ミリ対策
ミリ達が帰った後、国王と王妃はお茶を飲んでいる。そこに喚ばれたソロン王太子がやって来た。
「お喚びでしょうか?」
「手は空いたのか?」
「はい。一段落付いております」
「それなら座りなさい。少し話をしましょう」
「畏まりました」
ソロン王太子が席に着くとお茶が用意され、使用人達が下げられる。室内には三人だけになった。
「どの様なお話でしょうか?」
先程までミリ達と、元王女チリンの息子ディリオに付いての話をしていた。その前にはコーハナル侯爵領の納税に問題がない事を示した報告書の説明会だ。
ディリオに関してはもう充分なので、脱税問題に付いてだろうとソロン王太子は考えていた。
「ソロンは以前にも、ミリと話した事があるのよね?」
「はい。チリンが出産する場所の件は、両陛下とご一緒しましたね?」
ソロン王太子の言葉に、実家が問題の発端となっていた王妃は、少し渋い顔をした。ソロン王太子は嫌味で言った積もりではなかったので、僅かに苦笑しながら言葉を続ける。
「その前にもチリンと共に一度、またチリンの紹介でレント・コーカデス殿と共に一度、ミリ殿とは話をする機会がありました」
「その時も今日の様な様子だったのか?」
国王の問いにソロン王太子は肯いた。
「そうですね。概ね、今日の様ではありましたが、最初の時はやはり、もっと固い感じでしたね」
王妃は国王に話し掛ける。
「私達と食事をした時には、さほど喋らなかったじゃない?」
「そうだったな」
「今日の説明会でも、ミリは先程の様な様子だったの?」
「ああ。余り気負うことなく、堂々と説明をしていたな」
「そうなのね」
王妃はソロン王太子を向いた。
「ソロンの印象はどうなの?これまで何度か話してみて」
「そうですね。チリンが気に入るのも分かる、と言う感じでしょうか」
「チリンが?」
「だがチリンはバルとラーラのファンだったから、もともとミリを気に入っていたのだろう?」
「それはあったのでしょうけれど、今はミリ殿本人をかなり気に入っているのだと思います。そうでなければ出産を手伝わせたりは、しないのではありませんか?」
「そうよね」
「だがそれは、コーハナル家に気を遣った部分もあるのではないか?」
「チリンがですか?」
「そうだ。ラーダもミリを気に入っている様子だったではないか。ナンテは分からんが、ピナはミリを気に入っていたと聞くし」
「所作も綺麗よね。ピナさんに鍛えられたそうだけれど、しっかりと応えていたのだろう事が窺えるわ」
ソロン王太子は「そうですね」と答えながら、国王と王妃の話の狙いは何なのか分からず、小首を傾げていた。それなので探りを入れてみる。
「父上も母上も、ミリ殿の事が気に入った様ですね?」
ミリと話している時も、二人の機嫌は良さそうだった。そしてミリが帰った今も話題にしている。
「そうね」
「まあそうだが、危険はないのか?」
「危険ですか?」
「ああ。父上は生前、ラーラの事をとても警戒をしていたのだ」
「ええ、覚えています。近寄るな、近寄らせるな、関わるなと、お祖父様には何度も念を押されました」
「先代様はチリンがコーハナル家に嫁ぐのも、ラーラと縁付く事になるのを危惧なさっていらっしゃったものね」
「そうだったな」
「遠ざけていたお陰でラーラ殿の事は良く知りませんが、ミリ殿には危険はないと私は思いますよ?父上と母上はそうでもないのですか?」
「頭が良過ぎないか?」
「あの歳で、タランと遣り合えるのでしょう?」
「今日のに限れば、タラン殿がミリ殿を甘く見過ぎたのはあると思います」
「そうなの?」
「ええ。ミリ殿に1から10まで足せるか試すなど、そうとしか考えられません」
「でも、先程の5050の説明もとても分かり易くて、とても子供とは思えなかったけれど?」
「そうだな。観点が違うのか、発想が違うのか分からんが、凡人ではないのは分かる」
「そうよね。常識とか、学んではいるのでしょうけれど、平気で無視したりしそうに思えない?」
「ああ。緊急時には役に立つかも知れんが、平時には却って波風を起こすのではないか?」
「ええ。そう言うタイプに思えるわ」
「仰っていた危険とは、そう言う意味ですか」
「そうね」
「ラーラもそう言う面があっただろう?王のどこが偉いのか、説明させられると」
「それはお祖父様が仰っていた喩えですよね?」
「実際に誘拐されて酷い目に遭った直後に、国王だった父上との謁見で、自らの意見を臆する事なく述べているのだぞ?接し方を誤れば、何に巻き込まれるか分からん」
「そうよね。ミリもタランが言い負かされるくらいなのですもの、警戒しておいた方が良いのではないの?」
「警戒ですか?」
「ええ」
「そうだな」
「今日の様子を見る限り、お二人はミリ殿を気に入っていらしたかと思えたのですけれど、そうではありませんでしたか?」
「いいえ、気に入ったと思ったわ。でも、私達がこんな簡単に気に入ってしまった事こそが、危険な兆候ではないの?」
「そう考えますか」
「今日の様子を見るに、侯爵六家はミリの味方の様だし、多くの家がミリに好意的だったではないか」
「ええ。説明会ではそうでしたね」
「もしミリがとんでもない理屈を持ち出して、王家と対立したりでもしたら、サニンの立場が危なくなったりしない?」
「そう言う心配でしたか」
「それだけではないが、何かあるかも知れない不安はある」
「そうですね。サニンとは仲良くさせておくのが良いと、私は考えているのですけれど」
「それは、大丈夫なの?サニンが言いくるめられたりしない?」
「ですが現実問題としてサニンは、ミリ殿と付き合っていかなければなりせんから」
「学院の学年は一緒になるものね」
「ええ。ですから早い内から目の届く場所で交流させて、影響したりされたりする様子を見て、必要があれば矯正するしかないのではないでしょうか?」
「そうだな」
「大丈夫かしら?」
「分からないからこそ、不安に感じるものではないでしょうか?チリンならミリ殿の事を良く知っているでしょうし、チリンに相談しながら進めようかと考えています」
「そうね」
「そうだな」
「それと取り敢えず、サニンは王都に呼ぼうと思っています」
「そうなの?」
「王都で暮らさせたら、交流の幅が狭まるのではないか?」
「ニッキも王都で暮らさせます。そして社交界を機能させる積もりです」
「そうなの?」
「はい。王都の邸の再建が必要な貴族家もまだありますが、そろそろ王都に集める頃合いだと思いますので」
「そうだな」
「そうね」
国王と王妃が肯き、ソロン王太子が肯き返す。
国王は、貴族家への締め付けが緩んでしまっているので、今回の様な脱税騒動が起きたと思っていた。それなので貴族家を王都に集める事で、王家の威光を示す機会を増やす事が出来ると考えた。
王妃は、自分が王妃となった時には既に社交界が機能していなかったので、社交界の立ち上げから影響力を及ぼして、コントロールしやすくする事を考えていた。
ソロン王太子は自分の息子サニン王子とミリを仲良くする為に、妹チリンに手伝わせて甥ディリオも利用して、コーハナル侯爵家にも協力して貰う計画に付いて、頭に思い浮かべていた。




