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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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スルトの奇襲

 コーカデス伯爵領の馬車クラブの担当者の、期待は大きく外れていた。それと言うのもレントの父スルト・コーカデス伯爵の馬車が、全く動かないからだ。

 スルトの馬車が移動すれば、その事をレントに報告する事が出来る。報告したら王都の馬車クラブの本部に、その代金を請求する事が出来る。

 馬車クラブに集められた情報にスルトの馬車の情報があるかどうかに付いては毎日確認しなくてはならないから、スルトの馬車が移動してもしていなくても実はそれ程手間は変わらない。

 報告はせずともレントの依頼で毎日確認はしているから、その分の手数料は王都に請求していたけれど、しかし担当者の見込みに比べて利益が全く出ていなかった。


 レントは、王都への報告内容をスルトに確認して貰う時に、本当にスルトの馬車が移動していないのか、わざわざ馬車クラブに出向いて確認していた。スルトの馬車が動かなければ報告は要らないとレントは言っていたが、依頼した日からそれきり何日経ってもレントの(もと)に報告がなかったからだ。

 馬車クラブの回答ではスルトの馬車は移動していないとなっていて、レントがスルトの馬車が置かれている邸を訪ねたら、本当にスルトはまだそこにいた。


 スルトはレントが持って行った報告書に、今度も目を通さないままサインをする。

 レントは領都に戻ると、その報告書を王宮に送った。


 王宮からはレントの報告に応えて、今後の対応の指針がコーカデス伯爵宛に送られて来た。

 王宮から提示された指針は、ソロン王太子とレントとの遣り取りで上がっていた内容が基本になっている。

 レントは直ぐに指針に則ってコーカデス伯爵領としての対応を練り、王宮への回答を作成していった。


 王宮への回答が出来上がろうかと言う頃、スルトの馬車に動きがあった。

 スルトが領都に帰って来たのだ。



 コーカデス伯爵領の町長達は、レントが下した決定を覆して貰おうと、スルトに嘆願しようとしていた。

 しかしスルトの居場所が掴めない。スルトがいつも視察に回っている町を訪ねて見るが、どこにもスルトは訪れていなかった。

 そして他の町の町長達が訪ねて来た事により、スルトの恋人達も自分の父や兄がレントに捕らえられた事を知る。それからスルトの恋人達もその家族達も町長を取り戻す為に、スルトを探し出す動きに加わった。


 スルトが見付かると、町長達やスルトの恋人達やその家族達など大勢の人間が、レントの取った処分に付いて、一方的さや非常識さや非情さや容赦なさを口々にスルトに訴えた。

 それらはどれも感情的であり、実際のレントの口にした言葉より過激な表現が用いられたり、想像で色々と付け加えられたりもしている。

 そしてスルトはその中の、自分とレントを比較する言葉に反応した。

 スルトの反応に気付けば、より強く訴える為に、スルトが反応する方向の言葉が使われ出す。それにスルトは更に強く反応していく。

 そして町長達や恋人達の感情に強く感化され、スルトは領都に帰って来た。



 領都のコーカデス伯爵邸に現れたスルトは、出迎える使用人達を無視して邸に入る。邸の主の帰宅なのに、スルトは使用人達によそよそしさを感じた。邸の玄関でも廊下でも、スルトは使用人達を無視する。使用人達の示す態度に、スルトは苛立ちを募らせながら執務室に入った。


 執務室ではレントが執務席に着いていた。

 レントが座ったままの事に、立って自分を出迎えなかった事にスルトは苛立ちを覚える。執務室を使う様にレントに言ったのは自分なのに、自分の執務席にレントが座っているのも苛立たしい。本来なら玄関で自分を迎えるべきだろう!と憤りを感じるスルトは、実は帰宅を事前に連絡してはいなかった。その事も思い至れない程に、スルトは感情的になっていた。

 その感情が、スルトが入室したのに、書類から顔も上げないレントに向けられる。


「レント!!」

「へ?父上?」

「どう言う事だ!」

「え?あの?どの話でしょうか?」

「惚けるのか!」


 レントは椅子から立ち上がったが、スルトにはそれがレントが逃げ出すかの様に思えた。


「待て!」


 スルトはレントを逃がさない様にと走り寄り、慌てた所為か何もない所で躓いて足をばたつかせながら、それでもレントに向けて手を上げようと振りかぶった。

 レントは反射的にスルトの平手打ちを躱す。最近の鍛錬の成果が現れた。

 バランスを崩していた上に渾身の平手打ちを空振りしたスルトは、その場で背中から倒れた。


「父上!」


 助け起こそうとして、レントが腰を折ってスルトに手を伸ばす。


「大丈夫ですか?!」

「うるさい!」


 スルトはその手を撥ね除けた。背中を床に着けたまま、スルトは片脚の膝を曲げて足を上げる。


「父親に対して良くもやったな!」


 スルトはレントを蹴ろうと、レントの腹に向けて片足を伸ばした。

 先程は反射的に平手打ちを避けたレントだが、それ程速くないスルトの蹴る動作に、狙いを正確に把握する。そしてこれは蹴られた方が良いかも知れない、などと思ってしまった。


 そこへ使用人達からスルトの帰宅の報告を受けたレントの祖父リートが執務室に入る。

 執務机の陰に寝そべったスルトと、それに乗り掛かろうとして見えるレントに、リートは直ぐには事態の把握が出来なかった。


 スルトの足がレントの腹に当たる。それは蹴ると言う程の衝撃ではなかった。

 しかし重ための成人男性大の体重を支えているスルトの脚の筋肉は、小柄で軽いレントを吹き飛ばすだけの力は充分に持っていた。

 レントの体は執務机を飛び越して、テーブルの上に落ちる。そしてテーブルの上を転がり、椅子二脚を倒して更にレントは床の上も転がった。


「レント!!」


 リートがレントに駆け寄る。片膝突いたリートがレントを抱き上げると、レントはさすがに呆然としていた。


「レント!しっかりしろ!大丈夫か?」


 体が軽い為にレントはそれなりの距離を飛んだが、スルトの蹴りは強い訳ではなかった。それなので、レントは蹴られた腹部を傷めていたりはしない。

 その上レントが落ちたテーブルは、レントの体が描いた放物線の頂点とそれ程変わらない高さだったので、テーブルに落ちた衝撃も少なかった。

 それに続けて椅子を巻き込んで床に落ちたけれど、椅子の背凭れと肘掛けに支えられたレントの体は、椅子の後ろ脚の接地点を中心とした回転に乗る事で、床への落下の衝撃も逃がされている。

 そして床でも転がる事で、レントの体には殆どダメージがなかった。


 レントは驚いて呆然としていたけれど、直ぐに気を取り直すとリートに微笑みを向けた。


「はい、大丈夫です、お祖父様」


 そのレントの微笑みが、執務机の陰から立ち上がったスルトの目に映る。


「何を!」


 スルトは花瓶を手に取った。


「笑っているのだ!」


 スルトの投げた花瓶に気付いたけれど、馬上槍で鍛えたガッチリとした体格のリートに抱き固められていたレントは逃げられない。足も浮いてて踏ん張れない。レントが身動(みじろ)ぐとリートは反射的に、レントを締め付ける力を強めた。


 僅かに目標を外していたスルトの投げた花瓶は、リートの逞しい二の腕に当たってから向きを修正して、レントの額に()つかる。


「レント!!」


 床を転がった花瓶から零れた水が、花瓶から飛び散らばった花の周囲を濡らし、広がっていった。

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