レントの出した結論
レントの叔母リリの言葉に、祖父リートは何も言葉が出なかった。祖母セリがやっと絞り出した声も、「リリ」と娘の名を辛そうにただ呼ぶだけだった。
そのセリをリリが向く。
「はい、お母様」
リリに応えられてもセリの口からは言葉が出て来ない。セリには何も言葉が思い浮かばなかった。
その間にレントが決意を固めた。
「叔母上」
「はい、当主様」
「叔母上は結婚なさりたいのですか?」
「レント!」
「何を訊くのだ!」
セリもリートも声を荒げた。
「お祖父様、お祖母様。これは当主として、知っておかなければならない事です」
「必要ない!」
「そんな残酷な事を訊くなんて!」
二人をレントは驚きもせずに見詰める。二人に怒りを向けられる事は、レントも覚悟をしていた。レントはそれを分かった上で、リリに言葉を向けている。
リリは三人の様子を見て、静かに告げた。
「お父様、お母様。当主様には当主様の、お考えがあるのだと思います」
「リリ」
「だからと言って」
リートの表情には困惑が、セリの表情には悲しみが混ざる。
リリは僅かに苦笑を浮かべると、レントに視線を向けた。
「当主様」
「・・・はい、叔母上」
「気持ちの話でよろしいのでしたら、わたくしは結婚をしたくも、したくなくもありません」
リリはレントを見ながら、首を小さく左右に振る。
「・・・それは、どう言った意味なのでしょうか?」
「さあ・・・言葉通りではありますけれど」
「どちらでも良いと?」
「そう訊かれたら、そうですね」
リリの返しに、困ったレントの眉尻が下がる。リートもレントと同じ様な表情をした。セリは口に手を当てて、「リリ」と微かに呟く。
レントは目を伏せて、リリの言いたい事を把握しようと考えた。
その様子を見て、リリが微笑む。
「当主様。わたくしは結婚してもしなくても構いません。家の為に結婚するのだと言われて育ちましたし、何年も縁談さえありませんでしたから、結婚したくもなければ、したくなくもなくなってしまっています」
リリにそう告げられて、顔を上げたレントの口角が下がる。
リリは苦笑を浮かべてから微笑みに戻し、リートとセリに顔を向けた。
「お父様、お母様。別に他意はありません。お二人が私の事を考えて下さっていた事も、その後に良いタイミングがなかった事も分かっております」
「リリ」
「でも」
「お二人に勧められた通りにあの時に、どなたかと交際練習を始めていたら、もしかしたら何かが変わっていたのかも知れませんね」
そうだともそうではないとも、リートもセリも応えられはしない。
レントはリリの感情を見せない微笑みに、どう考えたら良いのか分からなかった。
これまでのリリが幸せだったのかと言うと、レントにはそうは思えなかったが、そうではないのだとも考えたくはなかった。
もう一人の叔母チェチェは結婚して子供もいる。しかしコーカデス家が伯爵に降爵した時に、実家より嫁ぎ先の方を選び、コーカデス家とは縁が切れた状態だ。
あるいはレントの母はレントの父スルトとの離婚後に、使用人達の話を漏れ聞いたところに拠ると、再婚して子供も儲けたらしい。
祖父母のセリとリートの夫婦は、仲が良いとレントは思っている。しかしセリがコーカデス家に嫁いで来てから、幸せが続いていたとは言えないとレントは思っていた。舅が当時の宰相に怪我をさせたり王冠を傷付けたり、夫が伯爵に降爵したり、娘の一人と縁を切ったり、息子が離婚したり子爵に降爵したり、孫である自分が何かと心配を掛けたりしている。
それに対して、バルとラーラは幸せそうだった。
ミリはバルの本当の娘ではないとの話だが、レントはバルがミリを大切にしている事は感じていた。
バルはそれ以上にラーラを大切にしている様に、レントは思っていた。ラーラがバルを思っているのも感じられる。
そしてミリも、少し感覚が違う感じはするけれど、それでも二人との間でお互いの愛情を信じている様にレントには思えた。
これまた使用人達の話を漏れ聞いたところに拠ると、バルはリリを好きだったとの事だ。そしてリリも満更ではなく、いつか二人を婚約させるとの話も出ていた。それをラーラが横からバルを奪った。その様な事をしたのでラーラには天罰が下されたのだと、コーカデス家の使用人達は口にしていた。
それでも、レントの知るラーラは幸せそうに思える。
そしてレントには、リリをラーラと比べる事は出来なかった。
そして何故か、ミリの顔が浮かぶ。
ラーラの姿からそっくりなミリを思い出したのか、結婚しないと言っていたミリの言葉から思い出したのか、レントには分からなかった。
レントは余計な思考を止めて、結論を出す。
「叔母上」
「はい、当主様」
「わたくしの後見をお願いいたします」
頭を下げるレントに、リリは「そうですか」と肯いた。
「畏まりました。当主様のお役に立てる様に、務めさせて頂きます」
リリの言葉に一旦顔を上げたレントは、「ありがとうございます」ともう一度頭を下げる。
ホッとしたレントの脳裏にまたミリの事が浮かんだ。それは幼児を抱いたミリの姿だった。
そこでレントは執務机を振り返り、ディリオ愛に溢れるミリからの手紙の山がなくなっている事に初めて気が付いた。




