隠せない臭い
「それじゃあ、エビとかの下拵えを終わらせるから、先に干物を焼いて食べててくれるかい?」
干物の生産者ニダの言葉に、レント達と船長のワと食料責任者のラッカが肯いた。
「ミリ達は竈を使うんだろう?」
「うん」
「自由に使っておくれ」
「ありがとう、ニダさん」
「ああ、じゃあ干物を取ってくるから」
「手伝うよ」
レントの会話担当護衛がそう言うと、ニダは「頼むよ」と笑った。
ニダ達が干物を持って帰って来ると、その臭いにラッカが眉間に皺を作る。
「なんの臭いだ?」
「え~と、ね」
香辛料の事を話すと、面倒臭い事になるかも知れないとミリは思い、言い淀んだ。
しかしニダがもう、香辛料の付いた干物を持って来てしまっている。それを前にしたら、なんの臭いか説明しなければならない。
香辛料の出所を訊かれる事になりそうだけれど、訊かれたら惚けよう、とミリは開き直った。
「香辛料の臭いね」
「香辛料?」
ミリの返事にラッカの眉間の皺が深まり、ワも眉を顰める。
「うん。香辛料の入った漬け液に漬けて作った干物だって」
「香辛料なんて、この国じゃ高いんじゃないのか?」
「そうね」
「贅沢な物、食べてるんだな」
「そうだよな」
「そうね」
ミリは香辛料の産地に言及しないで済んだので、無意識に肩に入っていた力を抜いた。
しかし話題は直ぐには切り替わらない。ラッカがニダに尋ねた。
「ニダさん?香辛料はまだあるのか?」
「香辛料はまだあるのかだって」
ミリが少しドキドキしながら、通訳をする。
「ああ。残っているよ」
「エビはどうやって味付けするんだ?」
「エビはどうやって味付けするんだって」
「塩を掛けるだけだね。小さいのはエビもカニも殻ごと焼いて、塩を振る積もりだよ」
「香辛料、少し貰えないか?あと小さいエビも。香辛料を使って料理したい」
「小さいエビを香辛料を使って料理したいから、貰えないかって」
「ああ良いよ」
「ありがとう。調理場を貸してくれ」
「ありがとう、調理場を貸してくれって言うけど、ラッカさん?料理できるの?」
「仕事柄な」
「食料の管理だけかと思ってたけど、船に料理人も乗ってるって言ってなかった?」
「まあそうだが、出入りが激しいから、辞めてから次が見付かるまでは、俺が調理を担当する事もあるんだ」
「え?そうなの?」
「料理人なんて、船に乗りたがらないからな。高い報酬を払わないと、なかなか見付からないし」
「そうなんだ」
「そりゃあそうさ。船に載せている決まり切った材料を使うだけで、大して工夫も出来ないし、鮮度はどんどん落ちていって、最後の方は塩漬け肉や塩漬け魚しか残らない。船に乗ってる間に料理の腕が落ちるって嘆くやつは多いよ」
「そうなの?」
「ああ。だから、店を開く独立資金を貯める為に乗るやつばかりで、金が貯まれば船を降りてしまうんだ」
「そうなんだ。料理するの、私にも見せて」
「ああ、構わないぞ」
「ありがとう。ニダさん?ラッカさんを調理場に案内するね」
「ああ。私も行くよ。どんな風に料理するのか、興味があるからね」
「あ、俺も」
レントが手を上げた。
ミリはワを振り向く。
「ワ船長はどうする?私、ラッカさんに付いて行っちゃって良い?」
「通訳か?大丈夫だ。俺も片言なら、話せなくもない」
「ここに残るんなら、先に酒を出しとこうか」
ニダがワにそう声を掛けた。
「いや。飲むのはみんな揃ってで良いさ」
「お酒を飲むのはみんなが揃ってからで良いって」
「そうかい」
「干物、自分で焼いてる?」
「いや、焦がしそうだ。俺の事は構わないから、早く料理して食わせてくれ」
「ワ船長は構わなくて良いから、早く料理して食べさせてくれって」
「そうかい。それなら急ぐとしようか」
そう言ってニダは「こっちだよ」とラッカに声を掛けて、家の中に入って行く。その後をミリ達が付いて行った。
「これが香辛料だよ」
「どれだ?」
「どれだだって」
「いや、これだよ」
「これ、全部か?」
「これ全部かだって。十種類あるって話だよ?」
「十種類?」
「塩はこっちだよ」
容器を一つ一つ開けながら、ラッカは香辛料を確かめていく。
「これって、代替品てやつか?」
「うん。そうだって」
「それにしたって、結構な金額だよな?」
「そうよね」
「う~ん、どうするかな」
「どうしたの?」
「いや、こんなにあると、何を使うか、迷うじゃないか」
「どれも使えるの?」
「どれも一通り、使った事はある」
「凄いね」
「そうでもないぞ。使った事があるだけで、使い熟せてはいないからな」
「え?途端に不安になるんだけど?」
「なんだよ?どっちにしろ、ミリは食べないんだろ?」
「それは、そうだけれど」
「まあ、取り敢えず、エビを剥きながら考えるか」
「ニダさん?」
「うん?なんだい?」
「どの香辛料を使うかは、エビを剥きながら考えるって」
「そうかい。剥くのか」
「キロは食べるかな?」
「キロは食べるかだって。キロが食べるなら、キロの兄さん達も食べるよね?」
「そうだけど・・・」
「ニダさんは食べるよな?」
「ニダさんは、ラッカさんが作ったエビ料理、食べる?」
「ああ、戴こう」
「じゃあ、キロ達が食べても良い様に、少し多目に作らせて貰うか。余れば俺が食べるし」
「少し多目に作って、キロ達が食べられたら食べれば良いって。食べなくても、ラッカさんが食べるからだって」
「あ、いや、食べる」
「え?キロ?」
ミリはレントに近付いて、耳に囁く。
「兄さん達に相談しなくても良いの?」
レントが食べるなら、護衛が毒見をしなくてはならないだろう。ミリはそれを心配した。レントも「うん」と囁き返す。
「ニダさんが食べるなら大丈夫」
最近はニダが食べた物なら、護衛が毒見をしない内にレントが食べたりしていた。もちろん護衛の二人は、良い顔はしていない。
そしてそうは答えたけれど、干物に慣れた護衛達なら、毒見の必要がなくても食べるかも知れないと、レントは思ってもいた。
エビの頭を取って、尾の殻を剥く。それに数種類の香辛料を塗して、油を熱した鍋に入れた。
「美味しそうな臭いだね」
「そうだろう?」
「そうだろうだって」
「だが、香りの立ち方が、思ってたのと少し違うな」
「そうなの?」
「ああ。近縁種って言われてるやつを使った事あるんだが、本物に近い香りの気がする」
「そう言われればそうね。油の所為?」
「干し方を工夫して、香りを本物に近付けられた物があるから、それの所為じゃないかい」
「え?干し方?ニダさんが干したのか?」
ミリはラッカの質問に、答えるのに躊躇した。
「ミリ?通訳してくれよ」
「あ、うん。その、ニダさん?」
「うん」
「ニダさんが干したのかって」
「そうだよ」
「生で手に入れたのか?」
「私が育てたからね」
「ニダさん」
「育てた?」
「ニダさん?バラしちゃって良いの?」
「なんでだい?構わないだろう?ミリ達も知っているのだし」
「ミリ?ニダさんが育てたって言ったのか?」
ラッカの質問に、ミリは小さく溜め息を吐いてから、「ええ」と答える。
「でも、他言無用よ?」
そうは言ったものの、ニダが香辛料を作っている話は、直ぐに広まってしまいそうだと思えて、ミリはもう一度溜め息を吐いた。




