誰に必要か不要か
ミリはニッキ王太子妃の質問に、なんと答えるか考える。
懇親会でサニン王子との同席を断ったのは、サニン王子と一緒だったウィン・コウグから離れたかったからだ。ウィンもミリ達を邪魔にしていたので、その意味ではミリとウィンは同意出来ていたと言える。サニン王子もあの場では納得していた筈だ。
だがそれをそのままニッキ王太子妃に伝える訳にはいかない。ミリの年齢を考えたら、思った事を口にしてもそれ程咎められたりはしないだろうけれど、ミリには無邪気を装ったりする事が出来なかった。その遣り方は習っていない。
それに懇親会でもそうだったけれど、ミリはそもそもサニン王子とお近付きになる積もりはなかった。今はこうして同じテーブルに、サニン王子の両親と共に着いてはいるけれど、これは予想外の事態だし。あの頃はこうなるとは思っていなかったし。今もこれ以上、関わる積もりなど少しもない。
しかしサニン王子は、ミリを可愛がってくれるチリン元王女の甥で、愛しいディリオの従兄なのだ。こちらから拒絶したりすれば、禍根を残しかねない。
ミリは結局、本音の一つを口にする事にした。これも本音なので、言い張っても矛盾が生じる事はないだろうと考えたからだ。
「わたくしは遠くない将来、身分が平民となります」
ニッキ王太子妃へのミリの答えに、ソロン王太子が反応する。
「コードナ侯爵家でその様な話が出ているのかい?」
「いいえ。そうではございません」
「良かった。コードナ卿はまだお元気だし、引退には早いよね?」
「祖父の健康には問題がございません。しかし領地は既に伯父が問題なく取り仕切っておりますし、跡取りもおります」
「ジゴ殿だよね?」
「はい」
ミリは祖父ガダ・コードナ侯爵と祖母リルデ・コードナ侯爵夫人が、引退後に計画している旅行を楽しみにしている事は、取り敢えず話さないでおこうと思った。旅行の為に爵位を譲った等と思われたら困る。たとえそれが事実となっても。
「わたくしの耳には入ってはおりませんが、後を引き継ぐのでしたら、領地が安定している今がチャンスなのではないか、と判断するかも知れないと、わたくしは考えております」
「確かに、一理あるけれど」
「一理と言いますか、安定している時に引き継ぐ事には利点しかないと、わたくしは考えます」
「まあそうだし、その手が選べるのは、安定していればこそだけれどね」
「はい。そして伯父が跡を嗣ぎました際には、わたくしの身分は平民となります」
「ミリ殿が成人するまでは貴族籍に残れるし、貴族家に嫁ぐなら平民にはならないのは知っているよね?」
「はい。しかしだからと言って、平民として生きる準備をして置かないと、貴族をいきなり止めては生活が出来ません」
「そうなのだろうか?」
「はい。貴族と平民は、生活が全く違います」
「しかしミリ殿が平民となったとしても、かなり裕福な暮らしは出来るでしょう?ミリ殿にいきなり苦しい生活をさせるなど、バル殿がするとも思えないし」
「金銭的に余裕があっても、やはり貴族と平民の生活は異なります。そして貴族子女が貴族となる為の教育を受ける必要がある様に、平民にも平民として生きていく為に身に着けるべき事がございます。わたくしは貴族家に暮らしながらも、その準備をせねばなりません」
「まあ確かに、国民も皆、何もせずには暮らしていけないけれど」
「それですので、サニン殿下と会話をさせて頂く栄誉も、それに相応しい方にお譲りさせて頂きたいのです」
「それはまた別の話ではないのかい?」
「いいえ。サニン殿下との交流を欲する方は多いと思われ、わたくしがサニン殿下のお時間を頂いても、その方達が必要とする時間は変えられませんから、結局はサニン殿下に負荷をお掛けしてしまいます」
「それって、ミリ殿がサニンと話すのは無駄って聞こえるけれど?」
「はい」
「はい?」
ソロン王太子が驚いただけではなく、ニッキ王太子妃も僅かに目を見開いた。
「サニン殿下の将来にわたくしが関わる事はございませんので、将来に渡って関わりを深めるであろう方とのお時間を大切にするべきなのではございませんか?」
「言いたい事は分かったけれど、ミリ殿と話していると息がつまりそうだ」
「・・・申し訳ございません」
「いや、謝らせる積もりで言ったのではないよ。発言は撤回させてくれ」
「畏まりました」
「しかしね?サニンだって必要不要だけで生きている訳ではないんだよ」
「しかし王太子殿下は、王子時代より常にかなりお忙しかったと伺っております」
「あ、いや、まあ、暇ではなかったけれどね」
「それですので、もしわたくしの為に用意頂ける時間があるのでしたなら、サニン殿下には是非、ご自分の為にお使い頂ければと考えます」
「う~ん、人と話すのも息抜きとしてだけではなく、必要なのだけれどね?」
「それは将来、サニン殿下の傍に侍る方達をお相手になさった方がよろしいのではないでしょうか?」
「まあ、そう言われてしまうとそうなのだけれど」
「つまりあなたは、サニンの役に立つ気はないと言うのね?」
ニッキ王太子妃の言葉にミリはすかさず「いいえ」と答えた。
「わたくしより適任者がいる筈ですので、その方と時間を過ごすべきではないでしょうかと言う提案でございます」
「つまり、サニンの役に立つ気はあるの?」
「ご命令とあれば」
「命令されなければ立つ気はないのね?」
「わたくしでは、サニン殿下のお役に立てる事などございません」
「いや、ちょっと待って。ニッキもミリ殿も」
「それならこの場も無駄だとお前は言うのね?」
「いやいやニッキ?」
「皆様がこの場に何らかの成果をお求めなのでしたら、わたくしにはそれを差し出す事は出来ないかと存じます」
「いやいや、そんなの求めてないから」
「それならそのブレスレットを返上しなさい」
「はい」
ミリは躊躇なく腕からブレスレットを外し、両手に捧げ持ってニッキ王太子妃に差し出した。




