親としての
バルが寝室に入ると、中で待っていたラーラが真剣な表情でバルを向く。
「バル」
「どうしたんだ?ラーラ?」
そう言いながらバルはラーラに近付き、その隣に腰を下ろした。
ラーラはバルの腿の上に片手を置いて、体をバルに向けて見上げる。
「ミリの前では言わなかったのだけれど、バルはミリの将来をどう考えているの?」
「どう、とは?」
「ミリはバルが結婚するなと言うならしないと言うし、バルが選んだ結婚相手なら誰でも構わず結婚するって言ってるでしょう?」
「いや、その件は俺も、どうしたら良いか考えているんだ」
バルは小さく首を左右に振った。その様子にラーラは僅かに首を倒す。
「そうよね?」
「ああ」
「あのままでは駄目よね?」
「いや、駄目と言う事ではないけれど」
「でも、今日もミリに、レント殿と親しくなるなって言っていたでしょう?」
ラーラはもう少し首を倒した。
「それは当然じゃないか?親しくさせる訳にはいかないだろう?」
「それはレント殿が、コーカデス家の人間だから?」
「もちろんだよ」
肯くバルに、ラーラは首を小さく左右に振るって「でも」と返す。
「ソロン王太子殿下にミリはレント殿と一緒に協力をするのよ?」
「それはあくまで役目の上で、王太子殿下の用事が終わればそれまでだろう?」
「文通は?」
ラーラの言葉にバルは眉を顰めた。
「・・・止めさせるべきなのだろうな」
そう言うバルを見るラーラの眉尻が下がる。
「ねえ?ミリの結婚相手だけではなくて、友人もバルが全て決めるの?」
「親が子供の交友関係に口を出すのは当然だろう?」
「・・・私との交際練習、コードナ侯爵家の皆様に口を出されて怒っていなかった?」
「怒ってないだろう?それに口を出されたんじゃなくて、ラーラの事を調べられただけだ」
「調べて私に問題があれば、交際練習を止めさせられたのでしょう?」
ラーラはバルに体を寄せて、もう一方の手もバルの腿の上に載せた。バルがラーラに返す声が少し弱くなる。
「それは、そうだが」
「その事、怒っていたじゃない?」
「いや、まあ、そうだったけれど」
「それなのに、ミリの交友関係に口を出すの?」
「それで言ったら、ラーラの事が調べられていたのだから、俺が口を出すのはそれと同じ事じゃないか?」
バルの声の調子は強さを取り戻していた。それに対してラーラは変わらない調子で返す。
「でも、私の事は反対されなかったのでしょう?」
「それは結果としてラーラに問題がなかったからで、レント・コーカデス殿には問題があるだろう?」
「コーカデス伯爵家とはそうだけれど」
ここに来てラーラの声は少し弱まった。それを受けてバルは話を結論付けようとする。
「だから、俺が怒った様に、言いたい事があるならミリが言うべきだ」
しかしそのバルの言葉に、ラーラは引っ掛かりを感じた。
「私が言うのはおかしいって言うの?」
バルはラーラの不機嫌を感じ取って頭を小さく細かく左右に振る。
「そうではないよ。でも、先ずは本人が言うべきだろう?それを言わないのは、ミリが納得しているからじゃないか」
そう言ってバルはラーラの背中に腕を回した。ラーラの肩がバルの胸に付く。
「でもミリが何も言わないのは、バルの言う事をきくからでしょう?それは問題だってバルも思っているのよね?」
間近から見上げて言うラーラから、バルは視線を少し外した。
「いや、まあ、そうだけれど」
ラーラは片手をバルの腿から離し、バルの胸に置く。
「バル?」
「なんだい?ラーラ?」
「普通に考えたら、私もバルも、ミリより先にいなくなるわよね?」
「いや、そうだし、先にミリに何かあるなんて、考えたくもないよ?」
「いいえ、そうではなくて、バルがいなくなった後、ミリはどうやって生きていくの?」
「・・・どうやってとは?」
「バルの命令がなければ、結婚もしなければ友人も作らないのよ?」
「友人なら、それまでに作らせれば良いじゃないか」
「誰々と友人になりなさいって命令して?」
「そうじゃないけれど」
「でも、レント殿とは友人になったら駄目なんでしょう?」
「その事は別に、ミリも望んでなかったじゃないか」
「それは分からないでしょ?ミリが赤くなったの、見てないの?」
「いや、見たからこそ、友人になってはいけないと釘を刺したんじゃないか」
「私には、私もバルもいなくなった後の世界で、甘い言葉に騙されたミリが、財産を奪われて路頭に迷う未来が頭に過るわ」
「不吉な事を言うなよ。俺達のミリがそんな愚かな選択をする筈がないだろう?」
「なんで?」
「なんで?なんでも何も、有り得ないだろう?」
「ミリに取っては、バルの存在は大きいわ」
「え?それは、まあ、父親だしな」
「そのバルを失った後、ミリがなんの支えもなしに、生きていけないかも知れないわよ?」
「何を言ってるんだ?ラーラ?そんな訳はないだろう?ミリはあの幼さで、既にかなりしっかりしているじゃないか」
「それは傍にバルがいるからでしょう?」
「いや、だが、ピナ様が亡くなった時も、祖母様やフェリさんが亡くなった時も、ミリは取り乱したりしなかったし、その後の生活も乱れたりはしていないだろう?」
「傍にバルがいるからね」
「いや、それで言ったら、ラーラもいるし他のみんなもいるからだろうけれど、でも、結果として大丈夫だったじゃないか」
心情的にはまだバルに反論をしたかったけれど、ラーラはその為の材料を持ってはいなかった。
それなのでこの場でのバルの説得は諦めて、ラーラは「そうね」と返して引き下がる。
バルも自分が絶対に正しいとは思っていなかった。しかしどこをどう直せば良いのかは、分かってはいない。
そしてラーラと議論をした事で自分の意見が強化されてしまった様に感じたし、ラーラが引き下がってしまった事で自分は引き下がれなくなってしまった様にバルは感じてもいた。




