降爵と授爵の報せ
コーカデス領が伯爵領から子爵領となる事が公表された後に、ソロン王太子はコーカデス領へ使者を送った。
その使者がコーカデス邸にリリ・コーカデスを訪ねる。
リリに会うと使者は、ソロン王太子からの書状をリリに渡した。
そこには使者をレントに会わせる様にとの命令が書かれていた。
レントは自室から出る事をレントの父スルトに禁じられている。リリもレントに会う事をスルトから禁じられていた。使用人達もレントとの会話を必要最低限に制限されている。
それなのでリリは自分は立ち会わずに、使者にレントの自室で会って貰う事を選んだ。
その手配をリリに命じられた使用人は、スルトの命令に背く事を案じたが、スルトが明示的には禁じていないと押し切られ、リリに従う事になる。もちろんリリもスルトの意向に反している事は分かっていたけれど、王太子の命令に逆らう事など出来ないと言い訳をすれば良いと考えていた。
レントの自室で、使者はソロン王太子からの手紙をレントに手渡した。
「こちらはソロン王太子殿下からの物となります」
「はい」
「中身をご確認頂き、もしソロン王太子殿下に返事をなさる様でしたら、手紙をご用意下さい。明日、取りに伺います」
「わざわざ取りに来て頂かなくとも、わたくしの方で郵送致しますので大丈夫です」
「いいえ。返事があるなら直接頂いて帰る様にと、ソロン王太子殿下から命じられております」
「そうですか」
「はい」
「王太子殿下からは他には何を?」
「いいえ、他にはございません」
「え?もしかして、この手紙を届ける為だけに来て下さったのですか?」
「はい」
「え?何故わざわざその様な事を王太子殿下が命じられたのでしょう?」
「ソロン王太子殿下からの手紙等を受け取られたり、ソロン王太子殿下に手紙等を送られたり、これまでなさっていましたか?」
「それはしておりました。つい先日も手紙を送らせて頂いております」
「最後にソロン王太子殿下からの手紙を受け取られたのはいつでしょうか?」
「それは、もう、しばらく前になりますが」
「ソロン王太子殿下はここしばらくは、五日置き程度のペースで手紙を送っていたそうです」
「そうなのですか?王太子殿下はお忙しいから、ずっと連絡がないのかと思っておりました」
「王太子殿下からは、最近は手紙を受け取っておらず、最後に受け取ったのはかなり前と聞いておりますが、手紙等をソロン王太子殿下に最後に送られたのはいつですか?」
「いえ、つい先日も送りましたが、その前のも、王太子殿下はお忙しいと思いましたが、幾つか目に入れておいて頂きたかった話がありましたので、結構こまめに送っておりました」
「そうなのですか」
「はい。しかしその手紙が、王太子殿下には届いていないのですね?」
「ソロン王太子殿下からは、しばらく連絡が途絶えていると伺っております。それなので今回、手紙を直接受け渡しをする様にと、ソロン王太子殿下はご命令なさいました」
「・・・そうでしたか」
「もし明日までに書き終わらない場合でも、お渡し頂ける迄待たせて頂きますので、構いませんからそう仰って下さい」
「良いのですか?」
「はい。ソロン王太子殿下には、それも命じられておりますので、お気になさらず、ソロン王太子殿下に伝えるべき事は全て記す様にお願いいたします」
「分かりました。ありがとうございます」
レントは使者に対して頭を下げた。
レントはミリからの手紙がぱったりと届かなくなっていたので、ミリの手紙はスルトに止められているのだろうと思っていた。しかしソロン王太子からの手紙まで止められたりするとは思ってもいなかった。
ただし実際には、レント宛の手紙もレントが書いた手紙も、全て焼き捨てる事をスルトが使用人に命じていた。
ソロン王太子からの手紙に書かれていた、コーカデスが子爵領となった事に付いてを読んだ時に、レントは言葉の意味を先ずは理解できなかった。思考が停止してしまっていた。
スルトが申請した修正申告の概要と、それが齎した事の経緯が読めると、レントの体は恐ろしさに震えた。
そして何故スルトがその様な手段を取ったのか、考えようとしてもまた思考が進まず、レントには全く理解が出来なかった。
レントはスルトが今どこにいるのか、馬車クラブに連絡して確認しようと思い付く。
馬車クラブからはスルトがコーカデス領に戻ったとの連絡はないが、騎馬の使者が既に訪ねて来ているのだから、スルトの馬車もそろそろ領内に入る筈だとレントは考える。
そして馬車クラブの情報を持って来る使用人を呼び出して、馬車クラブへ依頼を伝えて貰おう、と思ったところでレントは思考を立ち止まらせた。
スルトの馬車の位置を確認してどうするのか?
レントはもう一度、ソロン王太子からの手紙に目を通した。
既に子爵への降爵は決定し、その公表も既にされている。
再度修正申告をして元に戻せば、伯爵に戻れるかも知れないが、スルトがそれを許すとは思えない。それを許す事があるなら、子爵に降爵されたりしない筈だ。
スルトに取っては領地の事より恋人の実家の方が大切なのだろうかと考えてしまい、レントは頭を振った。
それは今考える事ではないし、考えてどんな結論が出たところで、意味などない。
子爵領と言う事は、納めなければならない税金は減る。これはコーカデス領に取ってはプラスだ。
経費として認められる項目の比率が、伯爵と子爵では変わる。領地を開発する為の事項は非課税対象の比率が上がるが、領地を現状維持する為に必要な事項は比率が下がる。これまでと同じ事をしていたら、納税額は多くなりそうだ。だが、伯爵領に戻れる程の金額にはならない。領政の方針を検討し直す必要があるだろう。
貴族会議での発言権は伯爵よりは落ちる。しかしそもそもスルトは貴族会議に出席していない。ずっと領地にいるし、誰かを代理に送ってもいない。つまり今まで権利を放棄していたのだから、子爵となっても影響は出ない。
自分は謹慎中で自室から出られない。祖父母との会話も禁じられている。
レントにはソロン王太子に伝えるべき事が思い付かなかった。
せいぜいが、スルトの提出した修正申請に付いて、自分は知らなかったと言い訳をするくらいだ。
ソロン王太子は相談に乗ってくれそうではあるけれど、何を相談したら良いのかが今のレントには思い付かない。
翌日、最後に受け取ったソロン王太子からの手紙の内容を記し、それ以降は手元に届いていない事と、スルトの修正申請は知らなかった事だけを書いた手紙を用意して、ソロン王太子に届けて貰える様にとスルトは使者に渡す事にする。
そしてミリにも同様の手紙を書こうとして、受け取ったミリの最後の手紙の内容が、ディリオの事が書かれていたのは間違いないのだけれど、何が書かれていたのかは他の手紙の内容と混ざってしまって良く分からなくて、取り敢えず最近の手紙を受け取れていなかった事だけを書いた手紙も用意して、届けて貰えないかと使者に頼む事とした。
そしてその二通を使者に渡す前に、王宮から別の使者がコーカデス邸を訪れた。
その使者もリリの手配で、レントの自室でレントに手紙と書類を手渡す。
その手紙の内の一通は、レント自身の王宮への召喚状で、レントを新しいコーカデス領主として認めると記されていた。




