真意は?
食料責任者のラッカが、炒めたエビを持って船長のワの所に戻る。
「船長、これ、食べてみてくれ」
「おお、美味そうだな。だが、先ずは酒だろう?」
「先ず、これだけ食べてみろって」
「こんな美味そうな臭い、つまみにしないと勿体ないじゃないか」
「いいから。この香辛料、ここで採れるんだと言うんだ」
「・・・なに?」
ワの目が細まる。ワは鼻から息を吸いながら目を瞑り、エビ料理の臭いを確かめた。そして目を開くと手を伸ばし、まだ熱いエビ料理を摘まんで口に入れる。
その様子をラッカが見守っていると、家からミリが出て来てワとラッカの傍に立った。
「香辛料の事、他言無用だからね?」
ミリのその言葉にワもラッカも応えない。
ワはエビを飲み込むと、「美味いな」と呟いた。
「二人とも、聞いてる?他言無用でお願いね?」
「香辛料が採れるって、どう言う事だ?」
「ニダさんが作ってるらしいんだ」
「ねえ?ワ船長?ラッカさん?他言無用だからね?」
「いや、ミリ?これは黙ってなんていられないだろう?」
「そうだな。凄い儲け話になるじゃないか」
「あのね?」
ミリの後から、レント達と干物の生産者ニダが家から出て来る。
ワはニダをちらりと見てからミリに視線を戻し、囁いた。
「まさかミリ?ミリ商会で独占する気か?」
「そんな訳、ないでしょう?」
「じゃあソウサ商会か?」
ワの発言にラッカが驚く。
「コーカデス領で?」
「違うから」
「じゃあなんで他言無用なんだ?」
ミリは声を潜めて答えた。
「香辛料に付いては、国同士で揉めているでしょう?この事が漏れると、この国もそれに巻き込まれるじゃない」
「だが、いつまでも隠せないだろう?」
「ニダさんは自分で使う分だけ香辛料を作っているの。もう長い間知られていないのだから、二人が黙っててくれれば問題ないのよ」
「そんな訳があるかよ」
「それはニダさんの意思なのか?」
「それは、確認してないけれど」
「なあ、ニダさん?」
「ちょっと、ワ船長?止めてよ」
「なんだい?」
「なんでもないのよ、ニダさん」
「香辛料、大々的に作って売らないのか?」
「もう、止めてってば」
「良いから、ほら、ミリ、通訳してくれよ」
ミリは深く息を吐いてから、ニダを向いた。
「香辛料をもっとたくさん作って、大々的に売らないのかだって」
「一人だからね。限界があるよ」
「人を雇えば良いだろう?なんなら投資家を集めるぞ?」
「人を雇えば良いって。なんならワ船長が投資家を集めてくれるって」
「はは、ありがとう。でも、そうするなら先ずは、キロとミリ達に相談するよ」
「ニダさん」
ニダの後ろから、話を聞いていたレントが声を掛ける。ニダは振り向いて、レントに微笑んだ。それからもう一度ワ船長に向き直って、ニダは言葉を続けた。
「ミリは大商会に伝手があるって言うし、年に何度も来られないワ船長達より、任せっきりに出来そうだからね」
「言ってくれるが、その通りだろうな」
そう言って苦笑いするワの言葉をミリは訳せなかった。
後から国に見付かっても、ニダが個人で食べていた分には、問題にはならないだろうとミリは考えていた。利益を上げた訳ではないから、脱税なども問われない。ワ船長達がお礼を届けて欲しいと言っていたけれど、たとえ口にした香辛料分が上乗せされたとしても、個人的な贈り物の範疇で収まる筈だ。
だが、実は次期コーカデス領主のレントや、実はコードナ侯爵家やコーハナル侯爵家やソウサ商会と縁のあるミリが絡むと、個人の枠組みでは収まらなくなるに違いない。更にミリとレントは現在、ソロン王太子と密約を抱え合っている仲なので、比較的容易に国の問題に拡大させてしまう事になるかも知れない。
「あの、ニダさん?」
「なんだい?ミリ?」
「人を雇って、大きく事業をする積もりはあるの?」
「いいや」
間を置かないニダの否定に、ミリはほっと小さく息を吐く。
「昔は干物や煮干しを作るのに人を雇っていたけれど、今は自分が生きていくのに困らない分だけ稼げれば良いからね」
「そうか。大商会への伝手って、必要があればって事なのね?」
「まあね。跡を継ぐ人間もいないのに、今から事業を興す様な苦労をする気はないよ」
「そう、なのね」
「でもね?キロやミリが事業にしたいって言うのなら、協力するよ?」
「え?」
レントは驚く。ミリも目を大きくした。
「事業って、ニダさん?」
「香辛料の事?」
「ああ。二人が自分達で苦労しても良いって言うなら、手伝うよ。友人としてね?」
そう言って笑うニダの言葉に、レントの胸は熱くなる。
コーカデス領の将来を憂いていたレントには、香辛料事業はとても魅力的にも思えた。しかしそれよりも、ニダに友人扱いされた事の方がレントには嬉しかった。
ミリとはなんとなく友人の様な気でいたけれど、口に出してレントを友人だと言ってくれたのはニダが初めてだったからだ。たとえそれが、レントではなく、キロに対してだったとしても。
一方でミリは、ニダの言葉に不安を感じていた。
事業にするには資金が必要だ。香辛料事業は成功すれば大きな利益を上げるだろう。しかし相手は生き物だ。天候次第で枯れてしまえば、利益どころか元本だって当然戻らない。損失を埋めようとして追加投資をすれば、更に損失が大きくなる事だって良くある。
ニダが個人で栽培している分には、たとえ不作でも、ニダが食べるのを我慢すれば良いだけだが、事業となればそうはいかない。ましてや人を雇ったりすれば、何もしなくても固定費が掛かる。
ミリはニダに万全の信頼を寄せてはいなかった。
ところどころ見せるニダの表情や態度に、信用しきれない何かをミリは感じていた。
騙す積もりとまでは断言出来ないが、ニダは何かを隠している様な気がミリはしている。それは香辛料の事を知った後でもだ。ただし自分達もレント達も、身分を隠している以上、深く探りを入れたりは出来ていなかった。
そして、香辛料の事業だ投資だとなれば、ミリもレントもニダに身分を明かさない訳にはいかなくなるだろう。
もしかしたらニダが事業をレントとミリに任せると言うのは、レントとミリの正体を探る為なのかも知れない。
ミリにはその方が理由として、友人だからと言うよりは納得が出来る気がした。




