コーハナル侯爵邸での考察
コーハナル侯爵邸の一室で、ミリがバルとラーラと食事をしている時に、パノの父ラーダ・コーハナル侯爵が入室して来た。
「バル君、ラーラ、ミリ。食事中に失礼する」
「いいえ、ラーダさん」
「お養兄様?どうかなさったのですか?」
バルとラーラは席から立とうとするが、ラーダはそれを手で抑え、ミリを向く。
ミリは急いで、口の中に入っている物を飲み込もうとした。それが飲み込めない内に、パノとパノの弟スディオも入室して来る。ミリが飲み込む直前には、パノの母ナンテも部屋に入って来ていた。
ずっとラーダと見詰め合ったままもぐもぐと口を動かしていたミリが、やっと全てを飲み込んで口をひらく。
「どうしたのですか?養伯父様?」
「コーカデス卿が子爵に降爵した」
「え?」
「ええ?!」
ミリは小首を傾げた。バルは思わず立ち上がる。ラーラは口を手で抑えた。
「これを」
ラーダは書状をミリに差し出す。ミリはそれを受け取ると、書かれている内容に目を向けた。バルがテーブルを回って、ミリの隣から書状を覗き込む。
「先程、公表されたそうだ」
ラーダにラーラは顔を向けながら、バルの慌てた様な様子を一瞬横目で見てから、視線をラーダに向けた。
「お養兄様はご存知だったのですか?」
ラーラの質問にラーダは首を左右に振る。
「いいや。公表されるまで極秘とされていた様で、伝えて来た者も知らなかったそうだ。ミリ?」
ミリは顔を上げて書状をバルに渡しながらラーダを見た。
「はい、養伯父様」
「ミリは何か聞いていたのか?」
室内の皆の視線がミリに集まる。
ミリは反射的に首を左右に一度振るも、そこで首を止めて頭を少し傾げて関連しそうな事を思い出そうとして、どう考えてもヒントになりそうな事も知らないと何度か小さく肯いてから、また首を左右に振った。
「いいえ、養伯父様。全く知りませんでした」
「ミリはソロン王太子とレント・コーカデス殿と三人で、遣り取りをしていたな?」
「はい。ですが、それについては、内容は秘密にする事になっておりますので」
ラーダもそれは知っていた。その上でこの質問をする事で、ミリの表情の変化から何かを読み取れないかと思っていた。
ラーダにはこの件が、ソロン王太子の主導であったり、レント・コーカデスが納得していたりすると言うのでは、チリン元王女やミリから漏れ聞いたソロン王太子像ともレント・コーカデス像とも、一致しないと思えていた。
そしてそれはパノもスディオも同じであった。
ナンテも、レントの祖父リート・コーカデスと祖母セリ・コーカデスとの、先代コーカデス当主夫妻のイメージとの乖離を感じていた。
先代夫妻は侯爵から伯爵に降爵した事も不本意だった筈だ。ラーダもそれは知っていて、そこから更に子爵にまで爵位を落とす事を良しとしているとは思えなかった。
「では質問を変えよう。ミリ?」
「はい、養伯父様」
「コーカデス家の降爵に対し、ミリは納得の行く説明が思い浮かぶか?」
少し困った様な表情を浮かべるラーダに、ミリも同じ様な顔を向ける。そして視線を下げてしばらく考えてみた。
「・・・いいえ」
ミリは首を左右に振ってから、視線をラーダに戻す。
「降爵に該当する程の違反があったのでしょうけれど、このタイミングでしたら他の件ではなく、密造と脱税に関してだと考えられます。しかし他領にはその様な話も出ていませんので、コーカデス領に密造と脱税があったとしても、降爵に繋がる程の理由が私には思い付きません」
ミリの返しにラーダは小さく一つ肯いた。
「そこには書かれてはいないが、コーカデス領では確かに密造と脱税があったそうだ」
「そうなのですね」
ミリはその事をレントの話から知ってはいたが、今日までコーカデス領の情報が公開されていなかったので、この場でも知らない振りをする。
「その問題の解決に、コーカデス家の投資失敗として処理するのではなく、コーカデス領の開発失敗の扱いとしたそうだ」
その話をスディオはラーダと共に聞いていた。その時のラーダとスディオと同じ様に、ミリもパノもラーラも驚いている。バルとナンテは小首を傾げた。
「ラーダさん?投資失敗と開発失敗ですか?」
「ああ、その通りだ」
「どちらの場合でも、損失として計上すると言う事ですよね?何が違うのですか?」
「脱税分の追加納税と同額をコーカデス家の投資とするなら、後は脱税した者とコーカデス家との間で遣り取りをすれば良い。投資を回収するでも投資失敗として損失を計上するでも国は関係ないとして、見て見ぬ振りをする事が出来る」
「ええ。それはミリに説明して貰いました」
「そうか。だが領地の開発費とするなら、それは領地の経費とすると言う事だ」
「はい」
「経費だから、一部は税金計算の対象外に出来る」
「そうですね」
「そう言う事だ」
バルもナンテも、首を反対に傾げる。
「ミリ」
「はい、養伯父様」
「バル君とナンテに説明して上げてくれ」
「あ、はい」
ミリは肯いて、少し首を傾げて、そして首を戻してナンテとバルを順番に見た。
「コーカデス領の収支報告では、税金計算の対象外に出来る開発費を使い切ってはいなかったのだと思います」
「それはコードナ侯爵領でも一緒だよね?」
「はい、お父様。そしてそれを修正申告する事で、コーカデス領は税金の還付を受けたのではないでしょうか」
「開発費を使い切る様に、以前の申告を修正したのか」
「はい。税金の対象外に出来ますので、それを増額したのなら税金は余分に払っている事になります」
「確かにそうだな」
「そして余分に払った税金は、収支の修正申告が受理されれば、国から還付されます」
「ああ、その通りだ」
「今回の密造と脱税の件の納税に、その還付金を使ったのだと考えられます」
「なるほどな」
「そしてもしかしたら、その還付を受けた事で、コーカデス領は伯爵領としての必要納税額を満たせなくなったのではないでしょうか」
「それなので子爵に降爵したと?」
「はい」
「だが、必要納税額を満たせないからと言っても、即座に降爵する訳ではないよ?数年の猶予はあった筈だし、その間に王宮からアドバイスも受けられた筈だ」
「ですので、コーカデス領はその猶予に当たる数年分も、遡って修正申告をして、猶予を経過した事にしてしまったのではないでしょうか?」
「え?それってつまり、自分から降爵したと言う事?」
「はい。脱税した者の代わりに納税する為に、自ら進んで子爵になった様に思われます」
「そんな事、あり得るのか?」
「理由は想像できませんが、脱税問題と降爵が関係すると考えると、それが答えとして浮かびます」
ミリの説明にラーダは「そうだな」と肯いた。
「納得は行かないが、それしか考えられない」
スディオもパノも肯く。ラーラも小さく肯いた。
ミリはレントがその様な手段を選ぶとは思えず、何故この様な事になったのか、顔を少し伏せて考えようとする。
そのミリの目に映ったテーブル上の料理は、既に冷めてしまっていた。




