船影
翌日は、ミリもレント達も干物の生産者ニダの畑仕事を手伝った。とは言っても、ニダ一人の為の野菜を作るだけの畑なので、それほどやる事はない。用水路から水を汲んで、畑に撒くくらいだ。
「みんなのお陰で、今日の仕事はもう終わったよ」
ニダが苦笑混じりにそう言った。
「この後は何するの?」
ミリの質問にニダは「なにも」と返す。
「食事の後片付けも終わってるし、食事の支度もまたみんなに手伝って貰えば、大した事はないし。やるとしたら、あとは昼寝くらいかな?」
「いつもは暇な時って、何かしてるの?漁の準備とか?」
「網の手入れは昨日の内に終わったからね。みんなに手伝って貰ったから。今は船の修理もいらないし」
「そうなのね」
少し詰まらなそうな顔をミリがした。その様子を見たレントは、ニダに尋ねる。
「この間尋ねて来た時も、俺達とおしゃべりしたりして過ごしたけれど、村の中心の方に行ったりもするの?」
「滅多に行かないね」
「そうなの?どうして?」
「どうしてって、用事がないからね」
「俺達が来ない時も?」
「そうだけど、その質問はなんでだい?」
「いや、ここに一人って、なんて言うか、その」
「寂しくないかって事かい?」
「うん」
「暇なら暇で、干物の研究をしてるからね。寂しいって事はないよ」
「そうなのか」
「それに村人達からは、鼻つまみにされてるし」
「ハナツマミ?」
レントはその言葉を知らなかった。
「ああ。偏屈だと思われてるから、関わらない様にされてるんだよ」
「あ、確かに、あ、いや、ごめん」
「いいよ。慣れてるから」
「違う違う!俺がニダさんを偏屈だと思っているのではなくて、初めてこの村に来た時に、村人達の何人かがニダさんの事を偏屈だって言っていた事を思い出したんだ」
「まあ、肥料も作らず、大昔通り、干物や煮干しを作って暮らしているからね。そんな人がいたら、偏屈に思うだろうね」
そのニダの言葉に、レントもミリも肯きも否定も出来ない。
「そうだね・・・ミリはエビやカニも食べないよね?」
「え?うん。なんで?」
「この先で獲れるから、キロ達は食べてみるかい?きっと食べた事ないよね?」
「ニダさん?エビとかカニとかって、どんななの?魚ではないんだね?」
「う~ん、どんなのって言葉で表現したのを聞くと、食べたくはなくなるだろうね」
「え?どんななの?」
「味は美味しいけれど、見た目は魚より悪いからね」
「え?それって、見た目は美味しくなさそうって事だよね?」
「そうだね。食べられるって知らない人は、食べようなんて思わない見た目だね」
「ええ~?」
「まあ、暇だし、獲って来てみるよ。獲れないかも知れないしね」
「あたしも行って良い?」
困った顔をしているレントの隣で、ミリが前に一歩踏み出した。
「良いけど、ミリは食べないんだろう?大丈夫かい?」
「王都の港の傍で、獲った事あるから、大丈夫よ?」
「え?ミリ?王都で獲れるの?」
「うん、キロ。港で船が停まってる所の少し先が岩場になってて、そこでエビもカニも獲れるの。でもニダさん?砂地でもカニは獲れるって聞いた事あるけど、エビも獲れるの?」
「この先の岬の向こう側は、岩場なんだよ」
「え?」
「そうなの?」
「ああ。そこを降りた所で獲れるんだよ。あ~、でも、ミリやキロには危ないかな?」
「え?どうして?」
「波が荒いの?」
「そうでもないけれど、岩場は足を滑らせ易くて、海に落ちたりするからね」
「そうなのか」
「落ちたら上がれないの?」
「いや、泳げなければ駄目だろう?」
「あたし泳げるよ?」
「え?ミリ?泳げるの?」
「うん」
ミリは護身術の一環で、水泳も習っている。ミリが泳げる事を知って、レントの心に僅かに影が差した。
「川や湖でしか泳いだ事ないけど、海の方が体が浮くんでしょ?」
「そうだけど、波は慣れないと危ないよ?」
「もし落ちても、助けて貰えるまで浮いてれば良いんだから、大丈夫」
「波次第ですね」
護衛隊長が口を挟む。ミリが振り返ると、護衛達が渋い顔をしていた。レントの護衛も困った顔をしてミリを見ている。
「取り敢えず、先ずはどれくらいの波なのか、見てみましょう」
笑顔でミリがそう言うと、護衛達は渋々と肯いた。
ニダが先導して、皆で岩場を目指す。
その途中でレントが「あ!」と海を指差した。
「船だ!ミリ!船だよ!」
「え?あれ?」
「え?見えない?」
「見えてるけど、あれ、ワ船長の船じゃない?」
「え?!ラッカさんの?!」
ミリに言われてレントは船を振り向いて、良く見ようとするけれど、船長のワと食料責任者のラッカの乗っている船の特徴が思い出せない。ミリにそうだと言われればそんな気もするけれど、たまたま知り合いが乗る船が通り掛かる偶然をレントは信じ切れなかった。
ミリが「あれ?」と声を上げる。
「手前に小舟がいない?」
「どれ?あれ?本当だ。どうしたんだろう?何か落としたのかな?」
「ううん。上陸して来る気じゃない?ほら、本船は碇を下ろしてるし」
「そうなの?こっちに来るの?」
「ニダさん?この辺りって他国行きの船が立ち寄るの?」
「いいや。聞いた事もないね」
「そうすると緊急事態かも」
ミリの言葉にレントと護衛達が驚くが、ニダは「そうだね」と肯いた。
「船そのもののトラブルでなければ、食中毒か伝染病か」
「伝染病なら上がって来ない筈。小舟で近寄って来ても、途中で止まってクスリを欲しがるかも」
「そうか。そうだね」
ミリには食中毒も考え難かった。ワ船長の船はソウサ商会から食料品を調達した筈だ。ついこの間まで港にいた筈だから、食料品が傷んだとは思えない。それに食品が万が一傷んだとしても、ラッカが食品の管理をしているのだから、食中毒が起こるとはミリには思えなかった。
「知り合いの船なの。ニダさん。あたし、見てくるね?」
「一緒に行くよ。手伝える事があるかも知れない」
「俺も手伝う」
そう言うレントをミリは止めるかどうするか迷った。
もし伝染病だったなら、コーカデス家の跡取りのレントは近付けてはならない。でもそれを口にすれば、それを聞いた護衛達にミリも止められそうだ。
少し悩んでからミリは、結局「うん」と肯いた。




