レントの出発まで
レントはジリジリとしながら、コーカデス領都の邸に留まっていた。
レントの父スルトが還付金を受け取ったまま、領地の資産に納めていない。
それなので今すぐ王都に赴き、スルトの手から還付金を回収したい。
だが今行っては、国王との謁見までに日があるので、王都滞在に余計な費用が嵩む。
しかしその間にスルトが、還付金を使い込むかも知れない。
いや既に、使い込んだ後かも知れない。
もし使い込まれていたら、どうしたら良い?会計処理は?損金に計上するには金額が多い。複数年度に跨がって損金とする修正申告を申請する?
それとも、コーカデス家の資産を使って領地の資産に補填?もしスルトが本当に私用で使い込んでいたのなら、それが正しい対応だけれど、そんな資産はコーカデス家には存在しない。
考えても仕方ない。やるだけの事をやって王都に向かい、事実を確認してから対処を考えよう。無駄な心配は不要だ。
そう思っていても、レントはふと気が付けば、考えてしまっている事を繰り返していた。
領主となったならレントはまず、町長達を改めて処罰しなければならない。
不正をしなかった町村長もいるのだから、罪を犯した者を罰しないのは不公平だし、レントは税金を肩代わりする気はなかった。
「そうでした。父上が代わりに納めた税金を町長達から取り立てれば、いくらかお金は取り返せるのでした。ですがそれは父上が開発費として使ったものとして計上してしまっているのですから、どう処理すれば・・・罰金として特別計上でしょうか?」
レントは一瞬だけ頭を抱えたが、直ぐに切り替えた。
「王太子殿下に相談に乗って頂きましょう。それにそもそもどれだけ取り返せるのかも分かりませんし」
レントは肯いて、他の事を考える。
「領地収入を増やすには、やはりニダさんの香辛料でしょうか?」
国内で栽培して良いのかグレーな気もするが、これもソロン王太子に相談しようかとレントは考えた。
「そう言えば、ミリ様とは香辛料の事は話をしませんでしたが、もしコーカデス領で生産したら、ミリ商会で扱って貰えたりするでしょうか?」
ただし、ミリは香辛料の生産が、国家間のトラブルに繋がる事を心配してはいた。
「国として問題ないとの判断が出ない限り、ミリ様を巻き込む訳にはいきませんね」
そう呟いて、レントは肯く。
そこではたと気が付いた。
「どうにも、独り言を呟く癖が付いてしまった様です」
それも独り言だと気付いて、レントは一人で笑ってしまった。
レントが王都に向けて出発する日。
レントは祖父リートと祖母セリに見送られる。
リートとセリはレントの叔母リリが出発する時に、見送れなかった事を根に持っていた。その為、レントは何度も二人に、見送りをする事の念を押されていた。
レントはこれまでも見送られなかった事はないけれど、余りにも何度も言われるので、少し二人をすっぽかしてみたくなった程だった。もちろんそんな事をすれば、帰って来た後が大変なのはレントも分かっているからやらないが。
しかし、今回に限り、セリが色々とレントに持たせようとするのには、レントも困っていた。
「お祖母様。そんなに持っては行けませんから」
「だってリリが置いて行ってしまったのですもの。仕方がないでしょう?」
「わたくしが叔母上に追い付くのは王都です。持っていっても結局は使って頂けません」
「あなたが使えば良いのよ」
「いえいえ、ですから、わたくしの物はいつも通り用意しておりますから」
「帰りだってあるでしょう?」
「帰りの分もです。叔母上もご自分の荷物はご自分で用意していらっしゃいましたし」
「レント」
「はい、お祖母様」
「女性は男性より荷物が多くなるものなの」
「それは存じておりますが」
「リリは久し振りの旅で、その辺が分かっていないのよ」
「ですがこんなに荷物を増やされたら、馬の速度が出ませんので謁見に間に合わなくなります」
「だからもっと大勢で行きなさいと言っているのではありませんか」
「セリ。もうその辺にしておけ」
リートがセリに声を掛けたので、レントはホッと息を吐いた。
「だけどリート」
「荷物も人も増やすよりは、足りない物があったら現地で買い揃えた方が安上がりだ」
「現地で揃えられないかも知れないから、言っているのではないの」
「以前、我々が王都に行った時とは違うだろう。暴動前と変わらないレベルに王都の経済は回復している。コーカデス領で何かを買うよりは、安く手に入る筈だ」
「そうは言っても」
「大丈夫だ。レントだって何度も王都に行っている。レントと合流すれば、リリにも心配はいらんよ」
「それは分かっているけれど」
「レント」
「はい、お祖父様」
「リリが王都にいたのはお前が生まれる前だ」
「そうよ。だから心配なのではないの」
「以前とは勝手が違って、リリが戸惑う事もあるだろう」
「私だってかなり戸惑ったのですもの」
「それに付いても気を配ってやってくれ」
「分かりました、お祖父様。叔母上の事はわたくしにお任せ下さい、お祖母様」
「ああ、頼む」
「レント、本当に頼むわね?」
「はい」
「それならこれだけは持って行きなさい」
また話が戻るのかと思って、レントは眉尻を下げた。
そのセリはレントに小箱を見せる。
「デザインは古いけれど、石は価値があるわ。一つはリリに渡して、もう一つはあなたにあげるから、王都でお金に換えなさい」
「え?お祖母様?」
「セリ?それは義母上がセリに持たせたアクセサリーじゃないのか?」
「ええ、そうよ。良く覚えていたわね、リート」
「いや、それは義母上の形見だろう?」
「え?曾お祖母様の?」
「そうだけれど、チェチェが嫁入りする時にも同等の物を持たせたのよ。これはリリと、後はレントのお嫁さんになる人に渡そうかと思っていたの。でも、子爵家の嫁には扱い難いと思うから。デザインも古いし、着けさせたら嫁イビリになってしまうわ。だから、レント。お嫁さんには自分で買ってあげてね」
そう言ってセリはレントに小箱を差し出す。
レントは受け取って良いのか判断が出来ず、リートの顔を見た。
セリがレントの困り顔に、ふふっと笑う。
「お墓に入れるにはもったいないわ」
「お祖母様」
「レント、貰っておきなさい」
「お祖父様」
リートに肯かれて、レントはセリから小箱を受け取った。
「良い?売る時には、必ず合い見積もりを取るのよ?」
「今ならこの値段で買うけれど、次はないなんて言うヤツには引っ掛かるなよ?」
「そうそう。ちゃんとしたお店に持って行かないと、騙されるかも知れないからね?」
「だが店構えだけで信じるのではないぞ?」
「分かりました。お祖母様、お祖父様。細心の注意を払います」
「ああ、それで良い」
「王都では少し贅沢をしていいのですからね?」
「分かりました。ありがとうございます」
レントは売ったお金をコーカデス家に回そうと思っていたが、リリと相談をしてセリに何か土産を買って来ようと心に決めながら、頭を下げた。




