04 初デート
バルとラーラは二人揃って、コードナ侯爵家とソウサ家の両方に、交際に付いての説明を行った。
両家の保護者達は当然戸惑った。
単なる交際の練習であって婚約ではない、と言う主張がいかにも怪しい。もちろん婚約など許す積もりは無いけれど。それに交際の練習などとは言っても、やる事は普通の交際と変わりない様だ。
そこで、あくまでも友人としての付き合いで、異性の知人としての物理的距離を保つ事を条件に、二人の交際は許可された。
二人で出掛ける時はまず両家の保護者に説明して了承を取り、必ず従者も同行させる。学院で会う際にも節度を保ち、学業を疎かにしない。どちらかの婚約が調ったら、二人の交際は直ちに止める。必要があれば条件を追加して受け入れる。二人が両家との約束を一つでも破れば、即時に交際を中止する。
これらの条件をバルとラーラから提示したので、両家の保護者達は文句を挟めなかった。
そして二人で初めて出掛ける日が来た。初デートだ。
「あの、最初がわたくしからで、本当によろしいのでしょうか?」
ソウサ家に馬車で迎えに来たバルに、ラーラが改めて尋ねた。
「もちろんだよ。港町で良いんだよな?」
「それなのですが、やはりコードナ様には合わないかと思い直しまして」
「他の所にするのか?」
「はい。ですが他に、良い場所も思い付かないので御座います」
「それに今日は港町に出掛ける事で両家に了解を貰ったから、場所を変えるなら後日に改めてだな」
「そうなので御座いますよね」
「確かに最初なのだから、年上の俺が先にデートをエスコートするべきなんだろうけれど、予約の関係で観劇は今日は無理だし」
「はい。それに観劇の日にちを変更するのでしたら、それも両家に了解を取る必要が御座います」
「あ、それなら、今日は俺の番にして貰って、その上で港町に行こう」
「え?観劇はどうなさるので御座いますか?」
「それは譲るから、ソウサさんの番として観に行けば良いよ」
「港町でよろしいのでしょうか?ガラが悪いとまでは申しませんが、決して上品では御座いませんけれど?」
「ああ。俺はソロン殿下とかとは違って、城下街の店を普通に使っているから平気だと思うよ。それに楽しみにしていたんだ」
バルはニッコリとラーラに笑顔を向けた。
「それだからソウサさんさえ良ければ、港町を案内してよ」
そう言ってバルは手を差し出す。ラーラの指先を預かってエスコートして、二人で馬車に乗り込んだ。
馬車にはバルとラーラの他に二人、コードナ侯爵家の護衛女性とソウサ家のメイドも同乗する。
「なんでソウサさんは最初のデートに、港町を選んだの?」
「それはコードナ様が訪れた事が無いと仰ったからでは御座いますけれど、港町ならソウサ商会の人間の目も御座いますので、危険は少ないと考えました」
「安全そうで行った事が無い所なら、図書館とかもだけれど?」
「あの、本当に図書館にいらっしゃった事がないので御座いますか?」
「なに?冗談かと思ってた?」
「あ、いえ、その」
「本当だよ。それなら図書館を選んだかな?」
「そうですね。いいえ。やはり港町を選んだかと存じます」
「そうか。それで?ソウサさんは港町でもそんな話し方で通すの?」
「・・・もちろんで御座います」
「この後、庶民風の服装に着替えるのに?」
二人は町歩きで目立たない様にする為に、港町にあるソウサ商会の建物に寄って、服を着替える予定だった。ラーラも普段着ている物より質を落とした服装にする。付いてくる護衛達もメイドももちろん着替える手筈になっている。
「はい。もちろんで御座います」
「目立つよ?」
「それ程でも御座いません」
「いや~、ボロい格好で上品な言葉を使ったら、目立つって」
「用意した衣装はボロい程では御座いませんので」
「はは。その口調でもボロいって言うんだね」
「失礼致しました。見窄らしくない物を用意いたしております」
「でもTPOってあるじゃない?俺も公の場では口調を改めるし、そう言う所に同席して貰う時には、ソウサさんにもそれに合った口調をして欲しい」
「それはもちろんで御座いますが」
「それなら今は、友達口調でいこうよ」
「それは差し障りが」
「なんで?俺達、友達でしょ?」
バルの笑顔からラーラは思わずスッと目を逸らした。なんか胡散臭い。
「ソウサさんは交際の練習をしたいの?それとも貴族との付き合い方の練習をしたいの?」
「それは、交際の練習では御座いますけれど」
「そうだよね?違う事をやるなら、また両家に許可を貰わなきゃだしね」
「いえ、そう言うものでもないかと存じますが」
「もしかして、貴族との結婚を望んでるの?俺ってその踏み台?」
「いえいえ!滅相も御座いません!」
「でも俺ってソウサさんの友達じゃないんでしょう?さっき友達でしょって訊いたら応えてくれなかったし」
「あ、あれは、その」
「じゃあ、今からでも友達になってくれる?」
「もちろんで御座います。喜んでコードナ様の友達を務めさせて頂きます」
なんか違うのは分かっているけれど、友人として付き合う事を両家にも了承されているので、ラーラはバルと友達である事を認めた。
「それなら友達口調で」
「分かりました。今だけですよ?」
「何言ってるの?友達の間中ずっとに決まってるじゃん」
「え?“今は”って言ったじゃないですか?“それなら今は友達口調で”って」
ラーラはエアクオートをした。
本来は平民の気安い者同士が行う動作で、貴族に対して行うものではない。バルはなんの仕草かと小首を傾げはしたが、そのまま流した。
「TPO的に友達として砕けて話す時もあるし、お互いの身分を尊重して言葉を使う時もある」
「それは受け入れられません。学院でコードナ様と友人としての立場で言葉を交わしたら、大変な目に遭います」
「まあ、そうかもね。茶会やパーティーとかでもそうか」
「はい。公の場では不可能です。御容赦下さい」
「いや、こちらこそゴメン。でもそれ以外の所では良いだろう?馬車の中とか邸の中とか町中とか」
「その都度相談して決めるのでも良いですか?例えばコードナ侯爵家のお邸では、友達口調は無理です」
「友達の家なのに?」
「侯爵邸ですので」
「分かったよ。俺も王宮で殿下に友達口調にしろって言われても、無理だもんな」
「有り難う御座います」
「何その硬いの?ここでの友達としての口調は?」
「ありがとう、嬉しいわ」
「おお!」
「え?どうしたのですか?」
「友達口調の方が、気持ちを込めて貰える気がした」
「当たり前じゃないですか。だって丁寧な口調は気持ちを悟られない様にする為に生まれたんでしょう?」
「え?そうなのか?いや、そうか。確かにそうかもな」
「私はそう思っていました。それで、呼び方はどうします?私の事はラーラと呼んで欲しいのですけれど」
「嬉しいよラーラ。俺はバルと呼んで」
「分かりました、バル様」
「様はいらない」
「バルさん?」
「バルで良いって」
「バル先輩は?バルにいさんとか?」
「末っ子の俺に取って兄さんは捨てがたいけれど、でも友達感が薄いな」
「でも交際相手への呼び掛けだから、やっぱりバルさんとかではないですか?」
「TPOだな。交際相手として振る舞う時はバルさんで良いよ。場所によってはバル様も使ってくれ。でも今は友人だからバルと呼んで。友達として」
「そうですね。分かりました。バル、ですね」
「ああ」
「よろしく、バル」
「よろしく、ラーラ」
馬車に同乗しているコードナ侯爵家の護衛女性は、警護に集中できない、と困っていた。どうしても周囲の状況より、バルとラーラの遣り取りに注意が逸れてしまう。
ソウサ家のメイドはほんのり甘酸っぱい物を感じながらも、ソウサ家の使用人仲間に教える為に、遣り取りを聞き漏らさない様にと頑張った。そして甘酸っぱいのが好物なので、この後の港町でもっと甘酸っぱくなる事を期待していた。