王太子妃のコンプレックス
元王女チリンは、コーハナル侯爵家の跡取りとなり得る男の子ディリオを産んだ。
ニッキ王太子妃は、チリン相手に持っていたアドバンテージが消え、チリンに並ばれたと感じた。
国王も王妃もソロン王太子でさえ、サニン王子の誕生の時より、ディリオの誕生を喜んでいる様にニッキ王太子妃は感じていた。
それはサニン王子誕生の時に国王も王妃も、ニッキ王太子妃の前では公私のうちの公の方が強く出てしまい、喜びを表に表し過ぎない様にとしていた所為ではあった。二人も公私の私の部分では、王家の跡継ぎであるサニン王子の誕生への喜びを爆発させていた。そしてニッキ王太子妃が見ていた、ディリオの誕生を国王と王妃が喜ぶ姿は、公私の私の部分だった。
ソロン王太子に付いては、サニン王子の誕生を喜んだピークが、出産後のニッキ王太子妃の顔を初めて見た時であった。その後は喜びは徐々に落ち着き、代わりにソロン王太子の心には幸せが広がっていた。ニッキ王太子妃の記憶には、サニン王子の様子を覗き込み、幸せを感じて穏やかな表情を浮かべるソロン王太子の姿が残っている。そしてその姿と、ディリオの誕生を喜ぶ顔を比較していた。
そしてふと、チリンが結婚してから出産するまでの期間は、自分がサニン王子を産んでから今日までの期間より、短い事にニッキ王太子妃は気付く。
それは比較するべき対象としては正しいとは言えなかった。そうなのだが、王家に嫁いで来た自分より、王家から嫁いだチリンの方が期間が短い事は、ニッキ王太子妃の不安を掻き立てた。
考えてみたら、何代も続いて王家に嫁いで来ているのは、公爵家に生まれた女性だ。つまり不妊に悩んでいるのは、公爵家出身の女性なのだ。そしてそれは王家と公爵家の血が近すぎるからだと言われている。
それに対してチリンの様に、王家から嫁いだ女性からは、不妊の話が聞こえて来ない。
もし、誰かがこの事を声に上げたりすれば、出産が難しい公爵家の女性以外から、王妃が出る事になるかも知れない。そしてそれは、早ければサニン王子に嫁ぐ事もあり得る。
それにその事に下手に反対をしたら、公爵家から嫁がせる形を残す為に、新たな公爵家を立てるかも知れない。その上もしかしたら、今ある公爵家は降爵されるかも知れない。
そして今、公爵家より経済力のある侯爵家がある。
そしてその台頭して来そうな侯爵家に関係が深く、なおかつサニン王子と年回りが合う令嬢が一人いた。
「国王陛下も王妃陛下も、ミリ殿に甘いのでしょうか？」
ニッキ王太子妃は声の震えを押さえながら、ソロン王太子に確認をする。
ソロン王太子にはニッキ王太子妃の選んだ言葉がそぐわない様に思えた。国王と王妃を非難している様に響いたからだ。
しかしこれまでの流れとニッキ王太子妃の様子から、国王と王妃の心配をしているのだとソロン王太子は解釈する。
「気に入っているとは言っていたけれど」
ソロン王太子の腕の中で、ニッキ王太子妃は体を硬くした。
「それなので警戒はしているそうだよ」
「警戒ですか？」
「人の懐に入るのが上手すぎると感じている様だ」
「それは、人心掌握に秀でていると言う意味ですか？」
「どうだろう？ある意味、そう言えなくもないね」
「人の上に立つに足ると？」
ニッキ王太子妃の懸念している内容が、ソロン王太子は解って来た気がした。
「それは分からないけれど。私はミリ殿と話していると、窒息しそうに感じたけれど。まあ、将来この国の一角を担うような、一角の人物にはなりそうだよね」
「サニンの嫁にする様な事は、ありませんよね？」
「それはない。それはいくら何でも無理だろう？」
「でもコードナ侯爵家やコーハナル侯爵家の後押しはあるでしょうし」
「サニンの嫁にする積もりなら、ジゴ殿の嫁にするのではないかな？出自はともかく優秀なのは確かだろうから、王家に嫁がせる様なゴリ押しをするより、家に留めて力を発揮させる方が、コードナ侯爵家のプラスになるよ」
「でも例えば、チリンさんはミリ殿をかなり気に入っていますから、コーハナル侯爵家が王宮に手を回して来る事も考えられませんか？」
「チリンとスディオ殿もミリ殿を可愛がっているからね」
「それなら」
「それもやはりコードナ侯爵家と同じで、やるなら自分の家に迎える方だろう」
「ですけれど、コードナ侯爵家と違い、コーハナル侯爵家には年頃の合う男の子がいません」
「それがつまり、その気がないって証拠じゃないか？」
「・・・あの、それはどう言う意味ですか？」
「チリンもスディオ殿もミリ殿を可愛がっているのだから、コーハナル侯爵家がミリ殿を嫁として迎える積もりがあるなら、もっと早くにチリンに子供を産ませると思わないかい？」
「・・・え？」
「このタイミングまでディリオを産まなかったのだって、これだけ歳が離れれば、たとえコードナ侯爵家から話があっても断れるだろう？そもそもそんな話も、今の状況なら、コードナ侯爵家から持ち込めない筈だ」
「それって・・・チリンさんはわざと妊娠しなかったと言う事ですか？」
「単に出来なかった可能性もあるけれど、王妃陛下から妊娠し易い方法を聞いた時には、逆に迷惑そうだったからね」
チリンが妊娠を控えていた可能性などは、ニッキ王太子妃はこれまで考えた事もなかった。
