干物を求めて
小舟の上に、手を振る人影が見える。
「手を振っているの、ワ船長だよね?」
「ホント?キロ?」
「うん」
「見えるの?」
「え?うん」
レントに言われてミリも良く見てみるけれど、まだ誰だかは分からない。取り敢えずミリは、「おーい!」と叫びながら手を振ってみた。レントもミリの真似をして、「おーい!」と手を振る。
「おーい!ミリー!」
自分の名を呼ぶ声が微かに聞こえて、ミリは「ホントだ」と声を漏らす。
「キロの言う通り、ホントにワ船長だ。おーい!」
「一緒に乗ってるの、ラッカさんだよね?」
「え?そうなの?」
「そうだよ。おーい!ワ船長!ラッカさん!」
レントの声に、もう一人も手を振って返した。
レントの言う通り、小舟には船長のワと船の食料責任者ラッカが乗っていた。
浜辺まで小舟を寄せて、先ず降りたワがミリに近寄る。
「ミリ!良くいたな!お陰で俺の一人勝ちだ!」
「え?一人勝ち?何の事?」
「賭けをしてたんだよ」
ワの後ろから、ラッカが話し掛けた。
「ミリやコーカデス様に会えるかどうかってな。コーカデス様、久し振り」
「久し振りだな、コーカデス様。随分とラッカと仲良くなったそうじゃないか?」
ミリはレントを振り向いた。
「キロ?二人とも、久し振りだって」
「うん。久し振り。二人に会えて嬉しいけど、どうしたの?」
ミリはワとラッカを振り向いて、レントの言葉を伝える。
「二人に会えて嬉しいって言ってるけど、今はお忍びだから、コーカデス様の事はキロって呼んで」
「キロ?」
「そうか。キロか」
ワは眉間に皺を寄せ目を細め、ラッカは眉尻を下げた。
「うん。それでどうしたの?トラブルでもなさそうよね?」
ミリの言葉にワの眉間の皺が深くなる。
「トラブル?何でだ?」
「トラブルじゃないさ。コーカデスの干物の話をしたら、船長が寄ってみようって」
「そうなの?」
ミリが小首を傾げてワに訊くと、ワは「ああ」と肯いた。
「昔ならコーカデスに立ち寄るなんて考えなかったけどな。ラッカがキロ様を気に入ったみたいだし、美味いもんがあるなら寄っても良いかってな。それでミリもいたお陰で、大儲けだ」
「俺も、キロ様に会える事には賭けたんだけど、まさか本当にミリまでいるとは思わなかった」
上機嫌に笑うワの横で、ラッカが項垂れて首を振る。
「あはは、ごめんね。それとキロには様は付けないで。キロもあたしも平民だから」
「お、そうか」
「それでその服装なんだな。分かったよ」
二人が肯いたので、ミリも肯き返し、レントとニダに顔を向けた。
「キロが話した干物を見たくて、寄ってみたみたい。トラブルではないって」
「そうなのか」
「ミリは通訳が出来るんだね?」
「え?」
ついいつもの様にワ達と話してしまったけれど、ニダに指摘されてミリは内心で少し焦る。
しかしワ達がいる限りは、誤魔化しても話せる事は露見してしまっただろう。
そう考えたミリは笑みを作って「うん」とニダに肯いた。
「勉強したからね」
「そうなのかい。大したものだ」
笑い返すニダに対して、今更だけれど嘘の身分を騙っている事に、少し後ろめたさを感じたミリは、ニダから顔を逸らしてワ達に向いた。
「買い付けに来たの?」
「味を確かめさせて貰ってからだけどな」
「でも在庫とか、余りなさそうよ?」
「分かってるよ。だから注文して置いて、次の航海で買うのさ」
「え~?前金?」
「最初は全額預けても良い。でも量が増えたら前金は半分だな」
「ニダさん」
ミリはニダを振り向いて、「あ」と声を漏らすと直ぐにまた、ワ達に顔を向ける。
「こちらの人がニダさんね」
ニダをワとラッカに手で示してから、ミリはまたニダを向き、今度はワとラッカを手で示した。
「ニダさん、あの船のワ船長と食料責任者のラッカさん」
「よろしくな、ニダさん」
「よろしく、ニダさん」
ワとラッカが手を伸ばす。ニダは先ずワの手を握る。
「こちらこそ、よろしく、ワ船長、ラッカさん」
続いてニダと握手をしたラッカに、ミリが話し掛ける。
「それでね?ニダさん一人で干物を作ってるから、量は揃わないかも知れないわよ?」
「構わない。そうしたら俺達で食べる分だけ、売って貰うから」
「え?もしかして、転売する積もりだったの?」
「ここで仕入れられるなら、わざわざ運んで来なくて済むからな」
「わざわざ立ち寄って?」
「買いに立ち寄るかどうかは品質次第だが、キロが美味いって言ってたから、まあ、大丈夫だろう」
ミリはニダを振り向いた。
「キロが美味しいって言ってたから、ニダさんの干物を味見したいんだって。それで味が合えば、ニダさんが作れる範囲で売って欲しいって」
「そうかい。でも干物の為にわざわざ停泊するのかい?」
「ここは塩も手に入るだろう?干物が駄目でも、塩を仕入れたい」
ニダの言葉を聞き取ったラッカが、ミリの通訳を待たずにそう答える。
「干物だけじゃなくて、塩も買いたいって。塩も売ってるの?」
「それは隣村だね」
塩の直接取引を領主であるコーカデス伯爵が許しているのか気になったけれど、この場でレントに確認する訳にもいかない。それなのでミリはただ、「そうなのね」と肯いた。
「それは隣村だって」
「遠いのか?」
「そこそこね。距離はそうでもないけれど、道が砂地だから時間が掛かるから。今から行けば、日が高い内に戻って来られるけれど」
「なら、案内してくれ、ミリ」
「いや、船長。ミリの都合もあるだろう?」
「だが、塩を買うなら、最初は通訳がいた方が良いじゃないか?」
「それはそうだが、もしかして、ミリがいる事に賭けたのは、ミリを頼る為か?」
「もちろん。俺の運の強さで、ミリを呼び寄せたんだ」
「なに言ってんだよ」
「なに言ってんのよ」
「どうしたの?」
ミリとラッカが呆れた様子を見せたのを感じて、心配したレントが口を挟む。
「塩を買うのに、あたしに通訳で付いて来て欲しいんだって」
「それなら俺も行くよ」
レントが間髪入れずにそう言った。それにニダが肯く。
「じゃあ、みんなで行っておいで」
「え?ニダさんはどうするの?」
「エビを獲って来るよ。船長さん達もいるかい?」
「エビが獲れるのか?」
ニダの言葉を聞き取ったワが訊いた。ラッカは後ろの海を振り向き、エビがいそうもない事に首を傾げる。
「しばらく先に岩場があるのさ。潮溜まりで、小エビや小ガニが獲れるんだよ」
「それなら頼む」
「それなら頼むって」
「じゃあ、多目に獲って来るよ。いたらね」
「いたら多目に獲って来るってさ」
「そりゃあ楽しみだ」
「でも、船はどうするの?暗くなってから動かすの?」
「今日はあのまま停泊させる。だから、エビはここで食べさせてくれ」
「船員達は良いの?」
「ニダさん一人で獲るなら、船員の分は足らないだろう?船長特権だな」
「俺は食料責任者特権だ」
「良いのかな?」
ミリが困った顔をするので、レントがまた心配した。
「あの、大丈夫?」
「うん。ニダさん?」
「なんだい?」
「エビが獲れたら、ここで食べさせて欲しいんだって」
「ああ。構わないよ」
「ニダさん、ありがとう」
「ありがとう、ニダさん」
「ありがとうだって」
笑顔のワとラッカに、ニダも笑顔を返した。




