表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
441/652

手を握る

 馬車クラブのコーカデス領都支部の応接室内は、緊張感が高まっていた。

 それはミリとレントの謎の緊張から始まっていたのだけれど、二人それぞれの護衛達も、護衛対象の二人の緊張を感じ取って、良く分からない気の張り方をしてしまっていた。


 レントがゴクリと喉を鳴らしたのが、室内の全員の耳に届く。

 それを誤魔化す様に、レントが慌てて口を開いた。


「二日前の情報が既に集まっているのですね」


 声に緊張を乗せながらも感心した様に言うレントの言葉に、ミリは「そうですね」と返す。

 声を出した事で、ミリの緊張は少し(ほぐ)れた。


「領都から馬車で二日の範囲で、コーカデス閣下が出向かれる可能性がある場所は、思い当たりますか?」


 ミリの声から緊張が抜けていくのを無意識に感じたレントも、自然と緊張を解していく。


「何箇所かありますが、いずれも一度は確認済みです」

「そうなのですね」


 微笑むミリに、レントは口角を下げた表情を向けた。


「ただ、その確認が二日前だったのかは不明ですが」

「そうですね。いつの確認だったのかの問題もありますね」


 そのミリの言葉に、「はい」と応えて肯くレントにミリも小さく肯いて返す。


「それで件数での情報要求だったのですね」

「はい。父の足取りを追うべきかと思ったのですが、考えてみたら十件が十件とも、同じ日の同じ場所と言う事はありますよね」


 またレントの口角が下がった。


「提供された情報そのものならあり得ますけれど、その辺りは精査して貰える筈ですから、大丈夫ですよ?」


 微笑みを表情に浮かべたミリの言葉に、レントも微笑みを返して肯く。


「それなら良かった」



 ミリとレントが貴族らしい微笑みを向け合っていると、店員が馬車の情報を持って戻って来た。


「お待たせ致しました。こちらになります」


 渡された資料をミリが、直ぐにテーブルの上に広げる。店員は邪魔にならない様に茶器などを端に寄せた。

 並んで資料に目を通していたレントに、ミリが顔を向ける。


「この資料で分かりますか?」

「はい。大丈夫です」


 ミリは肯くレントに肯き返すと、店員を向いた。


「こちらを頂いて行きます」

「畏まりました」

「それと、こちらの方を紹介しておきます」


 そう言ってミリが立ち上がると、レントも合わせて立ち上がる。


「こちらはレント・コーカデス殿です」

「よろしく」


 そう言って軽く肯いたレントに、店員は頭を下げた。


「お目に掛かれて光栄でございます。こちらこそよろしくお願いいたします」

「コーカデス伯爵閣下の馬車の情報に限り、私が同席しなくとも、レント・コーカデス殿に提供して欲しいのですが、可能ですか?」


 ミリの言葉に店員は、頭を上げて姿勢を正してか「はい」と軽く頭を下げる。ミリは小さく肯いた。

 レントが慌てて口を挟む。


「ミリ様?その様な事、よろしいのですか?」

「もちろんです。もしこの資料で不足でしたら、追加で提出を求めて下さい」

「ミリ様・・・ありがとうございます」


 そう言うとレントは深く頭を下げた。

 その肩に手を置いて、レントに顔を上げさせながら、ミリは「いいえ」と返す。そして顔を上げ掛けたレントの耳に、ミリは囁いた。


「閣下には少しでも早く、王命を受け取って頂きましょう」


 その言葉にレントはハッと姿勢を正し、微笑みを浮かべたミリに向かい、「はい」としっかりと肯いて返す。ミリもレントに小さく肯き返すと、店員に顔を向けた。


「それではその様に対応して下さい」

「畏まりました。ですがその為には、コードナ様の一筆を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「分かりました。準備をして下さい」

「はい」


 店員が先程より少し深く頭を下げる。ミリは店員からレントに顔を向けた。


「レント殿は先に戻って下さい」


 そう言ってミリはレントに馬車情報の資料を手渡す。


「いや、しかし」

「早く手配をなされば、早く閣下に連絡が取れるでしょうし、僅かな遅れでこの情報が役に立たなくなる事もありますよ?」


 ミリの真剣な表情に、レントは「分かりました」と肯いた。それにミリも肯き返す。


「私は王都に戻りますので」

「あ・・・そうですか」

「はい。またいつかお目に掛かるのを楽しみにしています」

「こちらこそ、またミリ様にお目に掛かれる日を楽しみにさせて頂きます。今回は、本当にありがとうございました」


 そう言ってまた頭を下げたレントに、ミリは「いいえ」と返しながら手を差し出した。ミリの手が視界に入り、レントは顔を上げる。レントと目が合ったミリは、微笑みを向けていた。


「私の方こそ、貴重な経験をさせて頂きました。レント殿には感謝をしております」


 そう言うミリの顔から手に視線を落とし、レントは躊躇いがちに手を差し出しながら、再び視線を上げてミリと目を合わせた。


「そう仰って頂き、ありがとうございます」


 ミリは手を伸ばし、そう言うレントの手を握る。


「いずれまた、会いましょう」

「はい。今度は王都で、お目に掛かる事になると思いますが」

「そうですね。お忙しくなるかと思いますが、それまでお体に気を付けて」


 ミリの眉尻をほんの僅かに下げ、レントは口角を少し上げた。


「ありがとうございます。わたくしもミリ様のご健康をお祈りいたします」

「ありがとうございます」


 そう言って微笑み合うと、二人はお互いの手を放す。


「それではこれにて、失礼致します」


 レントはミリに深く頭を下げてから、応接室を出て行った。

 それを見送って、ミリは店員を振り返る。


「お待たせしました。レント・コーカデス殿の情報引き出しの代理権限を認めますので、書類を用意して下さい」


 ミリがそう言うと、店員は頭を下げて「はい」と答えた。そして応接室を出て行く。


 ミリはソファに腰を下ろすと、自分の手を見た。レントと手を繋ぎ、握手をした手だ。

 顔には何の表情も浮かべていなかったが、ミリの護衛達はそのミリの様子に僅かだが動揺する。

 そして今回の視察旅行での一連の出来事に付いて、護衛の依頼主であるバルにどの様な報告をしたら良いのか、護衛達は皆、この場で頭を抱えたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ