42 メリット
「バル。私と結婚するメリットは?」
「え?メリット?」
「そう。バルに何らかのメリットがあるから、私と結婚しようって思ったんでしょう?」
「え~と、ラーラに取ってのメリットじゃなくて、俺のね?」
「ええ」
ラーラは、ラーラと結婚してもバルにはメリットがないと思っていた。デメリットしかない。挙げられるものなら挙げてみろと思う。
「愛しているラーラと一緒に暮らせる」
ラーラが「はあ」と小さな溜め息を吐く。
その言葉に呆れた筈なのに、その言葉に喜んでいる自分もいて呆れる。
「バル。さっきも言ったけど、私はバルの思いを受け取れない。私はバルとは男女の仲にはなれないのよ。もちろんバル以外ともだからね?」
「何度も言わなくても良いよ。分かっているから」
「そうすると私はバルの子供も産めないって事よ?分かってる?」
「分かっているから。言わないで良いから」
「触られるのも怖いから、もうダンスも踊れないし、エスコートして貰うのも無理よ?」
「分かってる」
「さっき私の腰とか腕とかの感触が好きって言ってたじゃない」
「そうだけれど、ラーラには触れないから。信じてくれ」
「そう。それならこれはどう?私がバルの奧さんになったら、バルが他の女性と夜を共にするのも許さないわよ?」
「当たり前だろう?!」
「夜を共にって言ったけど、朝や昼でもよ?」
「それも当たり前だけれど、なんで?なんで俺はそんなにラーラに信用がないの?」
「だって、バルは女好きって噂だし」
「噂?交際練習として俺と直接交流があったのに、それなのに噂の方を信じるのか?それとも俺ってラーラから見たら、噂通りだったって事なのか?」
「だって、私だって女だし」
「ん?まあ良く分からないけれど分かった。俺が去勢でもすれば良いか?」
「え?」
「あ!良いかも知れない。俺が男でなくなれば、ラーラは俺への恐怖が減るだろう?一緒に暮らし易い」
「そんな馬鹿な事、言わないでよ。バルは騎士になるんでしょう?男を止めたらなれないじゃない」
「筋肉は付きにくくなるらしいけれど、女性の騎士はみんな近衛になるからな。俺もその扱いをして貰えて近衛になれれば、収入も上がってラーラにも楽をさせられる」
「馬鹿は止めて」
「いや、単なる思い付きだったけれど、それこそメリットしかないじゃないか?」
「止めてったら!私にこれ以上罪を重ねさせないでよ!」
バルはラーラの剣幕に驚いて、「罪?」の言葉は息を飲みながらになった。
泣きそうなラーラの顔に怯みながらも、バルは息を整えてゆっくりと話した。
「そう言えばさっきも罪を重ねるって言っていたな?」
ラーラは俯いて、バルから視線を逸らす。
「ラーラ。俺と結婚するかどうかは置いて置いて、俺がラーラと結婚したいと思っている事は信じてくれないか?ラーラを騙そうなんて思ってはいない」
「バルは冷静さを失っているとは思ってる」
「それでも良い。冷静さを失っておかしくなっていてもおかしいなりに俺はラーラが好きだ、なんて言われてもラーラは嬉しくないか。困ったな」
バルがセルフ突っ込みをしたので、ラーラは口を出すタイミングを失った。
「ラーラ。結婚してくれなくても良い。俺の気持ちを受け入れて貰えなくても良い。でも、俺がラーラを愛していると言うのは信じて欲しいんだ」
「・・・でも・・・」
「分かった。それなら、俺がラーラを大切に思っていると言うのは?」
「それは、うん」
「俺がラーラを好きだと言うのも信じて貰える?人として好意を持っているって」
「うん。あの、私もバルを大切に思ってるわ」
「ああ、知っているし、信じている」
「それに私も、その、バルが好きよ、あの、人として」
ラーラは日和った。それでもバルは喜びを顔に浮かべた。
「・・・嬉しい。好意は持たれていると信じていたけれど、ラーラの口から言われると、とっても嬉しい」
「あの、人としてね?人として好きなんだからね?」
「分かっているよ。でもありがとう」
「あ、うん」
「俺もラーラが好きだよ」
「あ、うん。その、ありがとう」
ラーラは失敗を悟る。
バルに向かって好きと言うのも、バルから好きと言われるのも、嬉し過ぎて大切な事が考えられなくなりそうだった。大切な事を手放して、バルだけを見ていたくなる。このままでは、バルに愛されたくなってしまう。
しっかりしなければ、と思ってラーラは歯を食いしばる。バルの話に流されたら、バルは破滅だ。そう思うと、スッと頭が冷えた。
ラーラが冷静さを取り戻した事がバルにも伝わり、バルも笑顔を引っ込めて、真面目な表情でラーラを見詰めた。
「俺が無闇にラーラを傷付けないって言うのも信じて欲しい」
「・・・うん」
「ありがとう。ただ、ラーラを傷付けてしまう事も口にする。俺の行動で君を傷付ける事もあるだろう。しかし傷付けると分かっていてそれをする時は、ラーラと俺にとってそれが必要なんだと俺が思っているからだ。君を傷付けてでも、やらなければならない事があると、俺は思っている」
「・・・うん」
それはラーラも一緒だった。
バルがリリと幸せになる事をラーラは本当に望んでいたけれど、そうなったらラーラは自分勝手に傷付いただろう。そして万が一、その事にバルが気付いたら、バルも気に病んだ筈だ。
今だって、愛していると言ってくれたバルとの別れを決めている。バルが傷付くと分かっていてもだ。
「信じてくれる?」
「ええ。信じるわ」
「ありがとう。俺はね、ラーラ。ラーラも俺の為に、俺が傷付いても、言ったり行動したりしてくれる事は、知っているし信じている。それでラーラ自身がどれ程傷付いても」
バルは「お互いだ」と微笑んだ。
ラーラの取り戻した筈の冷静さが揺らぐ。
「交際練習を止めるのも、別れを告げる言葉も、俺がラーラを愛していると言うのを受け入れてくれないのも、俺との結婚を考えてくれないのも、全て俺を思ってだよな?」
「違うわ」
「でも、俺を好きなんでしょう?」
「人としてよ?」
「分かっているよ。でもラーラは訳もなく人を傷付けたりしない。俺が好きだから、俺の事を思ってくれているんだよな?」
「違うわ。私の為よ」
「ラーラ。それは嘘だ。頼むから嘘はやめてくれ。今は俺の人生が掛かっているんだ。俺の為に頼むよ」
「・・・その言い方は卑怯よ」
「分かっている。でも効果抜群だろう?今は二人きりにして貰えているけれど、いつまで許されるか分からない。時間があるのか分からないから、卑怯な手段も使う。でも俺はラーラに嘘は吐かない。傷付けても本当の事を言うと決めた」
「バル」
「ラーラ。俺は今ラーラを手放せば、二度とラーラを手に入れる事は出来ないと考えている。ラーラの心を手に入れる為なら、ラーラを傷付けても構わない。ただし弱味に付け込む様な事は絶対にしない。それは信じて貰える?」
「・・・うん」
「何かを無理矢理に聞き出したりもしない。言いたく無い事は言わなくて良い。けれど嘘は止めてくれ」
「・・・でも・・・」
「ラーラ。ラーラの負けだよ」
「え?負けてないわよ?何の事?いきなり何?」
「嘘を吐く積もりなら、嘘は止めると言うべきだった。ラーラが嘘を吐かないと俺が思っていれば俺を騙せるからな」
「あっ」
「つまり躊躇った事で、ラーラが嘘を吐く意味がなくなったよな?」
「そんな、でも、あっ、それが、私はバルに嘘を吐かないと信じさせる作戦かも知れないわよ?」
「それならその事を言ったら駄目だろう?」
「あっ」
「ラーラ。時間が惜しい。頼むから嘘は吐かないでくれ。お願いだ」
「・・・これで私が嘘を吐かないって言えば、バルはそれを信じられるの?」
「もちろんラーラを信じる」
「そう。分かったわ。確かに私の負けみたい。バルには嘘を吐かないわ」
「ありがとう」
「でも私が負けたのは嘘を吐かないって言わせられる勝負で、本当に嘘を吐かないかは別の話だからね?」
「ああ、分かったよ。それで良いさ」
「本当なんだから」
バルはラーラが近くに戻って来た様に思えて、ラーラの拗ねた顔が見られたのが嬉しかった。
そして、ラーラを手放す事なんて絶対に出来ないと、改めて思った。




