距離と親しさ
ミリが顔を赤らめた事に気付いて、バルとラーラは慌てた。
「え?ミリ?」
「あの、ミリ?」
「はい、お父様、お母様」
「その、ミリから手を繋いだと言うのは、本当なのか?」
バルに念を押された事で更に少し赤くなりながら、ミリは弱い声で「はい」と肯く。
「いや、それは駄目だ!駄目だぞ、ミリ?」
思わず立ち上がったバルを見上げて、ミリは「はい」と肯くと顔を伏せた。
バルの隣に座っているラーラが手を伸ばし、バルの腕に触れる。
「バル?そんな頭ごなしに言わなくても」
「だが、駄目だろう?」
見上げたバルと目が合ったラーラは、バルから視線を外しながら顔をミリに向けた。
「そうだけど、ねえ?ミリ?」
「はい、お母様」
「この視察中に、レント殿と親しくなったの?」
「・・・そうでもないかと思いますけれど」
「そうでもないのに手を繋いだのか?」
そう言ってバルは体を前に乗り出させる。
「それは、その」
「繋いだんだな?」
「それは」
「どうなんだ?」
言い淀むミリに、バルは顔を近付けていった。そのバルの袖をラーラが引く。
「バル、待ってちょうだい。ねえ?ほら、座って」
そう言ってラーラが袖を強く引くと、抵抗せずにバルはラーラの隣に腰を下ろした。
「いや、ラーラ。ミリの気持ちをはっきりさせないとならないだろう?」
「そうだけれど、言い方と言うものがあるでしょう?」
「あの、お父様?お母様?」
バルからの圧力が減った事で、ミリは少し考えを纏めていた。
「あの、お父様とお母様は、私がレント殿と手を繋いだ事を怒っていらっしゃるのですね?」
「お父様はそうだけれど、私は違うわよ?」
ラーラがそう言った小さく首を傾げる。バルは片手のひらをミリに向けて、小刻みに左右に振った。
「いや、私も怒っているワケではないからね?」
「そう?バルは怒った様な言い方だったわよ?」
「いや、そう聞こえたのなら申し訳ない。だけれどね、ミリ?」
「はい、お父様」
「怒ってはいないが、ミリの事が心配ではあるんだ」
「はい、お父様」
「それなので、レント・コーカデス殿とは、適切な距離を取りなさい」
「あの、適切な距離とは、どれくらいならよろしいのですか?」
「少なくとも、手を繋ぐのは適切ではないな」
「はい。あの件に付いては反省をしております」
そう言って俯くミリの耳がまた赤くなるのを見て、バルは眉根と口角を下げた。ラーラはバルの機嫌が悪くなったのを感じて、バルが口を開く前に自分がミリに声を掛ける。その口調は早めとなり、声色はやや強くなる。
「ミリは視察で、平民を装ったそうね?」
「・・・はい」
ミリは、空き地のミリとしていつも通りに振る舞っていたのだけれど、もしかしてやり過ぎだったかな?と今になって考える。地を出し過ぎていたかも?もう少し、慣れない感じにするべきだったんじゃないかな?とミリは今更ながら思った。
「その所為で、貴族としての距離よりも、レント殿と近くなってしまったのではないの?」
バルに口を挟ませない様にしたそのラーラの言葉も、ラーラの気持ちよりは冷たく響く。
「それは、あったと思います」
「それなら今後は、レント殿の前で平民を装うのは止めなさい。バル?それでどう?」
「まあ、そうだな」
バルの耳にもラーラの声が厳しく届いていたので、バルはミリに何かを追加で言う事を躊躇った。
ラーラはバルの言葉とその表情に肯くと、ミリに顔を向ける。
「どう?ミリ?」
考えてみたら、お忍び視察を行わないなら、自分がレントの前で平民を装う事はない。今後も干物の生産者ニダの所に行く事があるかも知れないけれど、その時はレントの同行は断れば良い、とミリは思って「分かりました」と肯いた。
そのミリの答えを聞いて、ラーラの雰囲気が柔らかくなる。それを感じたバルは、いつの間にか少し入っていた肩の力を抜いた。そして護衛達の報告を受けてから、ミリに対して言って置かなければとならないと思っていた言葉を口にする。
「それと、貴族としても親しくならない様に」
ミリはその言葉にも「分かりました」と肯いた。しかしラーラは、バルの言葉にも、その言葉に肯くミリにも疑問を持つ。
「でもバル?ミリはレント殿と一緒に、ソロン王太子殿下と何かをするのよ?」
「そうだとしても、親しくなる必要はないだろう?」
「そうだけれど、一緒に行動していたら、自然と親しくなるものじゃない?」
「いや、それで、友人にでもなったら困るだろう?」
「え?なんで?」
「なんでって、俺とラーラも最初は友人からスタートしたじゃないか?」
バルが真剣な表情でそう言うのに、ラーラは呆れた。
「ミリはまだ幼いじゃない。心配しすぎじゃないの?」
「いや。たとえ何歳だろうと、友人になってしまってからでは遅い」
バルは言葉の後半は、ミリを見ながらだった。ラーラは目を閉じて小さく左右に首を振ってから、「そう」と呟いた。
「そうだとも。だからミリ?レント・コーカデス殿とは一定の距離を置く事を意識しなさい」
バルにそう言われて、ミリは「はい」と肯いた。
空き地のミリ的には、キロとはもう友達だった。それなのでミリは、ニダの前にはレントと一緒に行かない事を決意する。もし今後、二人揃ってニダと会う事があるとするなら、それは身分を明かしてになるだろう、とミリは考えた。
そしてミリ・コードナとしては、コーカデス伯爵家との確執があるので、レントと対立する積もりはないが、仲良くなるのは不自然だ。ただし元々ミリ・コードナとしては、レント・コーカデスと仲が良い積もりは全くなかった。
それなので、貴族としてはこれまで通りで良いのね、とミリは考える。そしてミリの頭の中ではそのこれまで通りには、レントとの文通も含まれていた。




