防腐対策
「ところでどうだい?日保ちさせる案の方は?」
干物の生産者ニダのその質問に、ミリは一旦顔を上げてニダを見て、目を伏せると「う~ん」と小首を傾げた。そこでレントが口を開く。
「思ったんだけれど、単に王都まで運ぶ日数が増えたんじゃないかな?」
「日数がかい?」
問い返したニダに、レントは「うん」と肯いた。
「昔と違って、街道が荒れている所為じゃないかな?」
「そうなのかい?」
「うん。馬車で通るのも、昔に比べて時間が掛かるって話だし」
「なるほどね」
レントの意見にニダは肯いたけれど、ミリは小首を傾げたままだ。
レントは馬車が苦手だから、レントが王都まで干物を運んだ時も馬車ではなくて騎馬だった筈だと、ミリは考えていた。このニダの家から馬を待たせてある場所まで歩きだったり、あるいはコーカデス家の領都邸に寄ってから王都に向かったとしても、昔にソウサ商会が運ぶのに掛けた日数よりトータルでは少ないのではないかとミリは思っている。
でも、レントなら騎馬で移動しても、キロなら徒歩や荷馬車で移動する筈だ。そう思うとミリは、ニダの前ではトータル日数の事は言い出せなかった。
他の可能性がないか考えていたミリは、「ねえ?キロ?」とレントに向かって尋ねた。
「干物が傷んだって、どんな感じなの?水っぽくなったり、臭いが変わったりって言ってたよね?」
レントは「うん」と肯いて返す。
「水っぽいって程ではないけれど、干物の表面が湿った様になっていた」
「その水分を取れば、臭いとかも取れるのかな?」
「どうだろう?少しずつ湿っぽさが増えて、臭いも少しずつ強くなって行ったから、干物の内側から傷んでいる様に思えたのだけれど」
ミリは「そうなの?」と小首を傾げてから、ニダを振り向いた。
「ニダさん?どう思う?」
尋ねられたニダは、眉間に浅く皺を寄せる。
「どうだろうね?ここでは傷む前に食べてしまうから、傷むとかって良く分からないんだよ」
「そうか・・・そうよね」
そう言うとミリは視線を干物に戻した。
「ああ。干しや塩が甘くて、日保ちが怪しい事もあるけれど、傷むまでは待たないからね」
顔を上げて「そうよね」とニダに返したミリは、視線をふいっとレントに移す。
「ねえ?キロ?」
「あ、うん」
「前にくれた栞、あれって防腐効果もあったよね?」
レントは目を見開いた。
「あ、うん」
「あれ、使えないかな?」
「あ、でも、虫除け効果もあるから、一緒にしたら干物が食べられなくなるかも?」
「うん。食べれても臭いとか付いたら商品価値が下がるけど、例えば直接触れない様に紙や布を挟んでみるとか」
「なるほど」
ミリの言葉にレントが肯く。その二人にニダが問い掛けた。
「二人とも、栞ってなんだい?」
「前にキロに貰った栞に、カビ除け効果が付いてたの」
「カビ除け?虫除けではなくてかい?」
ニダの問いにミリがレントを見ると、ニダも顔をレントに向ける。二人の視線を受けたレントは「うん」と応えた。
「山岳地方に自生してる野草があって、それには虫除けの他にカビ除けの効果もあるんだ」
「でも、干物はカビた訳じゃないんだろう?」
眉間に皺を少し深くしたニダの質問に、レントは一拍置いて「そうだね」と答える。それにミリが「そうだけど」と続けた。
「でも、食べ物って水分があるとカビるじゃない?」
「ああ。日保ちさせる為もあって、干して水分を飛ばすんだしね」
「うん。だから、もしかしたらその草が、水気を逃がすのかも知れないって思って」
「なるほどね」
「試してみる価値はあるかなって思うんだ」
そう言って視線をニダからレントに移したミリに、レントは肯いて返す。
「そうだね。やってみよう」
「うん」
笑顔を向け合うレントとミリを見ながら、ニダは少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「キロは山の出かい?」
「え?なんで?」
「虫除けの栞は知ってるけれど、カビ除けなんて聞いた事がないからね」
レントを見てのニダの言葉に、カビ除けがコーカデス領でも一般的には知られていないのかと考えたミリも、「そうなの?」と言ってレントを見る。
レントはここで自分が山岳地方の出身などと偽ると、色々と訊かれて嘘だと気付かれると思った。
「領都にも生えているのだけれど、元々は山から採って来て植えたって聞いたんだ」
「そうなのかい?」
「うん」
「でも、カビも防ぐなら、そっちの方が有名になっても良さそうな気がするけれどね」
「そう?だけど、領都でもごく一部に生えているだけだし、知られていないのではないかな?」
「ごく一部?育ちにくいのかい?」
「そうだと思う」
その草は実際には、コーカデス領都邸の荒れている庭の脇に、レントの叔母リリが自分の為に僅かに残した菜園に生えている。管理はリリの暮らす離れの使用人達が行っていて、レントは生育条件などの確認は行っていなかった。
レントが少し慌てている様子を見て、ミリが話題を少し逸らせる。
「それ、葉っぱを採って、ここまで運んでも効果があるかな?」
「え?うん。栞にする時には乾燥させているから、摘んだ葉でも効果は残ると思うよ」
「もし干物にも効果があるなら、ここに植えられると良いよね?」
「そうだね」
「その時はニダさん?畑の一部を借りても良い?」
「離れた所だけれど使っていない畑があるから、そこでも良いなら二人に貸すよ」
「うん。ありがとう。キロ?移植も試してみようよ」
「そうだね、ミリ」
楽しそうに笑うミリに、話がそれてホッとしたレントも笑い返した。その二人の様子を見てい浮かべたニダの微笑みには、また若干の苦笑いが含まれていた。




