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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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土の良し悪し

「あの、それで、ミリ?」


 レントがミリを呼び捨てにした事に、ミリの護衛達は身動(みじろ)ぐ。ミリがレントに呼び捨てにしろと言ったのは聞こえていたけれど、それでもやはり気持ちが落ち着かない。


「なに?キロ?」


 ミリが慣れた口調でレントの偽名を呼ぶ。その事に、やはり平民の血の所為で気易いのではないかと、レントの護衛達は思った。


「手が汚れる」

「大丈夫。払えば平気」


 そう言ってミリは手を叩いてから、手のひらを広げてレントに見せた。


「ね?」

「あの、ミリ様?少し待って頂いてもよろしいでしょうか?」

「え?どうしたのですか?レント殿?」

「いえ、何と申しますか、その・・・ミリ様が平民の振りにとても、その、慣れていらっしゃる様に思えまして」


 レントの言葉にレントの護衛達は、肯いてしまわない様に体に力を入れた。ミリの護衛達は眉間に皺が寄ってしまわない様に、顔に力を入れる。

 ミリは微笑みをレントに向けた。


「私はソウサ家にも出向きますので、平民として振る舞う事もあります。ですから慣れていると言えば慣れていますね」

「そうなのですね」

「ええ」


 ここでもミリに差を付けられるのかと、レントはかなりガッカリした。実はレントはお忍び視察を実施する事になった時に、平民言葉をミリに教える積もりでいたのだ。


「レント殿は特に言葉遣いが丁寧でいらっしゃるから、平民を装うのは大変ではありませんでしたか?」

「あ、いえ」


 レントは大変だったと言うべきか、大した事はなかったと言うべきか、言葉に迷った。


「所作も丁寧ですし、品の良さが出てしまいますよね?」


 レントの護衛達は、ミリが嫌味を言っていると受け取ってしまう。レントの護衛達には、ミリの所作の方が洗練されて見えたからだ。ミリの護衛達にもそう見える。それなのでミリの護衛達は、おっとりとして見えるレントには反射神経が足りないのではないかと疑った。


「もっと素早く体を動かすと、平民っぽくなりますよ?」

「そうなのですか?」

「はい」


 レントはまさかミリからアドバイスを受けるとは思っていなかった。


「こうでしょうか?あ、いや、こうだろうか?」


 レントがしゃがんで土を手に取り、立ち上がるとミリがやった様に手を叩いて土を落として見せた。

 レントが口調を改めたので、ミリも平民口調で返す。


「動きは良いわ。でも言葉は、こうかな、かな?」

「こうかな?」

「そう。そんな感じ」

「はあ、難しい、かな?」

「良い感じ。やはりキロは覚えが早いよね?」

「え~と、そう?」

「うん」

「あの、ありがとう」

「うん」


 ミリの護衛達は、普段と違うミリの様子に戸惑っていた。ソウサ家に付いて行った事のある護衛もいるが、ソウサ家でのミリはこれ程ではなかった様に思っていた。

 レントの護衛達は、レントがミリに汚されていく様に思えて、ジリジリとしていた。


「それで?土を手に取って何を、その、何を確認していたの、かな?」

「今のは最後のかながなくて、してたんだの方が男の子っぽい」

「そうで、そうか」

「うん。で、土の状態を確認してたんだけど、そんなに荒れてないね」

「そうなのですか?」


 レントは思わず素に戻る。ミリはミリ・コードナとしてレント・コーカデスに尋ねる事にして、口調をレントに合わせた。


「ええ。ここは最近までは、農業が行われていたのでしょうか?」

「いいえ。資料では、かなり前に人がいなくなっている場所ですが、そうですね。その後も畑として使われていたのかも知れません」

「そうですか」


 ミリは周囲を見渡す。そして直ぐ傍を指差した。


「あの辺りには、木が生えて来ていますね」

「あれですか?」

「ええ。もし畑として使っていたのなら、あれらの木は伐られているのではないでしょうか?」

「確かに、そうですね」

「そうだとしますと、ずっと放置されていたのにそれほど土が荒れていない事になりますし、この様な土地なら少し手を入れれば、農地として復活させる事も早そうですね」

「なるほど、確かに」


 レントはもう一度しゃがんで、土を手に取って確かめた。その隣にミリもしゃがみ込む。

 二人の距離が、かなり近い。

 それを見てレントの護衛達は、ミリがコーカデス伯爵夫人の座を狙っているのではないかと考えた。それを企んでいるのならば、コーカデス領まで訪ねて来たのも理解出来る。

 ミリの護衛達も同じ様な事を考えて、危惧をしていた。勉強ばかりで遊ぶ事もなかったミリが、ただ傍にいると言うだけの同世代の子に対して、やたらと好感度を高くしているのではないかと心配する。


「あの、ミリ様?」

「何でしょうか?」

「土の良し悪しがお分かりになると言う事は、ミリ様は農業もお詳しいのでしょうか?」

「詳しいと言うほどではありませんけれど」


 ミリも手を伸ばして、もう一度土に触れた。


「農業に関しての知識は学びました。それにコードナ侯爵家、コーハナル侯爵家、ソウサ家、そして自宅と、各邸の庭師に話を聞いたり、実際に土をいじらせて貰ったりしました。それなので座学と実際の擦り合わせが、多少は出来ているかも知れません」

「・・・そうなのですか」

「後は王都から日帰りで行商にも出た事もありましたから、その際にあちらこちらで、元気な畑やそうでもない畑を見ましたから、それも知識にはなっています」

「・・・なるほど」

「それと、ハクマーバ伯爵領を訪ねた時、林業の営まれている山を間近で少し垣間見る事が出来たのも、経験に加わっている様に思います」

「林業ですか?」

「はい。農業も林業も土の上で成り立ちますから、土を見るのは共通しますよね?あ、あと、畜産業も、結局は地面の上ですから、本職の方達には敵いませんけれど、私の様な素人レベルの内ですと、見聞きした経験が他に流用出来ますので」

「そうなのですね。でも、畜産業もなのですか?」

「牧草にしろ飼料にしろ、家畜の餌も普通は植物ですし、土の影響はありますよね?」

「それはそうなのかも知れませんが、家畜の育成に影響するのは気温や湿度なのではありませんか?」

「それらも直接の影響はあると思いますけれど、それらがエサの生育に影響した結果が家畜に影響する事もあると私は思っています」

「そう、ですか」

「はい。元気な家畜とそうでもないのと、やはりエサの差はあると思いますよ?」

「ミリ様は畜産業も視察しているのですか?」

「視察と言うほどではありませんけれど、知っている事が本当なのかに付いてはやはり気になりますので、チャンスがあれば見て確かめていたりはします。レント殿は興味はありませんか?」

「あ、いえ、あります。しかしこれまで、畜産業の視察はした事がありません」

「そう言えばコーカデス領は、畜産から撤退していたのでしたね」

「ええ」

「それなら今度、王都にいらっしゃった時に時間が合えば、王都から日帰りできる畜産農家を一緒に訪ねてみませんか?」

「よろしいのですか?」

「ええ、もちろんです」

「それでしたら是非、お願いします」

「はい」


 ミリが笑顔で応えると、レントも笑顔を返した。


 二人の様子を見ていたレントの護衛達もミリの護衛達も、良い雰囲気かと思われていた二人が結んだのが畜産農家への視察の約束だったので、自分達は気にし過ぎなのかも知れないと思い、考えを少し改める事にした。

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