に追い付くことが出来なかったリリは、素で聞き返していた。
「つまりですね、叔母上。ミリ・コードナ様にコーカデス領の開発を手伝って頂くとします。そしてそれに対する報酬は、コーカデス領の開発が出来る事なのです」
「その様な事、ミリ・コードナ様が失敗したらどうするのですか?」
「確かに失敗の恐れがなくはありませんが、ミリ・コードナ様に領地全域を任せる訳ではありません。お願いするのは一部ですし、計画も予め説明して頂き、状況もこまめに報告して頂く積もりです。そしてミリ様のおこなう事が領地開発に有効でしたら、わたくしが他の地域にも展開していこうと思っています」
「そんな、こちらに都合が良い話を請け負うとは、わたくしには思えませんけれど」
「ええ」
リリの言葉にレントが肯いたので、レントの考えと言うより気持ちが分からなかったリリはホッとした。
「わたくしもミリ・コードナ様に断られるかも知れないと思いますし、他の方達の反対で実現しないかも知れないと考えています。ですがもし叶ったなら、ミリ・コードナ様は、とても強力な味方となるとわたくしは思うのです」
確かに実現したら、コードナ侯爵家やコーハナル侯爵家との関係も改善するだろうとリリも思うけれど。
「そしてこの案の良い所は、自分で良い所と言ってしまいますが、我がコーカデス子爵家には、この案が受け入れられなくてもなんの損失もありませんし、受け入れられても何も差し出すものがないと言う事です」
そう言ってレントは笑みを零す。
「それに、頼んでみるだけならタダですし」
その笑顔に計算も邪気も見えなくて、リリは本当にレントの事が心配になった。




