商人達への審問
馬車クラブからの情報を元に、レントは父スルト・コーカデス伯爵を自ら捜しに行く。
連絡員を送って領都のコーカデス邸に戻って貰う事も当然考えたが、また「好きにしろ」等と返事をされて行方を晦まされても面倒臭い。レントの祖父リート・コーカデスがスルトに「レントの好きにして構わない」との書面にサインをさせているけれど、王都で王命を受けたのはスルトなのだ。
それなので、好きにしろ対策も用意をして、スルトの馬車が最後に目撃された町に向かった。
情報の通りの小さめの邸に、レントの馬車があった。
玄関で尋ねると、スルトが滞在しているとの答えが返される。
応接室で待っていると、少しだらしない格好のスルトが姿を現した。
「父上」
「こんなところまでなんの用だ?」
惚けるスルトは想定内なので、レントは慌ても呆れも見せずに答える。
「脱税の件です」
「お前の好きにしろと言ったではないか」
「王命での調査ですので、領主から国王陛下への報告が必要となります」
「報告書が出来たのか?」
「いいえ。調査もまだです」
「何をやってたんだ?」
「父上の帰りをお待ちしておりました」
「何を人の所為にしようとしてるのだ。既に資料は届いたのだろう?」
「はい」
「国王陛下から頂いた命令はあれで全てだ。さっさと好きな様に報告しろ」
「いいえ。調査を進めるにしても、領主である父上の裁可が必要です」
「好きにしろと言ってるだろう?」
「領都にお戻り下さい」
「私はまだ用事がある」
「それは王命より重要なのですか?」
「王命はお前に対処を任せると言っているだろう?」
「王命をわたくしに任せて、父上は何をなさるのですか?」
「何をって、町長達との以前からの約束があって、視察をせねばならんのだ。だから領都には帰れんし、王命はお前に任せる」
「分かりました。それでは王命の調査をわたくしに一任するとの委任状を書いて下さい」
「そんなのは前に書いただろう」
「あれはコーカデス家内部の話です。調査を進めるのに父上の名を出す必要があります。書面はこちらに用意しておりますので、これでよろしければサインをして下さい」
レントが紙とペンを出すと、スルトは書かれている内容を確認せずにサインをする。その様子を見ながらレントが口を出した。
「今日の日付も記載して下さい」
「そんなのはお前が書いておけ」
「分かりました。それと王宮への報告書が出来ましたら持って伺いますので、その時には確認とサインをお願いいたします」
頭を下げるレントに、立ち上がって「分かった」と答えると、スルトは応接室を出て行った。
領都のコーカデス邸に戻ると直ぐにレントは、既に用意していた召集状を領地内の商人に送らせた。
しかし指定した日時には半数しか集まらず、集まった商人達もほとんどが代理人だった。
召集状には王命での調査である事は明記されていた。しかし招集を掛けているのはレントの名になっている。
スルトの代理として召集していると書かれているけれど、商人達がレントに付いて知っているのは、将来コーカデス家を嗣ぎそうな子供と言うだけだ。良くて、レントが体が弱い事を知っていたりする。そして、もう弱いとは言えなくなっている事は知らなかったりもした。
それなのでつまり、多くの商人達はレントをなめていた。レントが代理なのだからこちらも代理で良いだろうと言うのはまだマシで、子供の遊びに付き合う必要はないと考える者もいた。
それなので、会場として用意されていた部屋に先代当主リートが現れると、リートの姿を知っていた者達は驚いた。知らない者達も会場内の空気が変わった事には気付き、何が起こったのかと警戒をする。
半数しか埋まっていない席の前に立ち、レントは会の開始を宣言した。
「わたくしがあなた達を召集したレント・コードナです。これより審問会を開始します」
その声にはお遊びやおふざけの響きは一切含まれない。参加者の多くが唾を飲み込んだ。
「あなた達の商取引の報告には矛盾があります。つまり脱税が行われていると言う事です」
年輩の参加者が声を上げる。
「お待ち下さい」
「今回、国王陛下は事態を重く見て、わたくしの父コーカデス伯爵に実情調査を命じました」
スルトは参加者の声を無視した。それなのでもう一度、先程より高い声で声量も上げて、参加者から声が上がった。
「お待ち下さい!」
しかしレントは無視をする。
「その為にあなた達を集めたのですが、中には潔白な者もいるでしょう。それなので取引相手と自分と、どちらが脱税をしているのか、説明する機会を与える事にしました。どちらが脱税しているか、あるいは双方脱税をしているのか、その判断は父に全権を委任されたわたくしが行います」
そう言ってレントは、スルトがサインをした委任状を参加者達に見せた。
そこに書かれている文言までは商人達には見えないけれど、レントの傍に座るリートの態度を見て、本当なのだと信じる者達もいた。
「とは言え、本日参加していない商人もいます」
レントが語調を少し弱めたので、改めて全員揃えてからの仕切り直しを想像した者達は、ホッと息を吐いた。
しかしレントの言葉が冷たく響く。
「その者達は弁明の機会を放棄した訳ですが、そことの取引も納得が出来る様に説明して貰います」
レントは参加者を見回した。
「良いですね?」
「横暴です!」
先程から声を上げていた商人が叫んだ。
「ではあなたから」
レントが商人を向いてそう言うと、コーカデス家の文官達がレントの前の机に資料を広げた。
「酒を仕入れていますが、その仕入れ先にはどこにもあなたへの販売記録がありません。つまりこれは虚偽の報告ですね?」
「え?いや、何を仰っているのです!それは、きっと相手が間違えているのです」
「それでは、買ってはいないのに買った事にして費用を水増ししたのではない事をここで証明して下さい」
「え?しかし」
「相手方はいずれもここにいます」
「あ、いえ、今日来ていない商人から買ったのを勘違いしておりました」
「その相手の商人とは誰ですか?」
「あ、いや、え~と」
商人が周囲を見回すけれど、代理人が多くてどの商人が来ていないのか分からない。
「王命での調査を妨害する事は、罪になります。虚偽で調査を妨害したその者を捕らえなさい」
レントが指を指すと応えた兵士達が商人を囲んだ。
「お待ち下さい!税金は払います!ちゃんと払いますから!」
「税金を正しく払うのは当然です。だがあなたはその前に、もっと大きな罪で裁く必要が出来ました」
「お待ち下さい!勘違いです!勘違いなんです!」
「連れて行きなさい。審問会の妨げになります」
護衛達に囲まれながら連れて行かれる商人の声が、だんだんと遠ざかったけれど、会場は静まり返っていて、声がかなり小さくなってもまだ聞こえていた。
「それでは続けますが、今の騒ぎで時間が取られました。自ら修正を願い出る者がいるのなら、別途受け付けます。そうするなら手を上げて下さい」
ほんの数人、代理人ではなく商人本人が参加していた者が手を上げる。その者達は文官に導かれて別室に案内された。
室内には問題がない商人と、何とかこの場を乗り切ろうとする商人と、どうしたら良いのか分からずに決められない代理人が残された。
「では次はあなたです」
レントに指を指された者が体を硬くする。
文官はレントの前の机に、その者に関連する資料を広げた。




