手を繋ぐ
ミリはレントの様子に不安を感じる。
「あの、大丈夫?国王陛下の御用事、なんで分かんないの?」
「父宛なんだけれど、父が捕まらなくて」
「ああ、お父さんもお忙しいのね」
「いや、あの、行方が分からないんだ」
「え?大変じゃない?事故?」
ミリは驚いてはいたが、素振りには表さない様に努め、声を更に潜めていた。
「あ、いや、単に、予定の場所にいないので、連絡が取れないだけなのだけれど」
「それだって大事でしょ?領主様の行方が不明なんだから」
「あ、うん」
「捜すの、手伝うよ」
「あ、いや、大丈夫」
「なんで?大丈夫じゃないでしょ?」
「けれど、ミリの手を煩わせるなんて、申し訳ないし」
「・・・ちなみに、どうやって捜すの?」
「それは、祖父が既に捜していて、俺達が通った辺りにもいなかったのが分かっているから、それら以外の場所を捜すのだけれど」
「しらみつぶしに?」
「しらみ?え?」
「ごめん、くまなく捜すの?」
「あ、うん」
「ならやっぱり手伝う」
「いや、いつまで掛かるか分からないし」
「キロのお父さん・・・って言うと変だけど」
「え?変?何が?」
「キロは偽名だから、スルト・コーカデス伯爵閣下をキロのお父さんと呼ぶのは違うかなあって」
「ああ。あの、レントでも良いよ」
「レント殿?」
「あ、レントで。キロと呼ぶ代わりに、言葉を崩したらレントって呼び捨ててくれれば」
「そう?」
「うん」
「分かった・・・けど、閣下をレントのお父さんって言うのもなんかおかしいよね?」
「そう?俺は平気だけど?」
「まあ、レントがなんとも思わないなら良いか、ってか、呼び方はどうでも良くて、閣下って馬車移動だよね?」
「うん」
「それなら、馬車クラブで行き先を訊いてみようよ」
「え?でも、王都に連絡をしていたら、時間が」
「そんな訳ないでしょ?このコーカデス領の支部で訊けば良いじゃない」
「え?あ、そうなのか」
「うん。早速行きましょうと思ったけど、レントは行ける?あたしが訊いて来ようか?」
「いや、一緒に行く。連れていって欲しい」
「うん。じゃあ、一緒に行こう」
そう言うとミリはうっかりレントの手を取って、護衛達の待つ場所に戻る。さすがに護衛達が慌て、その様子を見てレントの手を握っている事に気付いたミリは、パッと手を離した。
ちなみにミリとキロの時にも、手を繋いだりはしていない。
「あの、ごめん」
「うん」
二人のその貴族らしからぬ言葉と距離感での遣り取りにも、ミリとレントが顔を赤らめて俯き合う様子にも、護衛達は更に動揺する事になった。
レントが手に触れた覚えがある女性は、ミリ以外ではレントの祖母セリと叔母リリ・コーカデスだけであった。ミリに対してはサニン王子の懇親会で、エスコートした時にレントは指先を預かった事がある。そしてセリとは手を握り合った事はあるが、レントがこれまで手を繋いだ記憶があったのはリリだけであった。
幼い頃、何かをリリに見せようと、握りきれないリリの手を精一杯掴んで、手を引いた覚えがレントにはあった。何を見せようとしたのか、いつどこでの事だったのかは覚えてはいない。
しかしその時の浮き立つ様な気持ちがレントの中に蘇り、そしてそれがミリに向いてしまっている様で、レントはとても気恥ずかしかった。
ミリは空き地で、小さい子と手を繋ぐ事は良くあった。小さい子の手はぷくぷくで温かく、手を繋いでいると気持ちが安らいだ。それなのでミリは求められた時だけではなく、自分からも手を繋ぎにいってもいた。
それなので今も、当主失踪を聞いて高まった内心の緊張の緩和の為に、レントをつい小さい子扱いをしてしまった様に思えて、ミリは羞恥を覚えた。
レントの手の感触がミリの手に残っているのも、その証拠を突き付けられている様で、なおミリの羞恥を誘う。
馬車クラブのコーカデス領都支部は、貸し馬車屋にあった。漁村に向かうのに当たって、ミリが馬車を借りた店だ。
ミリとレント達が店に入ると、店員が「ようこそ、いらっしゃいませ」と声を掛けた。そしてミリが誰なのか気付いた店員は、近付いて来て頭を下げる。ミリが貴族である事が分かっているので、店員からは言葉を掛けない。
店員の頭頂部に向けて、ミリから声を掛けた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、コードナ様。再びのご来店、ありがとうございます」
「本日は馬車クラブに用があります」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
店員は店の奥に、ミリとレントと護衛達を先導した。
応接室に案内され、ミリとレントは店員に勧められたソファに座る。店員はミリの傍に立って、言葉が掛かるのを待った。
「コーカデス伯爵閣下の使っていらっしゃる馬車の情報が欲しいのだけれど」
「畏まりました。二日前の情報まで入って来ておりますが、期間はどうなさいますか?」
ミリは隣に座るレントを見た。
「いつから必要かしら?」
「そうですね。期間ではなく、件数での指定も可能ですか?直近の十件とか?」
「大丈夫ですよね?」
レントとミリに顔を向けられて尋ねられた店員は、肯きながら「はい」と答えた。
「それでは直近の十件でお願いします」
「畏まりました」
レントの言葉に店員は頭を下げてそう返すと、応接室から退室する。
入れ替わりに別の従業員が、お茶と菓子を運んで来た。そしてテーブルのミリとレントの前にそれらを並べると、頭を下げて退室していく。
護衛達が毒見を申し出るけれど、ミリもレントも断って、お茶にも菓子にも手を付けなかった。
ミリとレントは一つの同じソファに座り、護衛達はそのソファの後ろに控える。
護衛達が視界に入らず、会話も途切れた室内で、隣あって座っているミリとレントは何故か二人とも、徐々に緊張をしていった。




