揺れる守り
バルはラーラの隣に腰を下ろした。
「ミリは大丈夫だった?」
不安を隠さず尋ねるラーラに、バルは肯いて微笑みを向ける。
「もちろんだよ」
「でも、他家の人達もいたのでしょう?」
「ああ」
「ミリはちゃんと、その、対応する事が出来ていた?」
「もちろんだとも」
「・・・それ、バルの欲目ではないわよね?」
「後で父上にでもコーハナル閣下にでも、確認してみたら良いよ」
「・・・お義父様にもお養兄様にも聞き辛いわ」
「なんなら国王でも王太子でも」
「無理に決まっているでしょう?なんの接点も持たないのに」
「そう?ミリを通してなら接点はあると思うけれど?」
「娘の事を尋ねるのに、娘を介しての話が出来る訳がないでしょう?」
「そんな事はないけれど」
「私は平民の出身なの。国王陛下にも王太子殿下にも、縁がないわよ」
「ミリがダメならチリン様を通せば良いのではないかな?」
「元王族のチリン様にお願いするのも、畏れ多いって言っているのよ」
「う~ん?でもチリン様、スディオの奥さんだし」
「スディオ君だって」
「いやいや、スディオはラーラの甥っ子だからね?」
「いいえ、そうだけれど」
「チリン様は甥っ子の奥さん」
「その通りだけど、でも、違うのよ」
「ラーラ?」
「・・・なに?」
「ラーラは俺の奥さんだろう?」
「・・・その様に、私の立ち位置を変えようと企んでも、ダメだからね?」
「そうか。でも、企まなくても、そうなのだけれどね」
「・・・ねえ?もしかしたらミリの話から、逸らそうとしているの?」
「いや、そんな事ないだろう?」
そう答えたバルをラーラは見詰めた。
「そうではないよ」
見詰められたバルはそう言って、しかし視線をラーラから外す。
「ミリ、何かトラブルがあったの?」
「いいや、違うよ」
バルは慌てて視線をラーラに戻した。
「ミリは上出来だった。本当だよ?説明会では質疑応答も堂々と熟していたし、国王陛下や王妃陛下との遣り取りもしっかりとしていたよ」
「そう」
「ああ。俺がミリの頃には、あんなには振る舞えていなかった」
「そう」
ラーラは短く返して、バルを見詰め続ける。バルはまたラーラから視線を逸らした。
ラーラは手を延ばし、バルの手を握る。またバルがラーラを見たけれど、ラーラは何も言わずにバルを見詰め続けた。
バルは目を伏せて、再びラーラから視線を外す。そのバルをラーラはただ見詰め続けた。
「ミリ、文官になりたいと言っていたろう?」
目を伏せたままのバルがしばらくしてやっと口にしたその言葉に、ラーラは小首を傾げた。
「なりたいじゃなくて、他にやる事がないとか言っていなかった?」
「そうだった?」
「ええ。商売をするにしても、ソウサ商会には関わらない様にしたいけれど出来ないから、文官くらいしかないって。まだ助産師の手伝いとかを始める前よね?」
「そうだったね・・・」
「・・・それがどうしたの?」
「いや、今日の説明で、ミリの話がとても分かり易くて、ミリは文官に向いているのではないかと思ったんだ」
「そう?」
「ああ」
「そうかもね。ミリは同じ事の繰り返しも苦にならないみたいだし、事務仕事に向くかも知れないわね」
「それに、国王陛下や王妃陛下を簡単に納得させていたし」
「そうなの?」
「ああ。王族の側近とかも熟せるんじゃないか?」
「気も利くし、重用されるかもね」
「そうだな。従者とかでも出来そうだろう?」
「ピナお養母様には礼儀作法もしっかりと躾けて頂いているものね」
「ああ。今日も所作が完璧だったよ」
「そうなのね。それは良かったわ」
「ああ」
そこでバルは言葉を切ったけれど、ラーラはバルを見詰めたまま、次の言葉を静かに待った。
「俺はミリに仕事をしなくても良いと言っていたじゃないか」
「ええ」
「それってやはり、あの子の才能を潰す事になるよな」
「投資の才もあるみたいだから、投資で利益を得るのでも良いとは思うわよ?」
「そうだけれど」
「あの子を職に就けずに結婚もさせないのって、出自の問題があるからでしょう?」
「いや、違うと言ったろう?男親は娘を外に出したくないものなんだ」
「それもバルの本音かも知れないけれど、ミリを外に出せば、出自の事で攻撃されるのは本当でしょう?それから身を守る事が出来る様に、ピナお養母様もデドラお義祖母様もミリに教育をして下さったのだから」
「そうだな」
「その教育のお陰でミリに出来る事や向いている事が増えたのだろうけれど、それは結果論じゃない。ミリを守る為にミリを危険から遠ざけようとするのは、おかしい事ではないわ。それはミリも分かっているから、結婚しないし仕事もしないって言っているのだし」
バルは顔を上げてラーラを見る。
「・・・ラーラ」
「なに?」
「ラーラはミリを結婚させたり、働かせたりしたいのではなかったのか?」
「・・・そうだけれど、バルの言う事も分かっているから」
バルは空いている方の手で顔を覆った。その様子を見詰めながら、ラーラはまたバルの言葉を待つ。
「今日の説明会」
「ええ」
「国王陛下がミリを気に入っている様子を見せていたんだ」
「そうなの?」
「ああ。そのお陰でミリは大した攻撃を受けなかった」
「そうだったのね」
「ああ。国王陛下に気に入られている事が広まれば、今後も攻撃される事は減るだろう」
「そうかしら?」
「ああ。それにディリオを取り上げた事が広まれば、チリン様に可愛がられている事だって皆に知られる」
「そうね」
「ミリを傷付ける言葉から隠して、閉じ込めて置く必要なんて、ないのかも知れない」
「・・・念の為に言って置くけれど、バル?」
ラーラに握られている方の手を引かれ、バルは顔から手を離してラーラを見た。
「うん?」
「王族に気に入られたら、今度はそれで妬まれて、攻撃されるわよ?」
「しかし、そんな事が王族の耳に入れば、攻撃した方が痛い目をみるじゃないか」
「人を操ってとか、偶然を装ってとか、ミリ本人には攻撃されていると分かるけれど、証拠を見付けたり証明したり出来ない様に、ネチネチやる事は出来るから」
「え?そんな」
「私もバルと交際練習していた時に、女子に囲まれていた事があったでしょう?」
「ああ。ああ言うのが?」
「あれはまた違うけれど、でもミリもネチネチ攻撃されるだろうし、ああ言うのを躱す練習をした様に、ネチネチ攻撃を躱すのにはミリも練習が必要だって事よ」
「そうなのか」
「だからミリは学院に通っても良いのかって訊いて来たのじゃない。学院では親や王族の目が届かないから、バルが通わせないって言うかも知れないと思って」
「そうだったのか?本当に?」
「ええ」
ラーラに自信ありそうに肯かれ、バルは結局ミリをどうしたら良いのか、もう一度始めから考え直さなければならなくなった。




