手を握る
馬車クラブのコーカデス領都支部の応接室内は、緊張感が高まっていた。
それはミリとレントの謎の緊張から始まっていたのだけれど、二人それぞれの護衛達も、護衛対象の二人の緊張を感じ取って、良く分からない気の張り方をしてしまっていた。
レントがゴクリと喉を鳴らしたのが、室内の全員の耳に届く。
それを誤魔化す様に、レントが慌てて口を開いた。
「二日前の情報が既に集まっているのですね」
声に緊張を乗せながらも感心した様に言うレントの言葉に、ミリは「そうですね」と返す。
声を出した事で、ミリの緊張は少し解れた。
「領都から馬車で二日の範囲で、コーカデス閣下が出向かれる可能性がある場所は、思い当たりますか?」
ミリの声から緊張が抜けていくのを無意識に感じたレントも、自然と緊張を解していく。
「何箇所かありますが、いずれも一度は確認済みです」
「そうなのですね」
微笑むミリに、レントは口角を下げた表情を向けた。
「ただ、その確認が二日前だったのかは不明ですが」
「そうですね。いつの確認だったのかの問題もありますね」
そのミリの言葉に、「はい」と応えて肯くレントにミリも小さく肯いて返す。
「それで件数での情報要求だったのですね」
「はい。父の足取りを追うべきかと思ったのですが、考えてみたら十件が十件とも、同じ日の同じ場所と言う事はありますよね」
またレントの口角が下がった。
「提供された情報そのものならあり得ますけれど、その辺りは精査して貰える筈ですから、大丈夫ですよ?」
微笑みを表情に浮かべたミリの言葉に、レントも微笑みを返して肯く。
「それなら良かった」
ミリとレントが貴族らしい微笑みを向け合っていると、店員が馬車の情報を持って戻って来た。
「お待たせ致しました。こちらになります」
渡された資料をミリが、直ぐにテーブルの上に広げる。店員は邪魔にならない様に茶器などを端に寄せた。
並んで資料に目を通していたレントに、ミリが顔を向ける。
「この資料で分かりますか?」
「はい。大丈夫です」
ミリは肯くレントに肯き返すと、店員を向いた。
「こちらを頂いて行きます」
「畏まりました」
「それと、こちらの方を紹介しておきます」
そう言ってミリが立ち上がると、レントも合わせて立ち上がる。
「こちらはレント・コーカデス殿です」
「よろしく」
そう言って軽く肯いたレントに、店員は頭を下げた。
「お目に掛かれて光栄でございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
「コーカデス伯爵閣下の馬車の情報に限り、私が同席しなくとも、レント・コーカデス殿に提供して欲しいのですが、可能ですか?」
ミリの言葉に店員は、頭を上げて姿勢を正してか「はい」と軽く頭を下げる。ミリは小さく肯いた。
レントが慌てて口を挟む。
「ミリ様?その様な事、よろしいのですか?」
「もちろんです。もしこの資料で不足でしたら、追加で提出を求めて下さい」
「ミリ様・・・ありがとうございます」
そう言うとレントは深く頭を下げた。
その肩に手を置いて、レントに顔を上げさせながら、ミリは「いいえ」と返す。そして顔を上げ掛けたレントの耳に、ミリは囁いた。
「閣下には少しでも早く、王命を受け取って頂きましょう」
その言葉にレントはハッと姿勢を正し、微笑みを浮かべたミリに向かい、「はい」としっかりと肯いて返す。ミリもレントに小さく肯き返すと、店員に顔を向けた。
「それではその様に対応して下さい」
「畏まりました。ですがその為には、コードナ様の一筆を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「分かりました。準備をして下さい」
「はい」
店員が先程より少し深く頭を下げる。ミリは店員からレントに顔を向けた。
「レント殿は先に戻って下さい」
そう言ってミリはレントに馬車情報の資料を手渡す。
「いや、しかし」
「早く手配をなされば、早く閣下に連絡が取れるでしょうし、僅かな遅れでこの情報が役に立たなくなる事もありますよ?」
ミリの真剣な表情に、レントは「分かりました」と肯いた。それにミリも肯き返す。
「私は王都に戻りますので」
「あ・・・そうですか」
「はい。またいつかお目に掛かるのを楽しみにしています」
「こちらこそ、またミリ様にお目に掛かれる日を楽しみにさせて頂きます。今回は、本当にありがとうございました」
そう言ってまた頭を下げたレントに、ミリは「いいえ」と返しながら手を差し出した。ミリの手が視界に入り、レントは顔を上げる。レントと目が合ったミリは、微笑みを向けていた。
「私の方こそ、貴重な経験をさせて頂きました。レント殿には感謝をしております」
そう言うミリの顔から手に視線を落とし、レントは躊躇いがちに手を差し出しながら、再び視線を上げてミリと目を合わせた。
「そう仰って頂き、ありがとうございます」
ミリは手を伸ばし、そう言うレントの手を握る。
「いずれまた、会いましょう」
「はい。今度は王都で、お目に掛かる事になると思いますが」
「そうですね。お忙しくなるかと思いますが、それまでお体に気を付けて」
ミリの眉尻をほんの僅かに下げ、レントは口角を少し上げた。
「ありがとうございます。わたくしもミリ様のご健康をお祈りいたします」
「ありがとうございます」
そう言って微笑み合うと、二人はお互いの手を放す。
「それではこれにて、失礼致します」
レントはミリに深く頭を下げてから、応接室を出て行った。
それを見送って、ミリは店員を振り返る。
「お待たせしました。レント・コーカデス殿の情報引き出しの代理権限を認めますので、書類を用意して下さい」
ミリがそう言うと、店員は頭を下げて「はい」と答えた。そして応接室を出て行く。
ミリはソファに腰を下ろすと、自分の手を見た。レントと手を繋ぎ、握手をした手だ。
顔には何の表情も浮かべていなかったが、ミリの護衛達はそのミリの様子に僅かだが動揺する。
そして今回の視察旅行での一連の出来事に付いて、護衛の依頼主であるバルにどの様な報告をしたら良いのか、護衛達は皆、この場で頭を抱えたかった。




