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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
45/638

45 帰って来て

 ラーラは一呼吸置いて枕から顔を離した。


「バル。私はもしかしたら妊娠してるかも知れない。妊娠する様な事をしたからね」


 ラーラはバルの顔を見詰めるけれど、バルの表情には変化がなかった。


「そしてもし妊娠していたら、産む積もりなの」


 バルの顔に一瞬表れた感情が、ラーラには嫉妬に見えた。


「あいつらの目的は私を出産しなければならなくする事だった。本当に隠し子を作らせようとしてたのよ」


 バルの顔に怒りが滲む。


「だから生まれて来る子はキロの子じゃないかも知れない。犯罪者の血を引く子の可能性の方が高い。それでも、産もうと思うの」


 バルの瞳には強い意志が現れているけれど、それが何か分からずにラーラは戸惑う。

 しかし、脳裏に浮かんだ可能性を否定して、ラーラは話を続けた。


「産もうと思うのは、キロの子かも知れないからと言うのも確かにある。キロの子なら産まないと私は罪を重ねる事になるもの。

 でもね、バルは私には罪が無いって言ってくれたけど、生まれて来る子にはそれこそ何の罪も無いでしょう?たとえ父親が犯罪者でも。それだから、生まれられないのは余りにも不幸じゃない?私より、キロよりミリより、不幸じゃない?

 キロの子ではなくても、産まないと私は罪を重ねる事になる。これ以上、罪を重ねる勇気が無いから、妊娠してたら私はその子を産むの」


 バルが小さく肯いた様に見えて、ラーラは不安を感じた。


「だから、私はバルとは一緒に暮らせない」

「もし妊娠していたら、一人で産んで育てる気か?」


 ラーラの言葉尻に被せる様に、バルが質問を口にする。


「家族に反対されたら、そうなるわ」

「それでその子は幸せになるのか?」

「な!」

「それともラーラはその子を不幸にしたいのか?」

「そんな訳無いでしょう!幸せにしたいわよ!」

「幸せに出来るのか?」

「でも!生まれないよりは良いでしょう?!」

「そうだな」


 ラーラはバルが肯いた事に戸惑った。産まない事を勧められていると思っていたからだ。


「一人で子供を育てるのは大変だ。俺も子育ては良く分からないけれど、使用人を雇わなければ両親が揃っていても大変らしい。舅や姑がうるさくても、子育ての間は同居に感謝するらしいよな?」

「同居の話は分からないけど」

「そうか」


 バルの微笑みに、ラーラは本日何度目かのイヤな予感がした。


「もしラーラが子供を産むなら、俺が一緒に育てる」

「はあ?!何言ってんの?!」

「ラーラ。生まれた子が少しでも幸せになる為なら、俺との結婚も仕方がないだろう?」

「誰の子か分からないのよ?」

「ラーラの子だよ」

「それはそうだけど、私、バルの子は産めないのよ?」

「それは分かっているって言っただろう?自分の子供と養子を平等に扱うのは難しいらしい。まあそうだろうな。だから俺の子は生まれなくてちょうど良いさ」

「自分の子じゃないのに育てるって言うの?」

「そう言っているだろう?自分の子って全くイメージ湧かなくて分からないけれど、ラーラの子ならそれなりに愛せると思う。たとえキロの子でも」

「え?キロの子は何かあるの?」

「キロはラーラの初恋の相手だろう?俺はキロにだって嫉妬はするさ。羨ましいし妬ましい。ラーラは俺の事は忘れるって言ったけれど、キロの事は忘れなさそうだし、呪ってやるって思った」

「なに馬鹿な事言ってんのよ」

「俺がキロを思い出すのって、永遠に(かな)わないライバルとしてと言う意味でもあるから」

「そう言うのは()めて!」

「ごめん。調子に乗って悪かった。また軽率だったみたいだ。でもそれとは別に、ラーラの子はちゃんと育てる積もりだ」

「無理よ!なんでそんな事言い切れるのよ?!」


 ラーラはまたベッドに肘を突いて、上半身を持ち上げた。


「ラーラ一人で育てる方が無理だろう?」

「安請け合いして貰って良い話じゃないわ!」


 ラーラは上半身を起こしてベッドの上で座る。


「出来もしない思い付きを言われて、私がそれを夢見たらどうするのよ?!私がそれに縋ったらどうするの?!」


 少し俯いて目をつぶり、頭を小さく左右に振りながら、ラーラは叫んだ。


「そうなったらバルが手を振り解こうとしても、私はしがみつくわよ?!自分がバルにそんな事するなんて、私には耐えられない!」

「今思い付いた訳じゃない」


 そのバルの言葉にラーラは目を開けて、ゆっくりと顔を上げてバルを見る。


「前から考えてたって事?もしかして、私が複数の男性と関係を持ってるって噂、信じてたの?」

「俺がそんな話を信じていない事は知っているだろう?」

「え?私が誰だか分からない男の子供を産むって、前から考えてたって話じゃないの?別の事?」

「ラーラが攫われて居場所が掴めなかった時、いつかラーラが子供を連れて戻って来るかも知れないとは考えた。そうなったらラーラと一緒にその子と暮らそうって、俺は決めたんだ」

「バカじゃないの?」

「バカで悪かったな」

「あ、ごめんなさい」

「いや、自分でもバカだと思う。ラーラバカだな。でもそれだけを考えていた訳じゃない。他の可能性も色々と考えていた。そしてそのそれぞれの場合の、自分が取るべきもっとも正しいラーラの為の行動を準備しようとしていた」

「なんでそんな事を」

「ラーラバカってのもあるけれど、一つにはもしラーラが帰って」


 バルは言葉の途中で急に顔を手で押さえ、肩を小さく震わせた。


「バル?」


 ラーラの声にバルはもう一方の手を上げて応える。


「ごめん」


 そのバルの声は上擦っていた。そのまま、顔を隠しながらバルが続ける。


「ラーラが、もしラーラが帰って来なかったら、って思うともうダメで、一所懸命ラーラが帰って来た時の事だけ、考えていたんだ」


 話ながら何度かバルが鼻を啜る音に、短い嗚咽も混ざった。


「今ももしラーラが、まだ帰って来ていなかったらって考えると、それだけでもうダメで、こんな、格好悪いけれど、俺はラーラバカだからって、勘弁してくれ」

「バル。手を下ろして。ほら見て。私はバルの前にいるから」


 届かないのは分かっていたけれど、ラーラはバルに向けて手を精一杯伸ばした。


「ちゃんと帰って来てるから。ほら、大丈夫だから」


 大丈夫と言うラーラの声も震えている。バルは顔を手で隠したまま、ラーラの言葉にうんうんと肯いた。


「いや、俺って本当に、バカだよな」

「そんな事言わないでよ」

「だって、まずラーラに言わなければならない、って思っていた大切な事、今の今まで忘れていたんだよ?」

「え?もう散々言われたけど、まだ言い足りないの事があるの?」

「酷い言われようだけれど、あるよ」


 バルは手を下ろして、ラーラに笑顔を向けた。


「お帰り、ラーラ」


 バルの声と笑顔と涙に釣られて、バルの気持ちにも釣られて、ラーラの目尻からも涙が(あふ)れ、上擦った声で、笑顔になって応えた。


「ただいま、バル」

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