香辛料の出所
茹でた小魚を干し台に並べる。干し台の四隅には柱が立っていて、干物の製作者ニダはその上に網を被せた。
「これは虫除け?」
ミリの質問にニダは「そうだね」と返す。
「砂浜には虫が滅多にいないから、鳥除けだね」
「鳥が寄って来るの?」
「ああ。台に柱を立てて網を持ち上げるのも、鳥対策だよ」
「そうか。鳥に啄まれない様にしてるのね?」
「そうだよ。この網に載れる様な鳥なら、この高さで嘴が届かない。嘴が届く様な鳥なら、網に足を取られて逃げられないから、晩ご飯のおかずになる」
「柱の先端が球状なのも、柱に鳥を立たせない為?」
「どちらかと言うと、この方が網が傷まないからだね」
「そうなのね」
感心した様子のミリの横で、レントは首を傾げた。
「でもニダさん?干物を作る時は、網を掛けてないよね?」
「あれは売り物ではないからだよ。干物も売り物には網をしていたよ」
「そうなの?」
「ああ。まあ、鳥が干物を好まないのもあるけれどね」
「そうなの?」
「塩っぱくて、嫌なのかもね。滅多に突かれたりしないよ」
「あとは見た目かも?」
ミリの言葉にレントは「見た目?」と首をまた傾げる。
「うん。煮干しは魚の形をしてるけど、干物は平らくて魚じゃないみたいじゃない?」
「そうかな?でも、臭いで食べ物と分かるのではないかな?」
「でも煮干しは臭いけど、干物はそんなに臭わないでしょ?」
そのミリの言葉にニダが笑う。
「煮干しも出来上がったら、それほど臭いはしないよ」
「そうなの?」
「ああ。茹でている時は臭いが強いけれど、煮干しは干物より乾燥させるから、出来上がれば干物より臭いがなくなるよ」
「そうなのね」
「そう言う意味だと、乾燥して臭いが薄れても鳥は煮干しを狙うから、確かに臭いではなく見た目で、食べ物かどうかを認識しているのかも知れないね」
「そうなのか」
「そうなのね」
レントとミリが納得した様子に、ニダは笑顔を向けた。
煮干し用の小魚を干し終わってから、ニダの案内でミリとレント達は畑に出向く。
「この辺りに生えてるのは香辛料だね」
「これが?」
ミリは香辛料は知っていたけれど、それがどの様な植物から採れるのかは知らなかった。それは国家機密とされていて、他国には漏らされない筈の情報だった。
「あと、あそこの木陰のとか、あっちの砂地の方のとか」
「砂地に生えるの?」
「元々が雨の少ない土地に生えているから、水捌けが良いところの方が良く育ってくれるんだ。風通しが良い場所も好みらしい」
「現地を見て、それを再現してるのね?」
「まあね」
ニダの説明にレントが尋ねる。
「でもニダさん?そんな風に育つ場所が違うのに、同じ国に自生してるの?」
「自生はしてないよ」
「そうなの?」
「ああ。よその土地から奪ったそうだよ」
「え?」
「本当なの?」
ニダの言葉にレントもミリも驚いた。
「ああ。遠い場所の香辛料を集めたそうだよ。その時に種や苗と一緒に、その土地の住民も全員攫って来て、香辛料の作り方から独占したそうだ」
「それは、知らなかったわ」
「そうだろうね。これも国家機密らしいから」
「それならなんでニダさんはそれを知ってるんだ?」
「作ってる人達に聞いたんだよ。その人達は先祖が攫われて、連れて来られた事を忘れてはいない」
「そうなのか」
「ああ。その人達は奴隷の様な扱いを受けてるし、今でも恨みを持ち続けているんだ」
「奴隷?」
「何故?香辛料は高い値段で取引されてるじゃない?それを作ってるなら、裕福ではないの?」
「作り方を知っているから、その土地を離れる事は許されない。そして土地に縛り付ける為に、衣食住が最低限に制限されているんだよ」
「そんな」
「逃げられないの?」
「ああ、そうだよ」
ニダの淡々とした話に、ミリもレントも言葉を失う。
「香辛料作りは今は分業化されていて、領地を跨いで行われている。各地の領主は自分の所の行程は把握しているけれど、自分が何を作っているのか知らなかったりするらしい。香辛料作りの全貌を理解しているのは、国の一部の人間だけの様だね」
「それは、香辛料の製造方法を秘密にする為ね?」
「そうだろうね」
「それなら何故ニダさんは、製造方法を知っているんだ?」
「一つ一つを遡ったんだよ」
「遡るって?」
「輸出の為に港に集められた香辛料が、どこから運ばれて来るのか辿って、最終加工する所から、乾燥や焙煎をしている所、そして植物を育てている農園にまで辿り着いたんだよ」
「それ、咎められなかったの?」
「国家機密だよね?」
「そうだね。各地の工場や農園で働いたけれど、どこでも単なる労働力としてしか扱われなかったからね」
「国家機密なのに?」
「あはは。領主なんて領民を数字としてしか見てないだろう?」
「え?」
「そんな事ないと思うけど?」
「でもあそこはどこもそうだったよ?子供が育って働き手が増えても、怪我や歳で働き手が減っても、プラスマイナスが合ってれば、人が入れ替わったとは考えない。実際に、領民一人一人を全員覚えられる訳もないしね」
そう言ってニダは、少し微笑みを浮かべながら、レントとミリを見詰めた。




