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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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前提条件の扱い

「それでは先ずはわたくしから、コーハナル侯爵家に資料開示に付いての確認を致します」


 ミリの言葉にソロン王太子は肯く。


「それと、コードナ侯爵家にも伝えて置いて貰えるかな?」

「はい。念の為、伝えて置きます」

「お願いするね」

「畏まりました」


 ミリはまた、両家に連絡をする事と、この場で出た話が他言無用である事との兼ね合いが気にはなったが、先に進め方を確認する件を続ける事にした。


「コーカデス伯爵領での売買を調査するとしますと、それはやはり秘密裏に進めるのでしょうか?」

「どうだろうね?レント殿はどう思う?」

「秘密裏ですと、余計な時間が掛かるのではないでしょうか?」

「そうだろうね」

「それに、調査結果に漏れがあっても、見落とす、あ、いえ、ミリ殿の方法を疑っている訳ではありません」


 レントは言葉の途中で顔をソロン王太子からミリに向けると、制する様にミリに片手のひらを向け、言い訳を口にする。ミリは小さく首を左右に振ると、レントに「構いません」と告げた。


「王太子殿下に対しての不敬も咎めずにおいて頂けるこの場では、わたくしに対しての配慮も不要に願います」

「あの、はい」

「それよりも、良い解決方法を導き出す事に注力いたしませんか?」

「そうですね」

「そうだね」


 ミリの言葉にレントと共にソロン王太子も肯く。


「案を出す場では、不要な前提条件は置かない方が良い」


 ソロン王太子の言葉にレントは、前提条件とは何の事か直ぐには思い当たらずに戸惑った。そして調査結果の漏れを指すのだと気付いたが、不要とは思えずにレントは小首を傾げる。


「・・・そうなのでしょうか?」

「ああ、私はそう思うが、レント殿の意見は違うのかい?」


 疑問を顔に浮かべたレントに対して、ソロン王太子はそう尋ねた。


「構わないから、思った事を言ってごらん」

「はい、ありがとうございます」


 一旦頭を下げたレントが顔を上げて、ソロン王太子に真剣な表情を向ける。


「前提を無視してしまいますと、いざ解決策を実行する際には問題が起こるのではないかと考えます」

「つまり?」

「つまり?あの、前提を無視した解決策は、考えるだけ無駄ではありませんか?」


 レントの言葉が想定通りだった為、ソロン王太子はニヤリとした。顔には出さなかったが「なるほど」と肯きながら、心の中ではニヤリとしている。

 チラリとミリを見ると特には表情を変えていない様なので、ミリに取っても想定内のレントの言葉だったのだろうとソロン王太子は納得した。

 ミリが何かを口にするかと思ったけれど、澄ました表情のまま特に動きがないので、ソロン王太子は自分でレントに応える事にする。


「私の経験だと、解決すべき問題より重要な前提条件は、それほど無かったな」

「そうなのですか。しかしだからと言って、無視できないからこそ、前提として置かれるのではないでしょうか?」

「レント殿、その通りだ。しかしこれも経験上の話なのだが、問題より前提条件の方が解決し易い」

「・・・前提条件の解決とは、前提条件を失くすと言う事ですか?」

「そうだな。前提の代替を見付けるとか、例えば、割り当てられた予算では、完成出来ない事業があるとする。その時、レント殿ならどうする?」

「それですと、完成の延期か、事業内容の縮小を考えると思います」

「なるほど。レント殿はそう考えるのか」


 そのソロン王太子の言葉に侮りを感じて、レントの負けん気が勢い付く。


「他の方でも同じ様に考えると存じますが、王太子殿下は別の答えをお持ちなのでしょうか?」

「幸いな事に、私は皆の意見を汲み上げるだけで良い立場だ」

「・・・はい、そうですが」

「それなので、私本来の仕事をするならば、こうだな。ミリ殿?」


 ソロン王太子はレントに微笑んでから、その表情をミリに向けた。


「はい、王太子殿下」

「ミリ殿もレント殿と同じ意見だろうか?」

「いいえ」


 レントはミリを見ながら「え?」と呟く。ミリはチラリと視線をレントに向けたが、直ぐにソロン王太子に向け直した。


「ミリ殿の意見を教えて貰えるだろうか?」

「はい。わたくしでしたら、予算の増額も考えます」

「え?」


 今度は呟きより大きい声がレントの口から漏れた。


「レント殿の案も間違いではない。多くの文官はそう言った対応を行うだろう」


 ソロン王太子の言葉は、レントには慰めにならなかった。レントは「はい」とは返したけれど、ソロン王太子に「普通」の烙印を押された様に感じられて、レントにとってはダメ押しの様だった。

 しかし今のはソロン王太子の罠だった。領主教育を受けているレントに取って、予算と言えば領地収入を想定し、その増額など思慮の外になる筈だ、とソロン王太子は読んでいた。

 一方でミリに対しては、商人教育も受けているので、予算が足りなければ投資を受ける発想もするだろうと、ソロン王太子は思っていた。

 読み通りの二人の応えに、ソロン王太子は気を良くする。


「だがミリ殿の様に考えて、他部署に対して予算の調整も打診してから、私に変更を進言して来る文官もいる。そしてそうして貰うと、結局は私の仕事が減るので、とても助かるのだ」


 レントは自分が顔を伏せていたのに気付き、顔を上げてソロン王太子に「はい」と返した。「はい」以外の他の言葉が思い付かず、それもレントの負けん気を刺激する。


「予言しよう」

「え?予言ですか?」


 気を良くしたソロン王太子は調子に乗り、わざわざ態度と語調を変えて口にした言葉に、レントはスッと気を逸らされた。ミリはソロン王太子がまた胡散臭いと思っていたけれど、もちろん態度には表してはいない。

 ソロン王太子は重々しく肯くと、次には微笑んで態度も口調も戻した。


「レント殿がやがて部下を持つ立場になった時に、今日のこの会話を思い出すだろう。それが私の予言だね」

「あ、はい」

「そして私からの忠告だ」


 ソロン王太子が真面目な表情で「忠告」と言葉を口にした為、レントは不安そうに「はい」と肯いて返してから、改めて姿勢を正す。

 レントのその様子を見て、ソロン王太子は再び微笑んだ。


「レント殿が楽をしたかったら、ミリ殿の様な案を出して対応してくれる部下を育てる様に」


 ソロン王太子の表情に釣られて、レントも微笑みを浮かべると、今度はしっかりとした声で「はい」と返す。


 その二人の様子をミリは、内心を表す事のない様に微笑みの表情を変えずに、見守っていた。

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