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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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陣痛の意味

 ミリはパノの弟スディオに顔を向けた。スディオの顔を見ながら、どう話を進めれば良いのか考える。

 スディオの妻チリン元王女は、期待を込めてミリを見詰めていた。ミリならきっとスディオを説得してくれるとチリンは信じている。

 その様子をパノは笑いを堪えながら見ていた。パノはチリンの出産が近付いている事に、ここまで少し緊張をしていた。そのパノの目には今、普段は大人びているミリの困っている姿が、年相応に映っている。その珍しい状況に軽い驚きを感じたのと、ミリが普通の少女に見える事とで、パノの中の緊張が緩んで笑いが呼び起こされていた。

 パノの母ナンテは、この場はミリに任せるのが最善だと思っていたけれど、まだ幼いミリをまた頼る事になっている現状と、その原因が自分の息子スディオである事に困惑をしてはいる。後でミリにお礼やらご褒美やらを渡す為に、夫であるラーダ・コーハナル侯爵にも相談しようと、ナンテは微笑みの後ろで考えていた。


 ミリはスディオも詳しいであろう分野の話を絡めてスディオを説得する方針を立てると、小さく肯いてスディオに声を掛けた。


「スディオ兄様」

「なんだい?ミリ?」

「赤ちゃんは直ぐには生まれません。根拠があります」

「根拠?」

「はい。この世界の様々な地域に広がって、人々は住んでいますよね?」

「え?ああ、そうだね」

「そこには当然、女性もいます」

「もちろんだ。男だけなら百年もすれば滅んでしまうし」

「はい。つまりその地に人が住み始めた時には、女性も一緒だった筈ですよね?」

「まあ、そうだろうね。それが?」

「国や地域によっては、いつから人が住み始めたのか、記録に残っていない様な大昔から、人が住んでいた場所がありますよね?」

「ああ、あるね」

「記録がないと言う事は、文字もない程の昔。もしかしたら言葉もまだなかった頃に、その地に移り住んだのかも知れません」

「可能性はあるだろうけれど、それがどうしたんだい?」

「その場合、徒歩でその土地に辿り着いたと考えられます」

「まあ、馬や牛がいたかも知れないけれど」

「馬も牛も乗り物に利用できる様な動物は、昔はいなかった地域の方が多いとされています」

「ああ、そうだね」

「それなので人が徒歩でその地に辿り着いたのなら、その旅の途中で出産をしていた女性も多かった筈です」

「なるほど。まあ、そうだろうね」

「スディオ兄様はその旅の途中で、突然赤ちゃんを産んだと思いますか?」

「それはそうだろうね。生まれる日時が分からないのはその当時だって同じだったろうから、突然生まれる事もあったんじゃないかな?」

「いいえ。ありません」

「え?何故だい?」

「それは陣痛があるからです」

「陣痛が?・・・ミリ?どう言う事かな?」

「旅の途中で陣痛が来たなら妊婦やその家族は、安全に出産出来る場所を捜したり移動したりした筈です」

「それはそうだろうね」

「はい。そしてもし陣痛が来て直ぐに出産した様な女性がいたとしたなら、出産はお母さんにも子供にもただでさえ命の危険がありますけれど、周囲に囲いもない様な身を隠せない屋外で出産したりしていたら、母子共に生存率が下がると思います」

「生存率?」

「はい。陣痛即出産だったなら、妊婦と赤ちゃんの生存率を下げたと思います。逆に陣痛から出産まで安全を確保出来る時間の余裕があるのなら、妊婦と赤ちゃんの生存率が上がります。つまり、旅で分布地域を広げていった人類は、陣痛から出産まで適切な時間を開けられる様に、淘汰されていった筈なのです」

「え?淘汰?」

「はい。その子孫であるチリン姉様の陣痛も、出産より半日程前に始まっているのです」

「いや、ミリの言う通り、そうなのかも知れないけれどね?」

「そしてスディオ兄様?」

「なんだい?ミリ?」

「スディオ兄様は、赤ちゃんが生まれたら終わりとは思っていませんよね?」

「生まれたら終わり?」

「はい。赤ちゃんが生まれたら、その瞬間から子育てが始まります」

「それはもちろん分かっているよ?子育ての準備だって充分に進めているさ」

「本当ですか?育児用品を揃えて終わりではありませんよ?」

「いや、それは、どう言う意味だい?」

「スディオ兄様とチリン姉様の赤ちゃん。可愛いだろうなと私は思っています」

「もちろんだ。私もそう思うよ」

「ですがこのままですと、チリン姉様が出産したら、スディオ兄様は直ぐに仕事に向かう事になりませんか?」

「え?何故?」

「だって今から半日は掛かるのですよ?その間にスディオ兄様の仕事が溜まってしまいますよね?」

「いや、半日分くらい」

「チリン姉様の出産に付き合ってヘロヘロでしょうから、もしかしたら疲れて仕事の効率が低下して、二三日(にさんにち)は赤ちゃんにもチリン姉様にも会えないかも知れません」

「いや、だが、今は父上もいるし」

「ラーダ養伯父(おじ)様には国王陛下の御用がありますし、それがなくても自業自得で溜まったスディオ兄様の仕事の肩代わりをして下さる様には思えません」

「自業自得って」

「私がラーダ養伯父様なら、逆に自分の仕事をスディオ兄様に押し付けてでも、初孫を可愛がる時間を作ります」

「確かにあり得るけれど」

「それにもしスディオ兄様が仕事を押し付ける事が出来たとしても、私なら事ある毎にその事を赤ちゃんに話して聞かせます。あなたが生まれた時にあなたのお父様は仕事を私に押し付けて、仕事もしないであなたを可愛がったのですよって」

「・・・分かったよ、ミリ」


 スディオは苦笑いを浮かべ、両肩を落とした。


「チリン、明日の分まで仕事を片付けて来るから」

「ええ。ミスして途中で呼び戻されたりしない様に、しっかりと集中して熟して来てね?」

「ああ、分かった」


 そう言うとスディオはチリンの頬にくちづけをした。


「その代わりミリ?」

「はい、スディオ兄様」

「子供が生まれそうになったら、必ず生まれる前に私に報せてくれるね?」

「はい、スディオ兄様」

「もし私が出産に間に合わなかったら、事ある毎に子供にその事を話して聞かせるからね?ミリおばちゃんがお父様を邪魔にしたから、君が生まれる瞬間に間に合わなかったんだよって」


 ミリは「おばちゃん」と言われた事にハッとして固まったが、パノが「ぷっ」と吹いた事で気を取り直し、スディオに向けてしっかりと肯いた。


「はい。必ず連絡しますので、安心して下さい、スディオ兄様」


 そう言って微笑みを浮かべるミリの頭を撫で、クスクス笑うパノを睨み、微笑みを向けるナンテに会釈をして、チリンと手を振り合いながら、スディオは部屋から出て行った。



 チリンの出産時に戻って来たスディオは、前倒して出来る仕事を仕事量で三日分、終わらせていた。

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