塩を買いに行く道で
船長のワと食料責任者のラッカ、そして干物生産者のニダが話を進めて、ニダはエビやカニを獲りに、ワとラッカは塩を買い付けに隣の漁村に、それぞれ向かう事になった。ワはミリに通訳をさせる積もりで、レントもワとラッカとミリに同行する。
ただしその決定に当たり、ミリの意見は訊かれていなかった。
隣の漁村、お嬢様と呼ばせるビーニの村に向かう途中、続いていたレントとラッカの会話が一段落すると、その通訳をしていたミリが視線を少し下げて、考え事を始める。
それに気付いたレントが、遠慮がちにミリに声を掛けた。
「あの、ミリ様?」
ミリは顔を上げて、レントに笑顔を作って向けた。
「なに?キロ?」
「あ、え~と」
レントは上位者のミリ・コードナに対しての会話の流れを考えていたけれど、キロと呼ばれて思考を平民言葉に切り替えたので、用意していた質問文が頭から飛んでしまう。それなので質問は端的になった。
「考え事?」
ミリは真面目な表情を浮かべ、「うん」と肯く。
「先ず、コーカデス伯爵様に断りもなく、塩を売って貰えるのかな?」
「ああ、それは大丈夫だと思うけれど、ラッカさん達は罪に問われないよね?」
ミリはまた「うん」と肯いて、今度は小声でレントに返した。
「正当な金額を払うなら大丈夫。密売と知ってて、値切ったり脅し取ったりしなければ、買い手の罪にはならないから」
「密売?」
ミリの小声をワが聞き取った。
「ミリ?密売なんてダメだぞ?ソウサ商会にも影響する」
「違うよ、船長。レント殿?口止めしますので、二人には話してもよろしいでしょうか?」
「あ、でも、殿下のご命令は、大丈夫でしょうか?」
「あの場の事は話しませんから大丈夫です」
「そう、ですか。、分かりました。お任せします」
「なにが大丈夫なんだ?キロが密売してるのか?」
ワが二人の前に立ち塞がる。その隣では、ラッカが腕を組んで二人を見下ろした。
「ワ船長、ラッカさん。他言無用を誓える?」
「いいや、ダメだな。犯罪に加担する気はない」
「いいえ。コーカデス様は犯罪捜査をしていて、私はそれを手伝ってるの」
「え?そうなのか?」
「ええ。それなので、二人に言い触らされると、調査が妨害されるので、他言無用にして欲しいのよ」
「そう言う事か。分かった。それなら協力してやる」
肯くワの様子に、ラッカが呆れて肩を落とす。
「いや、船長?面白がったらダメだからな?」
「面白がってなんかないだろう?」
「ミリには作戦があるんだろうから、俺達が変に絡むと、ミリとコーカデス様の邪魔になるんじゃないか?」
「こうやって話をするんだから、俺達を巻き込むのもミリの作戦なんだろう?なあ?ミリ?」
「巻き込むって言っても、普通に塩を買う交渉をして貰えば良いだけだから。巻き込む積もりはなかったから、コーカデス様と小声で話していたのだし」
「密売って、塩なのか?」
ラッカの質問にミリは「分からない」と返した。ミリにはラッカにもワにも、余計な情報を与える積もりはない。
「密売はないかも知れないし、色々あるかも知れないから」
「なるほどな。それで身分を隠して、そんな服装なのか」
「うん。なので、二人は普通に交渉して。別に塩以外にわざわざ商談を膨らませる必要はないからね?もちろん船に取って必要なら、他の物も買って貰って構わないから」
「ああ、分かった」
「ああ、そうするよ」
再び歩き始めてからミリはレントに、ワとラッカとの会話の内容を説明した。
一通り説明してから、ミリはもう一つの懸念をレントに伝える。
「それからね?キロ?お嬢様の私への態度も気になるんだけど、私がいる事で塩が売って貰えなかったりしないかな?」
「それは、大丈夫だとは思うけれど。塩の管理は村長だけど、自分の娘が何かを言ったからと言って、取引に影響はないと思うよ?」
「そう?」
「塩の生産量はまだ増やせるから、取引先が増えれば村の利益にもなるし」
「それもあるけど、子供が私を悪魔の子って言うなら、その親も言うから」
「え?そうなの?」
「普通は親が言うから、子供も親の真似して、そう言うのだし」
「何の事だ?」
ワが歩きながら振り返って、ミリとレントに尋ねた。ラッカも二人を振り向いて、歩きながら見ている。
「悪魔の子って聞こえたぞ?」
「いつものよ、ワ船長。この先の村でも、ミリって名前から、悪魔の子って言われたの」
「またかよ」
「根深いよな」
ラッカの言葉にワは「ああ」と肯いた。
「ラーラを」
「ラーラ様な?」
ラッカの指摘にワは目を細めて「ああ」と返す。
「ラーラ様を悪魔なんて、神殿のやつら、いい加減にしろってんだ」
「神殿の神官は言ってないわよ?」
「だが、信徒が言ってるのを放って置いてるんだろう?」
「同罪だな」
ミリに返したワの言葉に、ラッカもそう言って肯いた。
「でも、この先の村の子が信徒かどうかは分からないからね?」
「どっちにしろ、胸クソ悪いのには違いない」
「そうだな」
「でもね?本人達は、ミリって名前を付けられた私を心配してる場合もあるから」
「分かってるよ。憐れんで、余計な事を言って来たりするんだろう?どっちにしても、胸クソ悪い話だ」
「だが、俺達が騒いでも、話が拗れるだろうな」
「そんなのは分かってる」
ラッカの言葉にワは顎を上げてそう言うと、鼻を「ふん」と鳴らす。
「そう言や、コーカデス様は神殿信徒じゃないんだよな?」
「え?どうだろう?」
「違うんじゃないか?魚を食べるし」
「そうだよな。違うよな」
「あの、え~と、レント殿?」
「はい、ミリ様」
「レント殿は神殿の信徒ですか?」
「え?どうでしょう?」
「え?ミリ?どうでしょうってどう言う事だ?」
「待ってよ、いま訊くから。レント殿?どうでしょうとは?」
「神殿には行った事はありませんし、生まれた時に祝福も受けなかった筈ですが、信徒なのでしょうか?」
「祝福・・・レント殿は生まれは王都ではなかったのですか?」
「はい」
「そうか。私より先ですから、王都の暴動で、母君は領地に帰っていらしていたのですね」
「いや、まあ、そうですね」
「違いましたか?」
「いえ。どうも暴動の前から、母は領都で暮らしていた様なのです」
「あ、ああ、そう、そうでしたか」
レントの言葉とその態度に、レントの曾祖父が王冠と当時の宰相とを傷付けた話を思い出し、ミリの口調が少し乱れた。
「ミリ?」
「え?なに?船長?」
「コーカデス様には悪魔の子とか、言われてないんだろな?」
「うん、もちろん」
「なら、どっちでも良いか」
肯くワの様子に、ラッカがまた呆れて肩を落とす。
「自分で訊いといて。コーカデス様はそんなヤツじゃないって」
「ラッカの判断基準なんて、当てになるかよ。食べ物の好みが自分と合うかとかだろ?」
「でも、当たるだろ?」
「いいや。俺は俺の勘を信じる」
「それで?船長?コーカデス様は大丈夫でしょ?」
「・・・まあな」
渋い顔をしながらも、ミリの言葉に肯くワの様子に、ミリとラッカは笑った。
「あの、ミリ様?どうしたのですか?」
「ワ船長も、レント殿を気に入った様です」
「そう言う訳じゃない」
「でも、コーカデス様を信じるんだろ?」
「俺が信じるのは、俺の勘だ」
「そうかよ」
ワとラッカの遣り取りを見て笑ったミリは、視線に気付いてレントを見た。
「ワ船長の勘が、レント殿を気に入ったそうです」
そのミリの言葉にラッカはふっと笑いを漏らし、ワは「ちゃんと訳せ」と文句を言う。
その二人を見てからミリはレントに視線を戻し、微笑みを浮かべて小さく肯いてみせた。




