41 プロポーズ
「ラーラ、俺と結婚してくれ」
バルのその短い言葉が、ラーラには理解出来なかった。
「バル?私に起こった事を知らないの?」
「知っている」
「それなら何故そんな事を言うの?あんな事なくてもバルと私は結婚できないでしょう?身分差があるから交際練習が許されたし、両家の家族は私達を信頼してくれたんじゃないの?忘れたの?」
「忘れてはいない」
「つまり、バルと結婚できない理由を私に言わせたいって事?」
「違う」
「違わないでしょう?私がどんな辱めを受けたか、私の口から説明しろって言うの?」
「・・・違う」
バルは怒鳴りそうになったのを必死に堪えた。
「それなら何?あと何があるの?私の口から交際練習終了を言わせたいなら、さっき言ったじゃない?」
「ああ。交際練習は終わりで良い。これからは婚約者として付き合ってくれ」
「あなた・・・一体誰?」
「え?」
「バルが私の所為で窶れたのかと思ったけど、別人なの?」
「いや違う違う!」
バルの声が段々と大きくなる。
「本物のバルはどこ?」
「え?本物?何言ってんだよ、ラーラ!」
「そうよ!あんたなんかじゃない。本物のバルは何処?!」
ラーラも叫んだ。
「何処もなにも、俺はここだよ!」
「お前なんかバルじゃない!バルを騙るな!バルに会わせてよ!」
「ラーラ!」
「その声で私を呼ぶな!」
ラーラが投げた枕をバルは顔で受け止めた。細腕からとは思えない重さだった。
バルがゆっくりと枕を下ろすと、ラーラはバルを見ながらボロボロと涙を零していた。
「バルに会わせてよ」
「俺がバルだよ」
「絶対違う!私のバルはコーカデス様が好きなのよ?いくら私を可哀想だと思ったからって、親友の私にこんな惨めな思いをさせないわ!」
「ラーラ」
「呼ぶな!」
「ラーラ」
「その声で呼ぶなってば!」
「俺が愛しているのはラーラだよ」
「呼ばないでよ。なんでよ?コーカデス様が好きなんでしょう?」
「リリの事は好きだけれど」
「え?本物のバル?」
ラーラは顔に驚きを浮かべる。涙が零れるのが止まった。
「え?なんでだよ?いきなり信じてくれたのか?」
「だって、コーカデス様を好きだって言うから」
「はあ。俺はスイーツが好きだろう?」
「本物ならそうだけど」
「リリもスイーツと同じだ」
「え?あ~うん。知ってる。コーカデス様も好きって意味よね?」
「なんて言うか、俺の好きなリリは女性だったと言うだけの話だ」
「え?どう言う事?」
「俺は全体的に平均すると男より女の子の方が好きだけれど、その中で一番好きなのはリリだったんだ」
「え?男性でも良かったって事?」
「そこじゃない。スイーツの中でも一番好きなのと二番目以降とがあるだろう?」
「桃のパフェ?桃のパイ?」
「甲乙付けがたいが、パフェは俺の中でデザート扱いだから、この場合は桃のパイだな。いや、それが言いたいんじゃなくて、友人や幼馴染みの括りで好きだったのがリリで、リリは女の子だったって事だ」
「そう」
「分かってくれたか?」
「バルの中でパフェがデザート扱いなのは」
何だかあり得ない結論が出そうで、それを避けようとしたラーラは無意識に思考を逸らせた。
「ああそうだけれど、俺が言いたいのはそれじゃないからな?俺が女性として愛しているのはラーラだ」
「そう」
「分かってくれた?」
「あの、コーカデス様が本妻で、私が愛人って事?」
「はあ?!」
「私はそれでも嬉しいけど、コーカデス様が許してくれる?バルの収入だけでは生活出来ないんじゃない?」
「何言ってんだよ」
「あ!・・・」
「どうした?」
「あの、私、もしバルが私に期待してるなら、無理」
「え?ラーラにはもちろん期待しているけれど、この流れだと絶対に違う話だよな?俺が何を期待してるとラーラは思ってるんだ?」
「生活費とかのお金を稼ぐ為に、その、体を」
「待て!」
バルが片手を伸ばして大声で言うと、ラーラは竦んだ。
今のラーラは相手から掴まれると思うと恐怖を感じる。
「あ、また、ごめん」
バルは手を戻してまた頭を下げた。
ラーラが意識的に深呼吸をすると、2回程で動悸が落ち着いてきた。もう一つ深呼吸して、バルの旋毛に向けて「大丈夫」と答える。
「度々悪かった。ホントごめん」
「うん。もう平気だから」
「そうか」
バルは顔を上げてホッと息を吐くと、続けて肩をガックリと落とした。
「でも、俺がラーラにそんな事をさせる訳ないだろう?」
「バル。バルは聞いてないんだろうけど、私多分、今回の事でバルともそう言う関係にはなれないから、愛人にするのは諦めて」
「聞いてはいないけれど、分かっているよ。そう言う積もりもない。そう言う事は一切しない」
「え?それなのに愛人なの?」
「愛人にもしない。ラーラが本妻だ。と言うかラーラとだけ結婚する」
「コーカデス様は?」
「誰かと結婚するだろうな。俺には関係ない」
「え?コーカデス様が好きなんでしょう?」
「桃のパイと同じ様にな」
「かなり好きって事よね?」
「こう言えば良いか?確かに俺は桃のパイが好きだけれど、他の誰かが桃のパイを好きになっても良い。それは構わない。けれどラーラを好きな奴は俺には許容出来ない。ラーラがそいつを何とも思って無くても駄目だ。何故なら俺が一番好きなのはラーラで、それはダントツで、俺が女性として愛しているのはラーラだけだからだ」
「桃のパイより?」
「もちろんだ!ラーラと、ラーラ以外の俺の好きな物全てを足したものとを比べても、ラーラが好きだ!」
「なんで?」
「知るか!ただただ好きだ!顔も声も仕草も後ろ姿も、指先の触り心地もダンスの時だけ触れられる細い腰もエスコートの時に載せられる腕の感触も、考え方も笑うツボも拗ね方も前向きな性格も強かに計算高い所も、ただただ好きなんだ!」
ラーラは顔を伏せて両手で押さえた。何とか気持ちを落ち着けないと、嬉しさで間違った答を出しそうだった。
とりあえず心の中で、バルのばか!と繰り返し唱えた。
顔を押さえたまま、少し冷静になったラーラが反論する。
「私、貴族のお嫁さんになんてなれない」
「それなら俺は家を出る」
驚いてラーラは顔を上げた。
「貴族とではなく、俺と結婚してくれ。俺の妻になって欲しい。平民の俺ではだめか?」
「そんなのコードナ家の皆さんが許さないわ!」
「ああ。勘当されるかもな。結果、俺は平民だ」
「なに言ってんの?!コードナ家の皆さんと繋がりが切れんのよ?家族なのに二度と会えなくなんのよ?!」
ラーラの瞳がまた滲む。
「ごめん」
「酷いよバル。私に罪を重ねろって言うの?」
「俺の発言が軽率だった。だけどもう祖父様とは、少し話をしているんだ。俺のコードナ家からの離籍も含めて」
「え?」
「以前からラーラと結婚したいって、祖父様に相談していたんだ」
「うそ?」
「本当だよ。こんな嘘ついても意味ないだろう?」
「私が可哀想だからって気を使ってるんじゃないの?」
「違うよ。それにそう言う気を使うと、後でお互いに辛いんじゃなかったか?」
「でも、なんで?」
「え?なんでって、相談した理由ならラーラと結婚したいからだ。祖父様と相談したのがラーラに告白するのより先だった理由は、ラーラに受け入れて貰えてから実現に向けてゴタゴタするのはイヤだったからだ。ゴタゴタしている間に、ラーラの気が変わったり、愛想を尽かされたりするのはイヤだったし」
「でも、デドラ様とリルデ様には、私の縁談が決まってもソウサ家からは断り難いだろうから、コードナ侯爵家から断ってくれるって、バルに知らせる前に相談する様に言われてるのよ?」
「え?祖母様と母上が?酷いな。俺がラーラの縁談を邪魔すると思ったからだろう?邪魔するだろうけれど」
「バルが交際練習を続けるって言えば、ソウサ家からは終了出来ないだろうからって心配して頂いたわ」
「それって俺がラーラを好きだから、ラーラの縁談を邪魔する手段に交際練習を使うって話だよな?」
「え?違うわよ。コーカデス様との交際が上手くいく様に、バルの交際力を完璧になるまで仕上げるって事でしょう?」
「そう思ったのか」
「他に思い様ないし」
「俺、自分の気持ちに気付いてから、随分とラーラにアピールしていた積もりだったけれど、その効果が無かったのなら、確かにもっと交際練習を続ける必要はあったな」
「効果、無くはないけど、コーカデス様の為に頑張ってるんだなって思ってたし」
「やっぱり効果がないじゃないか」
バルは仰向けに倒れ、そこに寝っ転がった。
「ラーラも横になれよ」
「横になったバルの横だと横になる訳にはいかないって、前に言ったでしょう?」
「そうだった」
そう言ってバルは体を起こす。
「ほら、代わりに横になって」
「ごめん。今の冗談なの。もう私には貞淑を守る必要がないから。タチが悪かったわね。ごめんなさい」
「いや、また俺が軽率だった。ごめん。でも横になってくれ」
「うん。ありがとう」
ラーラはベッドに横たわった。
「バルも寝て良いわよ?」
「そう思ったけど、さっきラーラの顔が見えなかったからな。このまま話そう」
「そう?でも話す事なんてもうないでしょう?」
「それって詰まり、俺と結婚してくれるって事?」
「え?」
ラーラは、何言ってんだこのバルは、と思った。




