ソロン王太子と妻子
元王女チリンの出産を手伝ってその息子ディリオを取り上げた褒美だとして、ミリが国王と王妃から贈られたのはブレスレットだった。
それは地味なデザインで、ドレスアップした時などに使えるタイプではないのだが、そのブレスレットに付いているチャームが問題だった。それを提示する事に拠って、用がなくても王宮に立ち入る事が出来るのだ。
このチャームと同じ様な身分保証機能を持つ物にはランクがあって、ミリが贈られたのは一番下のランクの物ではあった。扱いとしてはチリン直筆の手紙よりは下だし、立ち入れる場所もほんの僅かだ。しかしそれでも、まだ幼いとも言える者が持つ物ではない。
ミリは、これは褒美なのだろうか、と疑問に思っていた。
ブレスレット自体はそれ程の価値を持つ物ではない。しかし王家の保証するチャームが付く事で、値段が付けられない程の価値となっている。もちろん売る事は出来ないので値段が付く筈もないし、人に譲れる物でもないけれど。
だがミリが、自らの為に王家のチャームを使う事があるのかと言われたら、その様な機会がミリ自身には想像出来なかった。そして、その様な機会は避けて通りたいともミリは思っている。
親族にも両親にも相談したけれど、持っていて邪魔になる物ではないし、記念品として貰っておく様にとミリは言われていた。相談を受けた者は皆、ミリの困った顔を見て苦笑をしていた。そして皆、くれぐれも失くさない様にとミリに念を押していた。
そして今。
失くさない為に確りとしまっておく積もりだったそのブレスレットを身に着けて、ミリは王宮に来ていた。
ソロン王太子から、茶会に招待されたからだ。
今まで訪れた事のない、初めて足を踏み入れる領域の応接室にミリは案内をされた。そしてその部屋で待っていると、ソロン王太子と大人の女性と男の子が入室して来た。男の子はソロン王太子の息子のサニン王子だった。
ミリは三人に向けて、王族に対しての礼を取る。
「良く来てくれたね、ミリ殿」
「この度はご招待頂き、光栄に存じます。王太子殿下」
頭を下げたままで、ミリは挨拶を返した。
「紹介しよう。妻のニッキだ」
「ニッキです。あなたがミリ・コードナ殿なのね」
ミリは頭を上げないまま、ニッキ王太子妃に応える。
「はい、王太子妃殿下。ガダ・コードナ侯爵の三男バルの長女ミリでございます。お目に掛かれました事、光栄に存じます」
「サニンは知っているよね?」
「はい。存じ上げております」
「久し振りですね?ミリ殿」
「ご無沙汰いたしております、サニン殿下。再びお目に掛かれました事、光栄に存じます」
ミリはサニン王子にも、頭を下げたまま応えた。
「固いね、ミリ殿。まあ、顔を上げて」
「畏まりました、王太子殿下」
ミリが顔を上げると、苦笑を浮かべるソロン王太子と目が合う。
「やはり固いね。まあ、座って話そう」
「畏まりました」
「固いなあ」
苦笑いを浮かべたまま、ソロン王太子はミリに席を勧めた。
勧められたお茶に口を付け、菓子にも手を伸ばす。
「ミリ殿とサニンは、学院では同学年になるだろう?」
「・・・はい」
サニン王子の発言があるかと気にしたミリの答えは、半拍遅れた。
「しかしサニンは今まで領地で暮らしていたから、ミリ殿とはあまり接点がなかったよね?」
「はい」
「懇親会では会話をしました」
今度はミリの返事が、サニン王子の言葉の一音目に被る。その上ソロン王太子の言葉をミリは肯定したけれど、サニン王子は肯定してはいなかった。
「話したと言っても、挨拶だけではなかったのかい?」
ミリはサニン王子の発言を待った。ソロン王太子はサニン王子を向いて質問をしたし、その内容もサニン王子の返事への疑問だったからだ。
そのサニン王子は少し首を傾げたまま答えない。その視線は菓子に向いているので、サニン王子の様子は次にどの菓子を選ぼうかと考えている様にも見える。
ソロン王太子は苦笑を浮かべると、ミリに向き直って「どうかな?」と尋ねた。
ミリは昔の話を蒸し返す様で嫌ではあったけれど、サニン王子との間にあった会話に付いて話そうとする。
「伝統の」
「同席を勧めたけれど」
ミリの声がまた、サニン王子の言葉に被った。
ミリは着席のまま、サニン王子に向かって頭を下げた。
「ご発言を遮ってしまい、申し訳ございませんでした」
「いいや、赦すよ」
そう言うとサニン王子は促す為にミリへ手で示した。
「先にどうぞ」
「ありがとうございます」
とミリは言ったものの、サニン王子は伝統のクッキーの話はしない様子。
それならわざわざ話を蒸し返さなくて良いかと思い、しかし自分の印象は悪くなるだろうなと考えながら、ミリはサニン王子の言葉に繋がる様にと話すポイントを変える。
「サニン殿下には同席を勧めて頂いたのですが、お断りさせて頂きました。その後も声を掛けて頂いたのですが、せっかく頂いたお話の機会をわたくしは活かす事をせずに、会場から退場致しました」
「それは何故ですか?」
ニッキ王太子妃がミリに尋ねる。
その声には責める響きはなかった。しかし他の感情も乗っていない。それなのでその言葉は、応接室内に冷たく響いて聞こえた。