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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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47 甘く辛く

「でも、ラーラは皆の前に出るのは大丈夫か?俺がダンさんから聞いた注意を考えると、難しいんじゃないか?」

「父さんは心配症だから、大袈裟なのよ」

「しかしさっきの様子を見ると、俺も心配だよ」

「バルとはもう大分(だいぶ)平気でしょう?」

「確かに俺が大声上げても大丈夫になっていたけれど、それは俺だからかも知れないじゃないか?」

「それはそうかも知れないけど」


 ラーラはバルが以外と冷静で、少し雲行き怪しくなって来たのを感じ、バルを熱くする為に甘えてみる事にした。

 ここまで頑張った自分へのご褒美でもある。


「バル。ちょっと立ってみて」

「え?大丈夫か?」

「それを確かめる為に立ってみてよ」


 バルが椅子の脇に立ってまた「大丈夫か」と確認してくるので、ラーラは「大丈夫」と返した。


「一歩、私の方に近付いて」

「これくらい?」

「同じ幅でもう一歩」

「こうだな」


 まだ恐くない状態で、ラーラはベッドに横になってみる。それでもまだ大丈夫だった。

 ただし、バルが手を伸ばして来ると恐い。

 けれどバルが後を向けば、ベッド脇に立っても大丈夫だった。


「ベッドに腰掛けて」

「え?それはさすがに出来ないよ」

「え?なんで?」

「なんでも。代わりに床に座るから」


 そう言うとバルはベッドの直ぐ隣に腰を下ろし、ベッドのサイド部に寄り掛かった。横になっているラーラには、バルの腋から上だけが見える。


「バルに触っても良い?」

「もちろん」

「あの、バルから勇気を貰いたいんだけど」

「俺から?どうやって?応援か何か?」

「あの、バルは私をどう思う?」

「うん?それはラーラへの評価?もしかして、俺の気持ち?」

「気持ちで、お願い」

「ラーラ、愛している」

「あ、ありがとう」


 効果は抜群だ。

 ラーラは手を伸ばして、先ずバルの上腕に指先でそっと(さわ)る。ダンスでも()れた事のある場所だ。少しバルに近寄って、手のひら全体で触れてみる。

 上腕から肩に手を動かす。ここもダンスで触れる。

 肩から背中へ。


「ちょっと待って」


 バルの声にラーラは手を離した。背中もダンスで触れた事がある場所ではあった。


「くすぐったかった?」

「ああ。でももう平気だ。続けても大丈夫」

「我慢しなくて良いから言ってね?」

「ああ」


 ラーラはバルの背中に指先だけで触れ、バルの様子を確かめた。

 続いて手のひらを当てる。

 バルの背中の上に手のひらを(すべ)らせる。

 そして今まで触れた事の無いうなじに。

 うなじから襟足に。バルの髪に触れるのも初めてだった。ラーラが思っていたのと違い、バルの襟足は少しチクチクする。

 うなじから襟足への感触を楽しんでいると、バルがまた待ったを掛けた。


「ごめんね。もう()めるね」


 ラーラはバルの髪に触れる事が出来て、充分に満足した。ずっと、バルへの思いを自覚する前からずっと、触ってみたかったのだ。


「いや。大丈夫。続けて」

「くすぐったいんでしょう?」

「気持ち良くて寝そうだ」

「寝ても良いわよ?」

「この後、両家の説得があるだろう?」

「バルがいつまでもここにいたら、さすがに誰かが様子を見に来るわ。寝てしまっても大丈夫よ」

「ここで寝ていたら余計な言い訳が必要になりそうだから、起きているよ」

「そう?それなら頭にも触って良い?そちらの方がくすぐったくもないだろうし」

「ああ」

「ホント?触るわよ?」

「ああ」


 ラーラはバルの頭に触れて、柔らかく摘まんで指先を滑らせて、髪の手触りを確かめた。少しずつ摘まむ量を増やす。そして指を開いて指先をバルの髪に差し入れると、指を閉じて手を引き戻す。

 指の間に感じるバルの髪の感触が楽しい。


 ラーラは体を起こし、両手でバルの頭を後から軽く触れる。そして両手でゆっくりと柔らかく撫でた。

 ふとバルに抱き付きたくなる。それに耐えると今度はバルの頭に自分の頬を押し付けたくなる。後から抱き付いて肩口に額を(こす)り付けたくなる。首筋に顔を(うず)めたくなる。

 そして、バルの腕に抱かれる想像を浮かべてしまったラーラの体が竦む。


「大丈夫か?」


 ラーラが息を飲んで手を引っ込めたので、バルは思わず振り向きそうになる。しかし自分が今動けばラーラが恐れるかも知れないと気付き、ラーラの様子を見るのは何とか(こら)えた。


「ええ」


 そう返すとラーラは横になり、先程とは逆に、髪、襟足、うなじ、背中、肩、上腕と撫でて指を離した。

 少しバルから体を離す。


「バル。振り向いてみて」

「え?分かった。ゆっくりな」

「うん」


 バルはなるべく体を動かさない様に、顔だけで振り向いた。バルの横顔がラーラに見える。

 顔に触れたいトロッとした思いと、竦むかも知れないチリチリした恐れに揺れる。もちろん触れる積もりはない。婚約者でもないのだから、許されない。

 男性の髪に触れるのだって貴族令嬢だったなら、はしたないとして出来ない。リリはバルの髪に触れた事は無いだろう。バルもリリの髪に触れた事は無い筈だ。

 そう思うと自分の髪に触れられたい思いがドロッと湧き上がるけれど、感じる恐れも強くなる。



「バル。手を見せて。グーを握って手の甲を私に向けて」

「こうか?」


 バルは言われた通りに握った片手を上げて見せた。


「手に触って良い?」

「ああ、構わない」

「顔は今度は正面を向いて貰っても良い?手を見ない様に」

「ああ」


 バルが前を向く。

 ラーラは手を伸ばして指先でバルの手の甲に触れる。


「手を(ひら)かないでね?」

「ああ」


 ラーラはバルの指の背に指先を滑らせた。

 少し躊躇ってから、握られて上になっているバルの親指の爪に触れ、バルの親指の指先を指でなぞる。

 そしてスッと手を引っ込めた。

 少し呼吸を整える。


「バル。また勇気が欲しい」

「ああ。愛しているよラーラ」

「ありがとう」


 ラーラはもう一度手を伸ばし、バルの拳を自分の手のひらで包んだ。

 またスッと手を引っ込め、呼吸を整えた。


「そのまま手を開いてくれる?私には手の甲を見せたまま」

「ああ」


 バルは言われた通りにした。指を揃えて手を開く。

 ラーラは手を伸ばすのを躊躇った。


「バルの手にまた触るけれど、手を閉じないでね?」

「ああ」

「私の指も掴まないでね?」

「ああ、約束する」

「疑ってごめんね?」

「大丈夫だよ」


 バルの手の甲から指の背にラーラは指先を滑らせる。指を止めて呼吸を整え、バルの指先に触れた。

 一旦指を手の甲まで下ろし、手のひらの脇から小指の脇に指を上らせる。小指の指先の腹に触れ、そのまま小指の腹を辿りながら指を下ろし、手のひらの端を通って手首まで進む。

 今度はバルの手首から薬指の先まで、次は中指の先から手首を経由して人差し指の先まで、そしてもう一度人差し指の腹を通って手首から親指の先まで指を滑らせて、ラーラはまた呼吸を整える。

 そして躊躇いながら、親指の内側に触れ、親指の脇から人差し指の脇を辿り、人差し指の指先まで進む。次に人差し指の指先から脇を通って親指の先まで。

 それを何度か繰り返した後、バルの人差し指と親指の間にラーラは4本の指を差し入れ、バルの手を握った。

 握り心地を確かめる様に、強さや位置を変えながら、ラーラは何度も握り直した。

 そして次に、今度はバルに指を開かせて同じ事を繰り返した。


 バルに手を開いたまま指を揃えさせて、もう一度ラーラはバルの手を握る。


「バル。私の手を握ってみて」

「・・・ああ」


 バルはラーラに握られている手をゆっくりと閉じる。ラーラがバルの親指を気にしていたのが分かっているから、まずは他の4本の指から折った。そして親指も少しずつ折って行く。

 握られたと言える状態になっても、ラーラは大丈夫だった。

 バルが少しずつ握る力を強めて行くと、ラーラは突然手を引き抜いた。


「ごめんね?驚いた?」

「いや。俺は大丈夫」


 ラーラの動作を予想していたので、バルには驚きはなかった。ラーラの声も普通に聞こえたので、バルは提案を試みる。


「ラーラが大丈夫なら、もう一度やってみないか?今ラーラが引き抜いた時ほどには、強くは握らないから」

「うん。でもまた勇気をくれる?」

「もちろん喜んでいくらでも。愛しているよラーラ、愛している」

「ありがとうだけど、1回で良いのよ?」

「そう?バリエーションがあった方が良いかと思って」


 ラーラからは顔が見えないけれど、バルは声に笑いを含ませてそう返すと、指を揃えて手を開いた。

 その手をラーラが握ると、バルは先程の様にゆっくりと指を折り、力を加え、ラーラが手を引き抜くより前の強さで止める。そこから確かめる様に、力を抜いたりまた入れたりを繰り返した。


「これなら、エスコートは出来そうだな」

「どうかな?」


 そう言うとラーラは手を引き抜いた。


「バル。指を揃えて手を開いて、私に手のひらを見せて。なるべく遠くから。あ、そこに座ったままで大丈夫」

「こう?」

「うん。それを私に近付けてくれる?」

「こんな感じ?」


 バルは手をゆっくりとラーラに近付ける。


「そこら辺で。やっぱりちょっと恐い。今度は同じ事を指を開いてやって」

「ああ」


 同じ様にすると、指を開いた方がより恐怖を感じやすい事が良く分かった。



 その後も、ラーラがもっとバルに馴れる為と言う名目で、ラーラからバルに色々と触った。

 バルがラーラの手を止めさせる事が何度かあったが、それはくすぐったいからではない。

 バルは自分の中に湧き上がる情欲を憎んだ。

 元々バルはラーラに対して色熱の籠もった目を向けない様に、自分を抑えていた。それなので湧き上がっても直ぐに押さえ込む事には慣れていたけれど、湧き上がる事自体がバルには許せない。

 バルは知らず知らずに、心の力で自分を不能にする方向に歩み出していた。



 色々と試してみた結果、手の甲を向けて指を開いたバルの手に、指を開いたラーラの手を後から重ね、お互いの指を握り合うのがラーラのお気に入りになった。恋人繋ぎをおんぶにした様な形だ。その指を二人で開いたり閉じたりする。

 バルの直ぐ(うしろ)にラーラが座って両手でそれをやると、バルに抱き付く気分が味わえるので、ラーラはとても満足した。

 ラーラの体の気配が背中や後頭部に濃く感じられる事は、バルにはまるで修行の様だった。指の間や手のひらに感じるラーラの指の動きの無邪気さを情欲から切り離す事は、バルにはまさに苦行だった。悟りを開けそうだった。

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