干物を実食
レントが魚の干物を食べると言うので、船の食料責任者ラッカは干物の入った籠をもう一度確認した。
「小さいやつにしとくか?」
「小さいのにするかと訊いています」
ミリがラッカの言葉を通訳する。
「魚の種類が違うから、大きさも違うのですよね?」
レントの言葉を聞き取れるラッカは、「そうだ」と肯いた。
「そうだそうです」
「お薦めはどれですか?」
「いや、小さいのにして置いた方が良いんじゃないか?」
「小さいのがお薦めだそうです」
「しかし」
そう言ってレントは自分の護衛を振り向いた。
「折角だから、大きいのが良いですよね?」
そのレントの言葉に、レントの護衛がお互いの顔を見合わせてから、レントに向き直って「はい」と声を揃えて答える。
レントは肯いて、ラッカを振り向いた。
「こちらの大きいのでもよろしいですか?」
「よろしいけど、食べ切れるのか?」
「ラッカ殿は食べ切れるかを心配していますけれど、切れば良いですよね?」
「あ、いえ、護衛も一緒に頂きますので、このままで大丈夫です」
「護衛も食べられるのか?」
「毒見は必要でしょうけれど、護衛の方は宗教的に魚を食べても大丈夫なのですか?」
「宗教・・・そう言えばそうでしたね」
レントは、これまでさんざん一緒に食べて来ましたから今更ですが、と思いながらも確認した事がない事を思い出して、護衛をもう一度振り向いた。護衛は今度は顔を見合わせる事なく、「大丈夫です」とまた声を揃える。
「大丈夫なら良いが、それじゃあこれで良いのかな?」
「これで良いですか?」
「はい」
レントに笑顔で肯かれて、ミリとラッカは顔を見合わせる。
「じゃあ、切り分ける?毒見が先だろうし」
「焼いてから切り分けてくるが、三等分で良いのか?」
「え?焼く?このまま食べないの?」
「焼かないと、腹を壊す事もあるぞ?」
「え?そうなの?レント殿?」
「はい、ミリ様」
「ラッカ殿が干し魚を焼くって言っていますけれど、焼いてしまって良いのですか?」
「え、はい。干物は火を通していないので、焼かないと腹痛を起こす事があるそうです」
「そうなのですか」
「ミリは干物を売る前に、もう少し勉強が必要だな」
「そうね。そう言うのも覚えてからではないと、売れないよね」
「それで?三等分で良いのか?」
「え?良いんじゃない?」
「いや、ミリの分は要らないのか?」
「え?・・・え?」
「まあ、取り敢えず、焼いて来る」
「え?焼いて来るって、船で焼けるの?」
「ああ、この船はな」
そう言うとラッカは、レントが選んだ干物を持って、船に上がって行った。
「あの、ミリ様?ラッカ殿はどちらへ?」
「干物を焼きに行きました」
「その、どちらへ?船に入って行きましたけれど?」
「この船はコンロがあるみたいですね」
「コンロですか?船は火を使っては、いけないのではありませんか?」
「火事を防ぐ為にそうしている船もありますけれど、海賊対策をしている船では火を使えたりするそうです」
「そうなのですか?」
「はい。砲撃して来る海賊もいるので、消火設備を用意している場合があって、そう言う船ではコンロを積んでも、火事が広がらずに済みますから」
「なるほど。そうなのですか」
「ええ。接舷されそうな時に、こちらから火矢を射掛けて応戦する事も出来るので、消火設備を積む船は増えているそうですし、序でにコンロを積む場合も多いらしいです」
「コンロがあれば、航海中にも温かい料理が食べられますよね」
「ええ。さっきの話でもそうですが、火を通す事で食中毒の可能性を下げられるのも大きいでしょうね」
「確かに、ミリ様の仰る通りです」
レントはミリに肯いてから、船を見上げた。
「しかし、折角ですから、焼く所を見せて頂きたかったですね」
残念そうなレントの言葉に、ミリはレントの護衛を振り向く。レントの護衛はミリに急に見詰められて驚いた。
ミリは護衛からレントに視線を戻す。
「レント殿?」
「はい、ミリ様」
「船の中は通路が狭いですし、行き止まりも多いので、警護が難しくなります。もし船に乗り込む事がある様なのでしたら、護衛の方と相談なさってからの方がよろしいかと思います」
「そうなのですか?」
「はい。私も父が許可した時にしか、船に入った事はありません」
「そうなのですね。分かりました。気を付けます。教えて頂いて、ありがとうございます」
レントはミリに頭を下げた。
「いいえ。お伝えできて良かったです」
ミリはそう言って微笑んだが、直ぐに顔が固まった。
ラッカが焼き上がった干物を持って、船を降りて来たのだ。
「お待たせした」
「美味しそうですね」
ミリが訳す前に、レントがラッカに話し掛けた。
「取り敢えず、ナイフも持って来たから、好きに切り分けてくれ」
「申し訳ございませんが、先に味見をさせて下さい」
レントの護衛がレントの横に立ち、ミリに頭を下げた。
「ええ、どうぞ。ラッカさん?良いわよね?」
「ああ、構わんよ。どうぞ」
「構わないそうですので、どうぞ」
「ありがとうございます」
レントの護衛はミリとラッカに頭を下げると、ラッカからナイフを受け取って、干物を切り取る。
そして臭いを確認してから口に入れ、良く噛んで飲み込んでからレントに肯いた。
「ホントに食べたな」
ラッカの言葉にレントの護衛はラッカを向いて、「美味しいです」と感想を伝えて笑った。
そして護衛はまた干物を切り取り、今度はレントに渡す。
レントは臭いを嗅いで、小さく肯いて、干物を口に入れた。そして干物を噛みながらでも、何度も小さく肯く。
「かなり塩が効いているのですね?」
「これくらいでないと、航海で保たない」
「それくらいではないと、航海中に傷むそうです」
「食べる前に、水で戻したりはしないのですか?」
「スープの具にする時はあるが、焼いて食べる時はこのままだな」
「スープに入れて具とする時はあるそうですが、焼いて食べる時はこのままだそうです。かなりしょっぱいのですか?」
「ええ。スープも良いですが、解して麺に乗せるのも良さそうですね」
「ああ、それも合うな。だが俺達は酒の肴にするから、これくらいしょっぱくてちょうど良いんだ」
「麺に乗せたりもする様です。でも、お酒のおつまみにするのにちょうど良いそうです。でも、あまりしょっぱいのは、体に悪いわよ?」
「船乗りは汗を掻くから、塩分が必要なんだよ」
「そうなの?」
「あの、ミリ様?ラッカ殿はなんと言ったのですか?」
「船員は体を使って汗を掻くので、塩分が摂れてちょうど良いとの事です」
「なるほど」
そう言うとレントは護衛に頼んで、もう一切れ切って貰って干物を口にする。
小さく肯きながらそれを見ていたラッカが、ミリに顔を向けた。
「それで?ミリは食べなくても良いのか?」
「え?ええ。そうよね?」
「まあ、宗教上の理由なら、仕方ないが」
「そうではないけれど、でも・・・」
「そうだな。無理に食べても、食べ物に失礼だ」
「そうよね・・・」
「やっぱりこの国では、コーカデス様の方が珍しいんだよな?」
「ええ、そうよね」
レントが食べる姿を見ながら、ミリはラッカになおざりな相槌を返す。
ミリは食べてみるべきだとは思ったけれど、どうしても手を伸ばす気にはなれないし、自分の口に魚を運ぶ事がイメージ出来なかった。
途中からラッカもレント達と一緒に干物を食べ始め、ミリに通訳をさせながら干物談義が始まった。
その後ラッカは大きめの干物を二枚追加で焼いて、レントとレントの護衛とラッカで食べた。
ミリは結局、一口も食べなかった。




