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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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馬車クラブの使い方

 王宮から領地宛に届いた資料にミリの名があるのを見て、レントは感心をしていた。

 2の10乗や11の10乗の話は意味が分からなかったけれど、問題と解法と解答は理解できたけれど、何故それが同封されているのかが理解できなかったのだけれど、コーハナル侯爵領の資料に基づいた報告書を見て、王宮に報告する為に集める必要がある情報がレントには直ぐに分かった。

 そしてこれまでのミリとの文通での秘密の遣り取りも、レントが資料を理解するのに役に立っていた。


 王宮からのコーハナル侯爵領の資料に遅れて、国王が各領主達へ渡した命令書と資料も届いた。こちらの資料には、レントが報告したコーカデス伯爵領の脱税問題が載っている。

 その内容と、レントがソロン王太子に提出した資料との差からも、レントは王宮に報告すべき内容への理解を深めた。


 しかし肝心の、レントの父スルト・コーカデス伯爵が帰って来ない。

 スルトが帰るのより、郵便物の方が早く届いてもおかしい事はない。実際に資料の送信日付を見ると、次の日に送られたミリの名のある王宮からの資料が、前の日に送られた国王の命令書を含むスルトからの郵便物より、先に届いている。王都とコーカデス伯爵領との間の流通機能が不充分だから、人より早く物が届く事だってあり得るだろう。

 しかしそれにしても、レントがいくら待っても、スルトは領都のコーカデス邸に帰って来る事がなかった。


 素早く対応を進める為に王命が出される前からレントは準備をしていたのだが、レントが産み出していた筈の時間的余裕が日々失われていく。

 レントはトラブルの可能性も考えたが、しかしさすがにスルトが事故に遭ったのなら、既に何らかの連絡がコーカデス邸に届いている筈だ。

 そして、()れたレントはミリの力を借りる事にする。


 レントはコーカデス領都の馬車クラブを訪ねた。



「本日はどの様なご用件でしょうか?」


 馬車クラブの応接室で、店員が微笑みながらレントに尋ねる。


「以前、ミリ・コードナ様から貸与頂いた権利を使いますので、コーカデス伯爵の馬車の情報を提供して下さい」

「畏まりました。二日前までの情報でしたらございますが」

「二日前?王都の情報もですか?」

「いいえ。王都の情報も提供は出来ますが、取り寄せる事になりますので直ぐには提供できず、それなりの期日を頂く事になります」

「分かりました。では王都からも取り寄せて下さい」

「畏まりました」


 レントに頭を下げた店員が、頭を上げながら「それで」と続けた。


「二日前までの情報は、王都から届く情報と合わせてのご提供でよろしいのでしょうか?それとも本日お渡し出来る情報は、本日お持ち帰りになりますか?」

「二日前・・・そうか。もしかして父はもう、領地に戻っているのですか?」

「コーカデス伯爵閣下が乗っていらっしゃるのかは定かではございませんが、コーカデス伯爵閣下の馬車でしたらコーカデス伯爵領に戻られていますし、二日前の情報でも領内に馬車がある事になっています」

「王都はいりません!直近の領内での馬車の情報を下さい!」

「畏まりました」


 店員はまた頭を下げて、上げるとレントに微笑みを見せた。


「お持ち致しますので、少々お待ち下さい」


 店員はそう告げて、応接室を出て行く。



 しばらく待つと店員が応接室に戻って来た。


「こちらがお求めの資料になります」


 前回ミリと訪れた時と同様の書類が、店員から差し出される。

 それをレントが受け取って中身を確認すると、スルトの馬車は前回と同じ場所にある事が分かった。


「ありがとう。頂いていきます」


 資料を手にレントが立ち上がると、店員が引き留める。


「お待ち下さい、コーカデス様」

「・・・なんでしょう?」


 無料で使える様にミリがした筈なのに店員に止められて、レントは動揺した。店員が向けて来る微笑みにも、不安が煽られる気がする。


「当馬車クラブより、コーカデス様に提案させて頂きたい件がございます」

「提案?・・・どの様な?」

「はい。コーカデス伯爵閣下の馬車の情報ですが、毎日報告させて頂くのはいかがでしょうか?」

「毎日?可能なのですか?」

「はい。領地内の馬車の情報はここで集約してから、王都に送っております。コーカデス伯爵閣下の馬車の情報も、日々こちらに集まっております。領外の情報も、王都の本部から取り寄せる事で、時間は掛かりますが提供させて頂く事は可能です」


 店員の提案は、レントには魅力的に響いた。

 特に脱税の報告を王宮にするまでは、いきなりスルトの居場所が分からなくなったりするのは困る。

 今現在の居場所が分からなくても、最後にどの辺りにいたのか、どちらに向かっていたのかが分かれば、前回の様に直ぐに探し出す事が出来る。


 しかしレントは、微笑みを浮かべる店員の表情が気になった。


「何故その様な提案をするのですか?」

「それは、コーカデス様のお役に立てるかと考えたからです」

「その様な事をすれば、手間ばかり掛かるのではありませんか?」

「実は前回、ミリ・コードナ様とご来店頂いた時にお渡しした資料ですが、あれが当馬車クラブ始まって以来の、最初のご依頼だったのです」

「・・・ミリ・コードナ様からは、犯罪捜査の資料として使われていると聞きましたが?」

「それは他領、主に王都です。コーカデス伯爵領の情報も、王都で引き出せます。当馬車クラブ、コーカデス領都支部から直接お客様に情報を提供させて頂いたのは、前回コーカデス様にお問い合わせ頂いた物が最初なのです」

「そうなのですか」

「はい。これまで王都の本部への情報提出のみを行っておりましたが、この馬車クラブ設立の目的は皆様への情報提供にあります。我々の手から直接お客様に報告させて頂けてこそ、この馬車クラブの存在意義がございます。それを果たす為にも、コーカデス様への毎日の報告を提案させて頂きました」


 話を聞けば聞くほど、レントには胡散臭く思えた。


「料金はどうなりますか?前回はコードナ様が出して下さいましたし、今回に付いてもですよね?」

「はい、もちろんでございます。コーカデス様には無料で提供させて頂きます」

「その、毎日報告する方は、料金はどうなるのですか?」

「もちろんそちらに付きましても、コーカデス様からは代金を頂きません。ミリ・コードナ様が認可なさった範囲内での情報提供となりますので」

「その分は、コードナ様に請求が行くのですか?」

「いえいえ、ミリ・コードナ様も他の出資者の方達も、馬車クラブからは幾つでも無料で情報を引き出せます。そしてコーカデス伯爵閣下の馬車に限ってですが、コーカデス様への情報提供も同じになるのです」


 ますます怪しくレントは思う。

 そのレントの様子を見て、店員は微笑みに苦笑を混ぜた。


「タダより高い物はないと申しますので、コーカデス様がお疑いになるのも分かりますが、実はわたくしどもにもメリットがございます」


 ほらやはり、とレントは思った。レントを見て店員は、元の微笑みを浮かべる。


「それはコーカデス様に情報を利用して頂く事で、情報利用の利点を納得頂いて、そして更に利用したいと思って頂いて、あわよくば、別の馬車の情報の提供をお求め頂けないか、と考えております」

「別の馬車の情報となれば料金が必要、と言う事ですか」

「はい。お使い頂ければ頂くほどコーカデス様にとって、代金を支払っても手放せない情報になる事を狙っております」


 そう言う店員の、如何にも胡散臭い笑顔に、レントは自分の中でやっと納得した。


「そう言う事なら、提案して貰った報告をお願いします」

「ありがとうございます」

「ただし確認したい事があります」

「はい。何なりと」

「領都に馬車がある時は、どれ位で情報がここに持ち込まれるのですか?」

「時間でしたら、その日の内となります」

「それ以外なら、領都から離れれば離れただけ、日数が掛かるのですね?」

「纏めて運ばれたりもしますので、領都からの距離と報告に掛かった日数は比例致しません」

「それもそうですね」

「はい」

「馬車が町や村から出た時だけ、別の場所に移った時だけ、報告する事も可能ですか?」

「もちろんでございます」

「それならそうして下さい。そして馬車が領都にある時は報告は不要です。報告は領都以外の領内に限り、他領にある時も今は不要です。王都からの情報取り寄せが必要な時には、別途依頼します。また直近の情報だけで当面は構いません。これは古い情報が後から届いても、追加での報告は不要という意味です」

「承りました。では早速明日から、本日お持ち帰り頂く情報から更新がありましたら、報告させて頂きます」

「ええ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくご利用頂けますよう、お願い申し上げます」


 真面目な表情でそう言うと、店員は深く頭を下げた。


 馬車クラブが情報を提供してもミリが代金を支払う事はない。それは事実だった。

 しかし情報提供の都度、馬車クラブの本部からは代金が送られてくる。それは前回の情報提供も今回も同じだ。そしてこれからは多ければ毎日、レントへの報告を行う事で、代金が本部からコーカデス領都支部に支払われる。

 もっと細かい報告をさせて貰いたかったけれど、取り敢えずは新たに利益を得る事が出来た事で、店員は頭を下げたままの状態で笑みを浮かべていた。

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