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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ソロン王太子の寝室

 ソロン王太子の寝室は、夫婦の寝室の隣に設けられている。夫婦の寝室の向こう隣は、ニッキ王太子妃の寝室だ。この三室は内扉で往き来が出来る様に作られていた。

 ニッキ王太子妃は今は、サニン王子と共に王家直轄領にいる。その為、ソロン王太子が使うのは、自分の寝室のみだった。


 ソロン王太子が寝室に入ると、閨係の男女二人が待機をしていた。



 王族の男性には閨係が付く。

 その閨係達は男性も女性も全員が顔を隠していた。それなので、何人いるのかも分からない。


 王族男子は思春期になると、閨係から閨房術を習う。

 男性の閨係が説明を行い、女性の閨係が実技の相手を務めた。


 その後も男性閨係は、思春期王子の春の悩みの相談に乗ったり、王族男性の結婚後には夫婦関係に付いてアドバイスを求められて応じたりする。そして老年期の衰えにも寄り添った。

 顔を隠していても声で段々と、個人の区別が付く様になって行く。ただし名前も何も分からないままだ。


 一方で女性閨係は言葉を口にする事はない。顔も見せず声も控えている為、日中に擦れ違う事などが万が一あっても、王族男性には分からない。これは王族男性が特定の女性閨係に執着する事を防ぐと共に、女性閨係が役目以上の関係を王族男性に求める事をも防いでいた。

 男性閨係も常に立ち会うが、それは王族男性と女性閨係が特別の関係を築かない様に監視する為でもある。


 全ての王族男性に対して夜と朝に一度ずつ、女性閨係がその精を絞り取る。そしてそれには、二つの目的があるとされていた。

 その一つは王族男性へのハニートラップ対策だ。精を散らせる事で、夜間も日中も女性に対しての性的な興奮を抑制させる。王族の血を王家の外に、予定外に広げさせない為でもあった。

 もう一つは王族男性の精力増強だ。幼さが残る内から日に二度の行為を行う事で、子を()す力が強くなるとされていた。


 王族男性の夜と朝に閨係が不在となる事はなく、泊まり掛けの視察や旅行の際にも必ず同行をする。ソロン王太子が王子の頃に計画のあった留学が実施されていたなら、当然閨係もそれに付いて行く事になっていた。


 ただし、閨係は王族男性の寝室で控えてはいるが、夫婦の寝室に入る事はない。王族男性が妃と共にする夜にも、閨係は待機はしてはいるが出番はない。

 しかし翌朝、夫婦の寝室から戻った王族男性は、閨係を相手に朝の役目を務めさせなければならない。もし役目を果たすのに時間が掛かりそうなら、たとえ薬を使用してでも、閨係は王族男性の精を絞った。



 その夜の役目を終えた閨係が退室すると、ソロン王太子は寝具のカバーを自ら剥がして取り替えた。昔は皺の寄ったシーツのままで朝まで寝ていたが、結婚してからはそれが出来なくなっていた。

 女性閨係は言葉も口にしない程、身元を隠している。その為、女性閨係は香料等も使ってはいないのだけれど、妻以外の女性の体臭が僅かでも残っていると、ソロン王太子は我慢が出来なかった。

 王族男性としては閨係との関係は必要なのだと理解しているのだが、それでも妻ニッキ王太子妃以外の女性の肌に触れる事は、ソロン王太子に取ってはとても気の重い事となっている。


 シーツや枕等を取り替えたら、髪を洗い、体も拭き、新しい寝衣を着る。

 そしてソロン王太子は香を焚いた。ニッキ王太子妃が選んだ物で、夫婦の寝室でも使っている香だ。王家直轄領にいるニッキ王太子妃も、今夜もそれを使っている筈だ。


 寝室の灯りは消したが、ベッドに入る気にはなれず、ソロン王太子はソファに腰を下ろして、背凭れに体を預ける。



 窓から入る月影を見ながら、ニッキはまだ起きているだろうか、とソロン王太子は考えた。

 妹であるチリン元王女には、ニッキ王太子妃と一緒に暮らす様にと強く進言を受けた。しかしそうしたいのは、ソロン王太子も同じなのだ。


 だが、一緒に暮らすと言う事は、夜を共にすると言う事だ。

 ソロン王太子としては、跡継ぎとなるサニン王子が生まれているので、無理に二人目を作る気はない。

 しかし周囲は二人目の、それも男の子の誕生を望んでいる。ニッキ王太子妃の味方をする様な意見を持っているチリンでさえ、その例外ではない。

 そしてニッキ王太子妃自身も、二人目の出産をとても強く求めているのだ。

 そうなると、ニッキ王太子妃を休ませる為には、別居と言う方法しかソロン王太子には思い付かなかった。


 一緒に暮らすなら、夫婦の寝室で夜を過ごしたい。しかしそうすれば、ニッキ王太子妃は義務に駆られ、ソロン王太子を強く求める。求められるのはソロン王太子に取ってもちろん嬉しいし、自分も妻を心の底から求めている。

 だがそれでは、ニッキ王太子妃は心が休まらない。する事をしているのに妊娠をしなければ、ニッキ王太子妃は自分を責めてしまう。そして妊娠しても、流産を恐れて常に不安に曝されている。流産をしてしまえば今度は、ひたすら夫に謝る。

 そんな妻に対して、ソロン王太子はもっと心を寄り添わせたかった。流産して辛いのは私よりニッキの筈なのに、あの様な謝罪をさせたりはしたくない、とソロン王太子は思っていた。それはとても(つら)く、苦く、苦しい思いだ。


「もしかしたら、閨係の存在も、ニッキを追い詰めているのかも知れない」


 そう呟いて、ソロン王太子は片手で顔を覆う。



 ニッキ王太子妃が妊娠している期間は、夫婦の寝室は使えない。


 一緒に寝ていて万が一、妻の腹部に夫の手や足が乗ったりしたら、胎児が危険な状態になるかも知れない。夫が寝ぼけて立ち上がって、妻の腹部を踏んだりしたら大変だ。

 それを防止する為に、妊娠が判明した王族の妃は、自分の寝室で寝なくてはならないと決められていた。


 ソロン王太子は寝相が良いと自分では思っているし、側仕え達からもそう評価をされている。寝ぼけた覚えなども一度も無い。

 しかしその事を持ち出してみても、生まれて初めて寝相が乱れたり、生まれて初めて寝ぼけたりした時に、それが胎児を害する事に繋がるかも知れないと、口を揃えて言われる。ソロン王太子の幼い頃からの寝相を良く知っている側仕え達からもだ。

 そうなると、幼い頃から知られているだけ余計に、ソロン王太子も充分な反論が出来なかった。


 それなのでせめてもと、ニッキ王太子妃が妊娠している時には、ニッキ王太子妃の寝室で、ニッキ王太子妃が眠る時に、ソロン王太子は傍に付いている事にしている。

 しかしニッキ王太子妃は、妊娠中の睡眠が不規則になりがちだった。

 ニッキ王太子妃が中々眠れない夜もある。そうなるとニッキ王太子妃はソロン王太子の体調を気遣って、眠れない事を申し訳なく思ったりする。そしてそれは当然、ニッキ王太子妃にストレスを与えた。それなので時間制限を設けて、ニッキ王太子妃がまだ起きていても、ソロン王太子がニッキ王太子妃の寝室を後にする夜もあった。

 また、ソロン王太子が訪ねると既に、ニッキ王太子妃が眠っている夜もある。そんな時はソロン王太子はそのまま直ぐにニッキ王太子妃の寝室を後にするのだが、その後にニッキ王太子妃が目を覚ます事もあった。


 そして、ニッキ王太子妃の寝室を出たソロン王太子が自分の寝室に入ると、そこには閨係が待機しているのだ。


 その事をニッキ王太子妃は知っている。閨係の事は結婚前から説明を受けていたし、その存在を受け入れる事が出来ているとニッキ王太子妃自身も思っていた。

 しかし、自分の夫がまさに今、誰だか分からない女性とベッドを共にしていると思ってしまえば、どうしても感情が昂ぶる事はある。妊娠中で気持ちが不安定な時なら、必要のない事を考えてしまう事さえある。


 ソロン王太子はその事に気付いていた。

 それなので、妊娠中はもちろん、そうではない普段からも、ニッキ王太子妃の事を大切に思っている事に付いて、言葉と態度で表している積もりだった。

 離れて暮らしている今も、三日と置かずに手紙や贈り物を送っている。



 しかし、とソロン王太子は思う。


 先程ソロン王太子が閨係を相手にしていた時も、ニッキ王太子妃が自分の事を考えていたかも知れないと思うと、ソロン王太子は胸が痛んだ。


 一緒に暮らせばどうしても、ニッキ王太子妃の意識に閨係の事が浮かんでしまうだろう。

 夜を共にしても、夫婦の寝室を出たソロン王太子と朝の勤めを行う為に、閨係が待っている。


 離れていればまだ、閨係の存在を思い出す機会は少ないと思えるけれど、あるいは離れているからこそ、タイミングに関係なく、閨係の存在を意識させてしまっているかも知れない。


 もちろんニッキ王太子妃はソロン王太子に何も言わない。

 それだからと言って、ニッキ王太子妃が何も感じてはいないとは、ソロン王太子には思えなかった。


「一層の事、単なる私の思い上がりで、ニッキが何とも思っていないでくれれば良いのだ」


 そう口にしてみるけれど、それは有り得ないと思えて、ソロン王太子は深く息を吐いた。

 そして、ニッキ王太子妃に何とも思われない様な関係だと、今度は自分が耐えられないであろう事に思い至り、ソロン王太子は苦い笑みを零す。


「やはり、ニッキには王都に帰って来て貰いたいな」


 そう呟くと、ソロン王太子の顔に今度は微笑みが、月明かりの反射に浮かび上がった。

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