ミリの要求
ショックを受けたミリの様子を見て、ソロン王太子は片手を前に出して手のひらをミリに見せ、手を左右に振りながら「いやいや」と慌てた口調で言うと、少し早口で続きを口にする。
「もしその様に簡単そうに不正が分かるのなら、国としてもこれまでに既にその方法を採用している筈だ。そうは思わないかい?」
ミリは、ソロン王太子がミリの事を信じられないのではなく、ミリの話の内容がソロン王太子に信じて貰えていないだけなのだと考えを改めて、気持ちも立て直して行った。
一呼吸置いてから、ソロン王太子にミリは答える。
「それは単に、不正が行われていない地域まで、一律にその方法で調べるには、掛けたコストと防げる被害の収支が合わないからではないのでしょうか?」
「その面はあるだろうけれど、かつての不正発覚時でも、ミリ殿が言う程には、簡単には調査が終わってはいない」
「それは、領主が非協力的だったりしたのではないのでしょうか?」
「もちろんそれもあっただろう。けれどね?記録を見ると、資料を掻き集めてから、不正を立証するまで、本当に大変な筈なのだ」
「そうなのですか」
「ああ。言って置くが、ミリ殿自身を疑っている訳ではないよ?だが私の感覚としては、ミリ殿の話から受けるイメージより、過去の不正調査の資料から読み取れる苦労の方が、現実味を感じるのだよ」
「そうなのですね」
「それなのでミリ殿」
「はい、王太子殿下」
「コーカデス領の調査を行う時には、ミリ殿に参加して貰えないだろうか?」
ミリは「はい」と答えながら、この場での出来事を他言無用とする契約書との兼ね合いは、どうするのだろうかと疑問に思っていた。
それなので、この後にも同じ様な話が出るかも知れないと考えて、後で最後に纏めて確認しようとミリは小さく肯く。
「しかし、王太子殿下が属人化は避けたいと仰った件は、よろしいのですか?」
「それに付いてなのだけれど、王宮から人を派遣するので、その者に調査方法を教えて貰えないだろうか?」
「はい、畏まりました。わたくしは、その方が調査をなさるのを手助けするのですね?」
「いいや。調査はミリ殿にお願いしたい。そして調査をしながら、調査方法を教えてやって欲しいのだ。どうだろう?」
「教えながらですと、十日では調査が終わらないかも知れません」
「いや、それは構わない」
「それに、私が主体となって調査を進める事となるのでしょうか?」
「帳簿に関してはそうして貰う事になるね」
「そうしますと、派遣される方が文官であり、他領の調査もなさる事になる方でしたら、それなりの肩書の方がいらっしゃると思いますが、その方が子供のわたくしから習う事を良しとしない可能性がございます」
「それは良く理解させて、大丈夫な者を選んで派遣するよ」
「ですがわたくしがお伝え出来るのは、帳簿の読み書きが出来る方なら当然知っている事柄ばかりになります」
「そうなのかい?」
「はい。もしかしますとわたくしのお伝えする内容に、特徴的な所はあるのかも知れませんが、その点に関してはわたくし自身には判断が出来ません。しかし何よりお金と数字の事ですので、手段自体にどれだけの差異があったとしても、導かれる結論は同じになる筈です」
「それはそうだな。やり方で金額が変わる様ではおかしいからね」
「はい。ですので、既にご存知である様な事柄について、子供のわたくしから延々と説明されたりするのであれば、受け取る方も辛いでしょうし、伝えるわたくしも上手くは説明出来ないかも知れないかと考えます」
「それは子供に限らず大人に限らず、誰に習うにしても誰に教えるにしても、同じではないのかな?」
「そうかとは存じますが、王太子殿下に選ばれる程の方々でしたら、ご自分の知識や経験にも自信をお持ちでしょうし、子供に教わる事などは経歴に傷が付くと思われるのではないでしょうか?」
「確かにそれはあるかもね。けれど教師役には大人が相応しいからと言って、ソウサ家の人に教わるのはもっと難しいのではない?」
「それはソウサ家が平民だからでしょうか?」
「率直に言えば、そうだね」
「それでしたら、わたくしも同じですが?」
「ミリ殿はコードナ家の御令嬢ではないか?君を平民だと扱う様な者は、選ばないよ」
「それでしたら・・・いえ、分かりました」
「うん?どうしたんだい?言いたい事があるなら、言って構わないけれど?」
「いいえ。どうなるのか、どの様な方がいらっしゃるのか分かりませんのに、ここで色々と考えても正しい結論は出ないと考えました」
「確かにそうかも知れないね」
「ですので、コーカデス領で調査をする際には、わたくしも携わらせて頂きます」
「ああ、お願いする。レント殿も、それで良いだろうか?」
レントは真剣な表情で、ソロン王太子に頭を下げる。
「はい。ありがとうございます、王太子殿下。ミリ・コードナ様も、よろしくお願いいたします」
レントはミリにも頭を下げた。
ミリはレントに「はい」と肯いて返してから、ソロン王太子に顔を向ける。
「ただし王太子殿下。その派遣された方に上手くお伝え出来なくても、それに付いては御容赦下さい」
「まあ、それは、そうだね」
「その代わりに、確認方法の手順書も作成してお納めいたします」
「手順書か。なるほど。それでお願いするよ」
「はい。承りました」
納得した様子を見せてミリが頭を下げたので、ソロン王太子はもう問題が解決したかの様に、ホッとしてしまった。
「それで、王太子殿下」
「なんだい?」
「調査に関する費用の見積りですが、王太子殿下に採択して頂けばよろしいのでしょうか?それともコーカデス殿に見て頂ければよろしいのでしょうか?」
「見積りって、調査とか教育とかの費用と言う事かい?」
「はい。派遣された方の教育と、手順書に付いては王太子殿下に採択頂く積もりではございますが、帳簿調査自体はどなたが費用をお持ち頂けるのかと思いまして」
ミリはラーラに、干し魚の仕入れに付いて検討する様に命じられている。それに付いてはミリ商会として、確りと利益を計算する積もりだ。
しかし今、ソロン王太子に頼まれた事は別件である。
レントの相談事には興味があったし、相談にも乗りたいとミリは思っている。
しかし費用が掛かるなら、ただで相談に乗るなど有り得ない。
「調査費用も何もかも、私に回してくれて構わないよ。コーカデス領に対しての請求が必要な様なら、追徴金等と合わせて王宮から行うから」
ソロン王太子は苦笑混じりに、そうミリに返した。
「畏まりました」
頭を下げてそう言うとミリは頭を上げて、ついうっかり、商売向けの微笑みをソロン王太子に向けた。




