ミリの進路希望
ニッキ王太子妃は驚きを顔に表して、差し出されたブレスレットを避ける様に体を僅かに仰け反らせる。
ソロン王太子は顔を片手で覆って、首を左右に振りながら「待ちなさいってば」と力ない声を出す。
サニン王子は目を見開いてミリを見て、口を開いた。
「ミリ殿はそのブレスレットの意味を知らないのか?」
「表面上の意味は存じておりますが、それ以外に何かあるのでしたら、わたくしは存じません」
「いや、サニンも待ちなさいって」
「しかし父上?ミリ殿は王家の保証を授かる名誉も理解出来ていないのですよ?」
「これは国王陛下と王妃陛下が私的に渡したものだから、一般的な物とは意味が違うんだよ」
「なおさらではありませんか?両陛下から直接頂いた物を突き返すなんて」
「ミリ殿の立場なら、王太子妃に命じられたら従うしかないんだ」
「え?でも、まだ、国王陛下と王妃陛下の方が、母上より偉いのですよね?」
「その通りではあるけれど、まだとか言うのではないよ」
ソロン王太子は手を伸ばし、ミリの手のひらの上のブレスレットを摘まみ上げた。
「これは私が預かるから。良いね?ニッキ?」
「・・・はい」
「ミリ殿」
「はい、王太子殿下」
「これは確かに返して頂いた。経緯を示した受領書を渡すから、帰りに受け取ってくれ」
「畏まりました」
ソロン王太子はミリに小さく肯くと、従者に受領書を書く様に命じる。
そしてミリに向き合うと、小さく息を吐いた。
「そんな難しい話をする積もりではなかったのだけれどね」
「申し訳ございません」
ミリが謝るのでソロン王太子は話を切り替えようとする。
「学院ではミリ殿とサニンは同級になるのだから、入学前から仲良くしてねってお願いをしたかっただけだったんだよ」
ソロン王太子のその言葉にミリは応えない。
「あれ?駄目かい?」
まさか今のニッキ王太子妃とのトラブルが原因で、サニン王子と仲良くしないなどとミリが言うとはソロン王太子は思わなかった。それなのでミリの反応に不審を抱く。
「わたくしは学院に通う場合、平民クラスを希望しておりますので」
「え?学院でも平民?」
「はい。途中で平民となるかも知れないのもございますし」
「いやいやそう言う場合も、卒業まではちゃんと貴族クラスに通えるから」
「それは存じておりますが、卒業後は文官を目指しますので」
「え?文官として勤めるの?」
「はい。文官として勤める事を家が許せば、学院の平民クラスを受験します」
「そうか。でも、バル殿が文官になる事を許すかい?」
「いいえ。今は反対されております」
「そうだよね。それならサニンと同級になる可能性が高いよね?」
「文官が駄目なのでしたら、わたくしは学院に通わないかも知れませんので」
「え?何故?学院に通わなくてどうするの?」
「今の所、家に許されている将来は投資家ですので、投資を行います」
「え?投資って、学院に通わずに?」
「はい。投資は今も行っておりますし、学院で得られる知識は必要ではございませんので」
「何故投資家だけが許されているのだい?」
「わたくしが働く事が禁止とされておりますので」
「投資家は働いていないって事?」
「はい」
「・・・働く事自体が許されない限り、ミリ殿は学院には入学しないのかい?」
「文官として働く事が許された場合にのみ、学院の平民クラスを受験します。何でも良いとされたなら、助産師になりたいと思っておりました」
「助産師か。学院とは違う勉強が必要だと言う事なのだね」
「はい」
「ミリ殿が貴族クラスに通う可能性はないの?」
「貴族クラスに通う女子の将来として選べますのは、いずれかの貴族家に嫁ぐ事のみでございますよね?」
「まあ、普通はそうだよね。例外もあるけれど」
ソロン王太子が例外として思い浮かべたのは、パノ・コーハナルとリリ・コードナの二人だった。
「わたくしは嫁ぐ事がございませんので、貴族クラスに通う必要はございません」
そう言われると今度は、ミリの出自がソロン王太子の脳裏に浮かぶ。
「けれど、それは縁だから」
「縁がないのもございますが、たとえわたくしが仕事に就く事を家が許す事はあっても、絶対に結婚する事が許される事はございませんので」
「バル殿か」
その通りではあるけれど、ミリは返事もせずに肯きもしなかった。
「それに実は最近、興味を惹かれているものがございまして、働きませんし嫁ぎませんので、家からも許して貰える可能性が高いと考えている将来がございます。そちらも学院には通いません」
「それは一体?」
「留学でございます」
ミリの言葉にソロン王太子もニッキ王太子妃も、独身の頃に持ち上がった留学話を思い出す。少し胸をキュンとさせた。
「それこそバル殿が許さないのではないかな?」
「それは、どの様な理由ででしょうか?」
「いや、だって、長い期間会えなくなる訳だし」
「その様な心情的なものだけで、反対される事はないかと考えます」
「いやいや、だって、ミリ殿に結婚させないのも心情的なものじゃないか?バル殿の親心だろう?」
「娘は嫁にやらん、と男親が本当に口にするのだとしても、それが実現するのなら人類は滅亡してしまいます」
「滅亡なんてそんな大きな話ではなくて」
「はい。滅亡していないのは、つまりはそう言うポーズだからです。娘を大切にしている事のアピールで、求婚へのハードルを上げて、男性をふるいに掛けているのだと考えます」
「ふるいに掛けるって」
「実際に娘はやらんと言う平民の父親はいますけれど、貴族の場合には家格がふるいの役割をしますので、貴族家の父親がその様に言う事はまずないかと考えます」
「確かに・・・とは思うけれど」
「実際にはわたくしの父も、心情以外の理由で、わたくしを結婚させないと申しておるのです」
ミリの出自に話が及びそうになり、ソロン王太子は話を戻す。
「そうすると本当に、バル殿は留学を許すとミリ殿は考えているのだね?」
「結婚や就職よりは可能性が高いのは確かです」
「う~ん・・・それでは賭けてみるかい?」
「父が留学を許可するかどうかですか?」
「ああ。私が勝ったらサニンと交流して欲しい」
「あの、サニン殿下?よろしいのでしょうか?」
サニン王子は困惑を顔に現した。
「王太子殿下。サニン殿下が望まれる範囲でよろしければ、お受け致します」
「まあ、それで良いよ。ミリ殿は?」
「わたくしはサニン殿下には、ご自分のお時間を大切にして頂きたいと考えます」
「いや、そうではなく、ミリ殿が勝ったらどうする?」
ミリは視線を下げて考える。そして直ぐに顔を上げて、ソロン王太子と目を合わせる。
「王太子殿下のご留学を準備した時の資料を閲覧させて下さい」
「え?」
「駄目でしょうか?」
「どうだろう?当時は機密とされていたから、今でも見せられないかも知れない」
「それでしたらわたくしが勝ちましたら、閲覧できるかどうかに付いて、ご確認頂くのはいかがでしょう?」
「それで良いのかい?」
「はい。閲覧が可能なのであれば、正規の手続きを取って閲覧させて頂きます」
ミリは帰ったら直ぐに、留学して良いかをバルに確認しようと思った。
ソロン王太子の留学準備の資料は、パノの遊学の準備にも役立ちそうだと考えたからだ。




