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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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譲渡の勧め

 コーカデス領が子爵領となり、コーカデス伯爵も子爵に降爵する。

 その情報が公開されると、その話は瞬く間に王都に広がった。そこから直ぐに、各地へと広がって行く事になる。



 レントの父スルト・コーカデス子爵は王都に(とど)まり、国王への謁見を申請していた。

 そしてそれはかなり早く叶えられた。


 スルトが通された謁見室には、以前より少ない人しかいなかった。前回はいた議事を取る文官も今回はいない。

 スルトの用件は想定出来ていたので、忙しいソロン王太子の同席もなかった。


 国王が暇だと言う訳ではない。

 しかし、脱税問題に関する申請は全て受け付けが終わっても、その後の残務処理が残っていて、それはソロン王太子が中心になって対処を進めている。その他に通常業務もあるが、通常業務も脱税問題対応の皺寄せを受けて滞り気味の状態だったので、それもソロン王太子を中心に何とか解消させていっている所だ。

 そもそも国王は国のトップなのだから、国のトップが仕事に追われている様では国政が危ない。国のトップは国のトップらしくドンと構えて、緊急時に直ぐに決断を下せる様に余裕を持っていなければならない。そう。余裕を持つ事がトップの仕事なのだ。

 と言う事で国王には余裕があるので普段は、忙しいソロン王太子の代わりに王妃と共に、ソロン王太子の息子のサニン王子の相手をしたりしていた。



 スルトに向けて国王が問う。


「用件は子爵への降爵の件か?」

「もちろんでございます」

「もしかして、修正申告をして納税をするから、伯爵に戻せと言うのか?」

「その、はい」

「金の宛てはあるのか?」

「それは、ご相談させて頂きたいと考えています」

「つまり宛てがないのだな?」


 スルトは返事をしなかったが、目を伏せたのが答えだった。


「コーカデス卿」

「はい、国王陛下」


 スルトは少しだけ顔を上げ、国王と目を合わせる。


「コーカデス領は他の者に任せたらどうだ?」

「・・・え?」

「短い期間で侯爵から子爵まで落ちた。過去の栄光があるから、ここからの苦労には耐えられないのではないか?」

「いえ!その様な事はありません!」

「コーカデス領は海も山もある。地勢で言えば立派に侯爵領級だ。つまり普通に運営していれば、侯爵が治める土地だと言う事だ」

「それは、ですが、様々な要因がありましたので、今の状況なのです」

「それは分かっておるが、何もしなければ侯爵領級なのに、伯爵領としての納税も覚束ない。国としては、治める者を差し替える事も考えるのは当然ではないか?」

「それは、当主の座を息子レントに譲れと言う事ですか?」

「何を言っておるのだ?その様な訳はないだろう?」


 国王は呆れた表情をスルトに向けた。


「そなたの息子はまだ子供ではないか?王太子からはレントも優秀だと聞いているが、所詮は子供だ。その様な判断を国がする訳はなかろう?」

「ですが、父リートではありませんよね?」

「リートも侯爵から伯爵に降爵させて、そなたに爵位を譲ったのではないか?返り咲かせる筈がない」

「それではリリですか?」

「リリ?」

「わたくしの妹です」

「ああ、あのラーラに負けた、あ、いや、嫁に行ってないではなくて、うん。そうだ、リリ・コーカデスだな」

「女のリリを領主にすると言うのですか?」

「あ、いや、違う違う、そうではなくて、爵位を返還して、他の者に任せたらどうだと言っているのだ」

「え?他の者に?」

「そうだ。例えばコードナ卿の次男のガスだな。コードナ侯爵領はもう何年も、毎年利益を伸ばしている。そのノウハウをコーカデス領でも活かせるだろう」

「しかしガスは将来、長男ラゴが爵位を継いだら助けるのでは?」

「まあそうだが、コードナ侯爵家には三男のバルもいる。バルにコーカデス領を任せるのは無理だろうが、ラゴを助ける事くらいならバルにも出来るだろう。バルの娘ミリも優秀だから、役に立つ筈であるし」

「いや、ですが」

「うむ。思い付きで口にしたが、案外良いのではないか?」

「いえ、ですが、我が家には跡取りとしてレントもおりますので」

「レントがいくら優秀でも、今すぐに領主は任せられないではないか」

「それは、そうですが」

「レントが大人になるまで待っていたら、コーカデス領は取り返しが付かなくなるではないか」

「え?その様な事は決して」

「ないと言えるか?」

「それは」

「そなたは今日のこの状況に付いて、これまで想像した事があるのか?」

「あ、いえ、それは」

「想像できていて放っておいたのでも、想像できていなかったのでも、これからのコーカデス領は任せる事は出来ないと、自分でも思わんか?」


 スルトはまた答えられず、ただ奥歯を強く噛んだ。


「そなたは今回の修正申告で開発費を計上したが、つまりこれまでは開発費を使って来なかったと言う事だな?」


 やはりスルトは言葉を返せない。


「何も工夫せずに領地経営をしても、何も得るものはなかったのではないか?もしそうであるなら、これから経験を積めば良いと思うかも知れんが、コーカデス領はもう手遅れだ。何の経験も積めていないそなたでは、コーカデス領を救う事は出来ない。違うか?」


 そう言う国王の目には非難ではなく、憐憫が浮かんで見えた。


「そなたは若き頃、好きで跡を嗣ぐのではないと、口にしていたそうだな?」


 スルトは表情を変えずに、ただ国王を見ていた。


「今日までそなたが何をして来たのか、正直なところ余は知らん。しかし何らかの苦労はしたのではないか?」


 そう言われてスルトは視線を下げた。


「きっと今までよりもこれからの方が、苦労が多くなる筈だ」


 スルトは視線を下げたまま目を瞑る。


「領地が更に荒れない内に領地を譲り渡せば、引き換えにコードナ侯爵家から引き出せる金も多い筈だ。その金でリートとセリとリリなら充分養っていけるだろう。そしてレントは文官にでもすれば良い。王太子もレントの事は気に入っている様だから、目を掛けていく筈だ。心配はいらん」


 スルトは視線を下げたまま、目だけを開いた。


「国王陛下は、このままならコーカデス領の領主を担うのは、苦労をするとお考えなのですね?」

「ああ。余だけではない。王太子も王宮の文官達も、皆がそう考えておる。かなりの苦労があるであろうな」

「そうですか・・・分かりました」


 スルトは顔を上げて国王を見る。


「・・・そうか」


 国王がスルトに見せた微笑みにも、僅かに憐憫の色が含まれていた。


「コーカデス領の領主と、コーカデス家の当主の座は、わたくしの息子レントに譲ります」


 スルトは国王に微笑みを返す。

 国王はスルトの言葉の意味を理解すると、目を見開いた。

 スルトの微笑みは、意地が悪そうに歪んでいた。

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