計画的犯行
「焼き始めてしまったから、食べてからにしようかね?」
干物の生産者ニダの言葉に、ミリは立ったまま「食べてから?」と返した。
「ああ。後で畑で作っている物を案内するよ」
「全部って言ってたけど、香辛料、何種類も作ってるの?」
「そうだよ」
ミリはまだ焼いていない干物を一枚、手に取る。それを鼻に近付けた。
「もしかして、五種類くらい使ってる?」
「鼻が良いね。七種類だよ」
「七種類とも栽培してるの?」
「ああ。全部で十種類。それには使っていないものもある」
「残りの五種類は分からないけれど、私の知ってるこの五種類は全部、この国では作られていない筈なのだけど」
「そうだね。自然にはこの国に生えてないね」
「ええ。五種類とも厳重に管理されていて、昔から今でもずっと、増やせない様に加工した状態でしか、国外への持ち出しが出来ない様に禁止されてるわ」
「ミリは詳しいね」
「あの?え~と、ミリ?」
レントがミリを見上げながら尋ねる。
「それは、つまりは、密輸品って事?」
「そうね」
「・・・なんて事だ」
端的なミリの返事に、レントは頭を抱える。
密造だけではなく、領内で密輸まで行われていた。密輸なら国家間の問題になる。
焼ける干物の臭いに、レントは眩暈を感じた。
そのレントの様子をニダはおかしそうに見詰める。
「大丈夫だよ、キロ」
「いや、だが、ニダさん?密輸は犯罪ではないか?」
「そうかな?ミリはどう思う?」
「この国の法律だけなら、これらの香辛料を持ち込むのは犯罪ではないわ」
レントのレント口調での「そうなのですか?」の問いに、ミリは「ええ」と肯いた。
「持ち込んではいけない物ではないから。でも、原産国からすると、持ち出してはいけない物になってる。この国の密輸入ではないけど、原産国の密輸出にはなる」
「ホント、ミリは詳しいね。でも、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの?」
「ミリが偽物と言っていたのは、近隣国で見付かった近縁種だろう?」
「そう言い張ってるけれど、原産国側は誰かが持ち出して繁殖させたって主張していて、まだ決着は付いていないわ」
「でも、原種だと言う事も、近縁種ではない事も証明は出来ていないよ」
「ええ。その逆も、いずれの証明も難しいでしょうね」
「ウチにあるのは全て近縁種。近隣国からの持ち出しは禁止されていないからね」
レントの再びの「そうなのですか?」の問いに、ミリも再び「ええ」と返す。
レントはホッと肩の力を抜いた。
そのレントの様子に微笑みを浮かべたニダは、そのままの表情でミリを見る。
ミリは表情を消してニダを見詰めた。
「ニダさんはいつから香辛料を栽培してるの?」
「さあ、どれくらいになるか」
「近隣国で見付かったのより後?」
「それはそうだよ」
「いつ見付かったか、それは知ってるって事ね」
「まあ、それはそうだね」
「連続して次々に近縁種が発見された事になってるけど、いずれに付いても近縁種が発見されてから、この国に持ち込んだのね?」
「当然じゃないか」
「自分で持ち込んだの?」
「・・・色々な国に行ったからね」
「あたし、ニダさんの渡航歴、裏取りしようとすれば出来るけど、大丈夫?」
「・・・大丈夫とは?」
「本当の事、言っといた方が良いんじゃない?」
レントがミリを見上げて、「本当の事?」と呟く。
「・・・ミリは船員とコネがあるんだったね」
「ええ」
「知識もありそうだし」
「それなりに」
「頭も良さそうだ」
「ありがとう」
「鼻も良い」
「あと二種類が分かんないけどね」
「いや、充分だよ。何種類もの組み合わせを並行して作ってた時には、自分でも良く分からなくなって、作り直したりしていたよ」
「十種類もの香辛料があったら、二種類を組み合わせるだけでも四十五通りだものね」
「そうなのかい?計算も速いね」
「何種類くらい試したの?」
「百は試したけど、二種類で四十五なら、大した数、試してなかったんだね」
「でも、その百種類で干し魚を作って、味を確かめたんでしょう?」
「そうだけど、でも、思った味は作れなかった」
「でも、ニダさん。これは美味しいよ」
レントの言葉にニダはまた微笑んだ。
「だけど、本物とはほど遠い」
「本物?香辛料の?」
小首を傾げたミリの言葉に、ニダは首を振る。
「よその国で食べた干物が、とても美味しかったんだよ。独特な臭いがしていたから、香辛料を使っているのかと思って、それで色々試して、再現しようとしていたんだよね」
「全部、その国の香辛料なの?」
「いいや。その国の香辛料は、それには使っていない。現地で手に入れて、試してみたからね」
「違ったのね?」
「ああ、全然違う。これも全然違うけどね」
「でも、ニダさん?これも美味しいって」
「嬉しいよ。ありがとう。でもキロにもいつか本物を食べ欲しいね。そうしたら、同じ様に作りたくなるよ」
「その干物を?俺が?」
「ああ。これを気に入ってくれるくらいなら、きっと作りたくなる」
そう言うとニダはレントに笑顔を向けた。
それからニダは表情を消して、今度はミリを見る。
「それで?ミリは犯罪者として、捕まえようって言うのかい?」
「犯罪の自覚はあるの?」
「まあね」
「え?」
レントがニダの答えに驚いて、思わず立ち上がった。そのレントと目を合わせてニダは、小さく肯く。
「どうやって持ち込んだの?」
「畑を手伝ったんだよ。そうじゃなければ世話の仕方が分からないだろう?」
「え?じゃあ育てようとしてたって事?計画的犯行って事よね?」
「違う違う。たまたまポケットの綿埃の中とか、ズボンの裾の折り返しとかに、種が零れ落ちていただけなんだよ」
「それが、あそこの畑に零れ落ちて、たまたま芽生えたって事?」
「その通りだよ。やはり賢いね」
「呆れたわ。でも、もし見付かったらどうする気なの?この国だって、責められるわよ?」
「まあ、そうならない様に、近隣国に種を播いて来たんだから、大丈夫じゃないかな?」
「え?種を播いたって?香辛料の?」
「そうだね」
ミリが目を見開いた。レントの目も少しずつ大きく開かれていく。
「え?それはつまり?それがさっきの話に出て来た、近隣国産の偽物って?」
「ニダさんが播いて育てたのね?」
「いやいや、違うよ。育てたのは現地の人だからね」
「やっぱり、計画的犯行じゃない」
そう言ってミリは眉根を寄せ、それを聞いてレントは眉尻を下げた。
その二人の様子に、ニダは嬉しそうに笑う。
そして護衛達は、どうしたら良いのか分からずに、しばらく前からソワソワしっ放しだった。




