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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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車上のリリ

 レントの叔母リリ・コーカデスは、馬車に乗るのが久し振りだった。


「もしかしたら、王都から領地に避難して来た時が、最後だったのかしら?」


 馬車の窓から流れる景色を見ながら、リリは独り言を呟く。

 確かに当時は、王都の暴動の影響で治安が悪いからと、邸の敷地から出る事は禁じられていた。

 避難後に両親は王都に行ったがその時も、姉のチェチェは同行したがリリは領都の邸に残っていた。


「邸から出なかった事にも気付いていないなんて、どれだけ意識が内向きだったのかしら」


 そう口に出してみても、それが他人事の様に響く。

 その事にリリは苦笑を漏らした。


「そう言えばあの頃、当主様はまだ生まれていなかったのよね」


 リリは領地に避難をして来た時に、兄のスルトにレントの母親の事をよろしく頼まれた事を思い出した。

 レントの母フレンとはそれ程話した事もなかったのに、ほとんど話した事のないスルトからいきなり頼まれても、リリには何をどうしたら良いのか、全く分からなかった。

 それなので、フレンの日課の散歩に同行する事から始めて、徐々にフレンとの距離を縮めていった。そして編み物を通して、フレンとコミュニケーションを深めていったのだった。


 だからと言って、フレンに対して何かを出来た気はリリにはしていない。

 フレンが出産する時にも慌てるばかりで、大した手伝いも出来ていなかった。


「フレン義姉(ねえ)様にも、レントをよろしくと言われたけれど」


 リリはレントとは距離を取っていた。

 レントはコーカデス家の跡取り息子だし、生まれた時からとても大切にされていた。それは当時まだ生きていた自分の祖父母、レントの曾祖父母もそうだったし、自分の両親、レントの祖父母も未だにそうだ。そのノリにリリはついて行けず、自ら距離を取っていたと言うよりは、周囲の人間に置いて行かれていたのが最初だった。

 レントはコーカデス家の希望であり、コーカデス家の苦境の原因を作った様になっていた自分が関わる事は、リリに取っては気後れしていたのもあった。


 それなのにフレンは、コーカデス家を離れる時に、リリにレントの事を頼んで行ったのだ。

 リリが知る限り、フレンは他の人間にはレントの事を頼んではいない。


「確かにあの状況で、フレン義姉様が頼れる人間なんて、我が家にはいなかったけれど、それなら私だってそうだったのに」


 コーカデス家が侯爵家から伯爵家へと降爵した時、リリの姉のチェチェはコーカデス家を見捨て、嫁ぎ先を取った。その事にコーカデス家の皆が怒りを向けている中、フレンは嫁ぎ先のコーカデス家ではなく、実家の命令に従う事を選んだのだ。

 リリもフレンのその決断に、納得してはいなかった。


 そしてフレンはレントを置いて、コーカデス家を出て行った。


 リリの祖父母も両親も、フレンに置いて行かれたレントを不憫がった。

 もちろん祖父母も両親も、フレンがレントを連れて行く事などは許さなかったし、実家を選んだフレンの事も赦していない。

 しかしフレンが実家を選ぶ判断をしなければならなくなったのは、コーカデス家が降爵したからで、その事には祖父母と両親にも責任がある筈だ。

 そう考えていたリリはやはり、家族と同じ様には、レントを憐れんだりする事が出来なかった。


 そしてその頃はまだ、自分もいつかは嫁ぐとリリは思っていた。それなので、レントの母親代わりにはなれないとも思っていた。

 もしレントが自分を母親として慕えば、いずれレントにはまた母親との別れを迎えさせる事になる。

 今はまだ幼いレントは良く分からずに泣いているだけで、やがては母であるフレンの事も忘れるだろう。

 しかし自分が嫁ぐ事になった時に、レントの心に傷を付けないとは限らない。


 リリはそうも考えて、レントとは距離を置く事にした。

 レントの事は「レント殿」と呼び、レントに対する言葉遣いにも気を遣い、丁寧に接する事を心掛けた。

 それはレントの教育を任される様になっても続けたのだが、何故かレントは自分を慕っている様に思える。

 結局リリは嫁いだりはしていないので、こうなる事が分かっていたのなら、もっとレントの事を可愛がれば良かったなどと、今はリリも思っていた。


 しかし今回、コーカデス家は子爵家となった。


 侯爵家の娘を嫁に迎えるのには、やはり相手にもそれなりの条件が必要になる。

 コーカデス家が侯爵家の時は見付からなかった自分の相手も、伯爵家となったら条件が緩むので、きっとどこかに嫁に出されるとリリは思っていた。

 しかし、(とつ)がないまま月日は流れ、伯爵家の娘としても縁談が調わない歳となっている。

 だがここで、今度は子爵家の娘となり、更にもう一段、条件が緩んだ。

 新しい当主は今のところ、リリを嫁がせる事は考えてはいないようだが、子爵家の娘ならまだしばらくの猶予はある筈。

 何より今のコーカデス家もこの先のコーカデス家も、手段を選んでいる余裕などない筈だ。


「そう言う意味ではやはり、当主様と距離を取っておいたのは正解だった筈。当主様も私の事を母親だと思っていたら、縁談を探したりは出来ないでしょうから」


 結婚したいともしたくないとも思っていないのは、自分の本音だとリリは思っていた。

 けれどもリリは、少しでもレントの役に立ちたいとは思っている。

 祖父母や両親とは違うけれど、あるいはレントの両親とも違うけれど、リリもレントの事を思っているし、自分が一番レントの役に立てるのはやはり、婚姻に拠って他家と縁を結ぶ事だとリリは信じていた。


「あとはやはり、あれよね」


 ラーラの誘拐事件にリリが関わったとされた事を切っ掛けとして、コーカデス家の立場がおかしな事になっていった。

 しかし侯爵家の娘としては、平民出の女などに頭を下げる事は出来なかった。

 けれど子爵家の娘となった今なら、侯爵家三男の嫁に頭を下げる事だって出来なくはない。


「お兄様が当主になってから、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家に謝罪をしたけれど、両家との関係は改善しなかった。それはお兄様が当事者ではなかったからなのかも知れない。しかしやはり当事者ではない当主様の働きで両家との距離が近付いたのだから、当事者とされる私が頭を下げる事できっと当主様の役に立てる筈」


 子爵家の人間なら、侯爵家の人間に頭を下げるのはおかしくない。それがどれだけ不条理な事であっても。

 リリはそう考える事にする。

 そして王都までの道程で、思い描いた者達に頭を下げる自分を想像して、自分の心が動かされない様に、リリは感情を整えて行った。

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