報告からの懸念
馬車クラブから提供を受けた情報を元にすることで、レントの父スルトとは直ぐに連絡が取れた。
国王から領主スルト・コーカデス伯爵への用件は二件あり、一件は王都への召集だった。ただしそれはコーカデス伯爵だけではなく、国中の領主全員への王命である。
そしてもう一件は、王都への旅費の補助の要否確認であった。金銭的に余裕のない貴族に対しては、王宮から補助を出すが、それが必要ならその旨を申し出る様にとの通達だった。
スルトは召集を受諾し、旅費の補助も依頼した。
国王の使者は、その回答を持って、王都に帰っていった。
その使者がコーカデス領から戻るのよりも早く、ミリは王都に帰り着いていた。
帰ったその日はいつも通りに普通であったのだが、ミリに同行した護衛達の報告を受けてから、バルはミリ本人への事情聴取を行おうとする。しかしミリもしばらく王都を空けていたので、中々に忙しい為、ミリがバルとの時間を作るのは後回しとなっていた。
ミリの優先は先ずは元王女チリンの妊娠への対応だ。
ミリはチリンの出産に、助産師見習いとして立ち会う事が決まっていた。その為、ミリがコーカデス領に行っていた間のチリンの様子を担当助産師に尋ねたり、チリン本人に体調を確認したり、間近に迫る出産の準備を始めたりと、ミリは王都に戻るなり、色々と忙しかった。
それ以外にも、コードナ侯爵家に顔を出したり、ソウサ商会にコーカデス領やそこまでの地域の様子を報告したり、ソロン王太子から書簡が届いていたのでその対応をしたり返事を書いたり、のんびりとしている余裕はミリにはない。
それなので、バルとラーラと毎日朝食は一緒に摂ってはいたけれど、朝食が済めば直ぐにミリはコードナ邸を後にする為、バルはミリに訊きたい事が訊けずにいた。
ミリがバルの為に時間を作る事が出来たのは、王都に戻ってからかなりの日数が過ぎてからだった。ミリの生活が落ち着いて来たので、バルと話す時間が作れたのだが、それはミリが既に生活のリズムを取り戻した事を表している。つまり、コーカデス領への視察と言う非日常の影響は、ミリの生活から薄れて既に消えていた。
「お父様。お話とは何でしょうか?」
バルから時間を作って欲しいと言われていたミリは、どの様な事に関する話なのか、見当が付いていなかった。
コーカデス伯爵領で発覚した脱税に関する事ではない筈だ。脱税の件はまだ公表されていないし、コードナ侯爵領でもコーハナル侯爵領でも該当がないので、バルからの話題になる事はないとミリは考えている。
ソロン王太子との遣り取りに絡む話は、バルにも伝えられない事は納得して貰っているので、その件でもないだろう。
チリンの出産に付いて?しかしそれなら話を出すのはラーラからとなる筈だとミリは思う。出産祝いの相談?いやそれでもバルからではなく、ラーラからの相談になるだろう。
「話とは、コーカデス領でのミリの行動に付いてだ」
使用人を下げた部屋で、ミリの前の席に座ったバルが、早くも眉間に皺を寄せながらそう言った。バルの隣ではラーラが、困った様な表情を浮かべている。
「私の行動に、何か問題がありましたか?」
ミリはそう問いながら、小首を傾げた。
「もしかして、魚を食べた事ですか?」
ミリは生まれる前から神殿とは距離を置いている。信仰上の理由で魚食が敬遠されている訳ではなく、バルもラーラもコードナ侯爵家、コーハナル侯爵家、ソウサ家の皆も食べないので、自分も食べた事がなかっただけだとミリは思っていた。
「それは良い。そうではなくて、レント・コーカデス殿との関係に付いてだ」
「関係ですか?」
「ああ。かなり親密な様子だったとの報告が、同行した護衛達から上がっている」
「バル?親密なんて言っていなかったのではない?」
バルの隣でラーラが眉根を寄せる。
「二人の距離が近かったとの報告だったでしょう?」
「距離が近いと言うのは、親密だと言う事だろう?」
「距離が近いって、心情的な話ではなかった筈よ?単に距離が近かったのでしょう?」
「いや、しかし、手を繋いだりしていたとなれば、親しかったと言っても良いだろう?」
「そうとは言い切れないと思うけれど?」
「私とラーラは、手を繋いだりした事はなかったじゃないか?」
「エスコートやダンスでは、手を握ったじゃない?」
「それは必要があってじゃないか。大親友になってからも、ラーラと手を繋いだ事などないだろう?」
「それは、だって、そんな間柄ではなかったし」
「そうだな。だがそれなのに、ミリとレント・コーカデス殿は手を繋いだんだぞ?」
そう言うとバルはミリに顔を向けた。
「それも、ミリから手を繋いだと聞いた」
ミリは顔が熱くなる。頬と耳が熱を帯びた。それは単に、レントを小さい子扱いしたと思った事を思い出したのと、レントの父スルト・コーカデス伯爵が行方不明だと知った驚いて、レントと手を繋いだ事でその緊張が解れた事を思い出したからではあった。ミリからすると、自分で自分の気持ちを安定させる前に、無意識に繋いだレントの手で気持ちを落ち着かせていたのは、曾祖母達の教えに反する行為に思えて、恥ずかしかったのだ。
しかしミリが顔を赤らめた事は、バルとラーラには誤解を与えた。




